■前中国外交部長、つまり中国の前外相だった李肇星さんが先週、首相官邸を訪れ、支持率急落に気落ちしていた麻生太郎首相に「中国人民は麻生政権を支持しているよ!」とエールを送った。二人が会うなりいきなり熱い抱擁をかわし、背中をたたき合ったのには、ちょっと驚いたよ。え?そんなに仲よかったん?実は仲よかったみたいです。そういえば、この2人、ちょっと似ている。雰囲気とか、不適当発言で反感かってなんか損するところとか。というわけで、今回は麻生さんと李肇星さんの関係から、日中関係を考えてみたい。
■李肇星さんが現役外相時代、私は全人代の会見現場にいったこともあるし、テレビで幾度となく彼の記者会見を目にした。ちょうど日中関係が「政冷経熱」(政治関係は冷え込んでいるが、経済・貿易関係は絶好調)といわれた小泉純一郎政権時代。山東なまりのべらんめぇ調で、日本についても結構いいたい放題だった。
■たとえば、小泉首相(当時)が、中国はODA卒業したら?といったら、「日本の援助がなくても、やっていける!」と返し(2004年)、2005年春の北京、上海の大使館・総領事館を襲撃した反日デモで、日本側が謝れよ!といったら、「中国は、これまで一度も日本にトイプチー(申し訳ない)なことしたことはない、ましてや謝罪しなければならないようなことはしたことない。日本人は中国人民の感情を傷つけているけど」といってのけ、2006年の全人代の会見では、小泉首相の靖国参拝問題について「日本の指導者がA級戦犯を参拝している。ドイツ当局者も、日本の指導者がなんでこんなおろかで不道徳なことをするのかわからんと言っているぞ。ドイツの指導者は第二次大戦後、ヒトラーやナチスを崇拝する人がいなかったのに、と」などといって、旧日本軍をナチス呼ばわり。
■青筋たてて、激高の様子も隠さず唾を飛ばして日本を批判するその会見の姿がテレビで世界に放送されたものだから、すでに相当悪化していた日本人の対中感情がさらに悪化したのはいうまでもない。
■この強面の中国外相と、麻生さんが、なぜ仲がいいのか。
李肇星さんが、麻生首相表敬訪問後、私たちのぶら下がりインタビューに応じてくださった。
Q麻生首相とどんなお話を
Aいや彼との対談は愉快だったよ。彼とはね、2005年以来、いい友達さ。日中関係の発展は世界の平和にとっても有益だから、これを強化させるために努力していきたいね。
Qでも、日中間は(尖閣諸島領有など)いろいろ利害の対立する懸案事項がありますね。
A問題のない国家関係なんてないよ。
■麻生首相は、同じ日のぶら下がり取材で李肇星さんとの関係についてこういっている。
「旧交を温めたというのかな。ちょっと待てよ…平成18年5月のカタール・ドーハ。あれが最初の日中外相会談が、正式に再スタートしたのがカタールのドーハ。それまで(日中間は)ずいぶん難しい関係でしたから。それが、最初の相手が李肇星。あれからですね、ずいぶんいろいろやりあった仲ですけど、英語もできましたし、われわれとしては結構、意見の交換ができました。あの人と。いろいろこの2年半、時代は変わったな。日中首脳…、今年だけで5回か?」「ね、5回。今までとは考えられない時代になったね」
なんか、懐かしそうな口ぶりだね。
■李外相と麻生外相(ともに当時)の出会いであったカタール・ドーハ外相会談とは、冷え込んだ日中関係が改善に向かう最初の一歩だったといっていい(よね?)。このときの会談の中身は中国外務省のHPによれば、こんな感じ。
李肇星:「近代のあの時代の不幸な歴史を正確に認識し対処して、戦後の日中関係を回復させることこそ重要な政治的基礎だと考える。日本の指導者が第二次世界大戦のA級戦犯が祀られている靖国神社に参拝することは、中国人民の感情を深く傷つけており、日中関係の政治的基礎を損なうものである。できる限り早くこの政治的障害を一掃して、両国関係の現実的課題の改善と発展に取り組むべきだ。」
麻生太郎:「日本も日中関係を非常に重視しており、中国の平和的な成長を歓迎し、両国間の3つの政治的文書の原則に基づき、日中友好関係を発展させていくことを心から願っている。台湾問題において、日本政府は一つの中国の原則を引き続き堅持する。日本側は胡錦濤主席の3月31日の演説の内容を真剣に研究し、両国がこの演説の精神に基づき、いっそう対話と交流をすすめ、相互理解を深め、日中関係の改善と発展のために共同で努力していくことを希望する。」
双方合意:「日中関係はお互いにとって最も重要な二国間関係の一つである。両国関係の改善と発展を推し進めるため、二国間の戦略的対話を強化し、政治的障壁を排除する努力を共同で行う。また、経済交流を更に深めていくべきで、省エネと環境保護などの領域で協力し、お互いの利益を拡大していく。両国国民、とりわけ青少年の友好交流を更に推し進め、相互理解と友情を深めていく。さらに、両国の副大臣(局長)レベルによる安全対話と両軍の交流を引き続き展開し、互いの信頼関係を増していく。」
■李肇星さんは麻生さんに対し「靖国神社はA級戦犯まつっているんだから、参拝したら日中関係はよくならないよ!」と牽制をかけたわけだ。
■これに麻生さんがどう答えたかというと、これは日本外務省HPにある。
■「靖国神社について、中国側は引き続き関心を表明したが、麻生大臣は、日本のこれまでの立場を改めて確認するとともに、自分自身の参拝については、個人の信条と公的立場を踏まえて適切に判断していく考えである旨発言。」
■中国外務省HPはあえて触れていないが、この会談では、中国があまり触れて欲しくない東シナ海、北朝鮮、国連改革と日中の結構微妙な懸案事項についてもつっこんだ意見交換がなされた。
■こんなやりとりも。
麻生:「中国の平和的台頭に期待しています。しかし、国防政策には透明性が必要なはず。中国の軍事拡大路線には憂慮しています」
李肇星:「なら、万里の長城にいってみてごらんなさい。あれこそ透明な、しかも見事な防衛線じゃないですか」
http://gb.cri.cn/2201/2006/05/26/1905@1061749.htm
■↑李肇星さん、けっこうナイスな切り返しじゃないですか。この記事からもわかるように、李肇星さんも麻生さんも、けっこう相手がいやがることを平気でずけずけいいながら、なかなか、ユーモアも交えられて、雰囲気は悪くなかったもよう。
■また 昨年7月、引退後に北京大学国際関係学院の特別教授として招聘された李肇星さんは、最初の講義で、現役外相時代の経験を振り返り「麻生外相とトイレで20分も話しこみ、信頼を深めた」と語っている。
■2006年7月、マレーシアのクアラルンプールで行われたアジア外相会議で、麻生外相と李肇星外相が会場のトイレでばったりあい(麻生さんが追いかけていった?)、二人でこの機会に通訳もいれず英語で20分間話し込んだ。率直だがユーモアをまじえて、歴史問題に関する立場もふくめてかなりつっこんだ話をして2人は意気投合したという。外で待っていた記者らは、あまりにも長いトイレに不思議におもっていたという。
■この日中〝トイレ外交〟は、欧米メディアは報じたけれど、日本のメディアではほとんど報じられなかった。日本メディアの「集団無視」の理由はわからないが、当時、日本国民に蛇蝎のごとく嫌われていた李肇星外相と、小泉首相の靖国神社参拝を一貫して擁護し、天皇陛下の靖国参拝問題にまで言及してい麻生外相が、トイレでこっそりなれ合っている、と思われるのはまずい、と思ったのかもしれない。それとも日本記者は気づかなかったのかな?知らなかったのかな?
■日本メディアはこのとき、中国は麻生外相の訪中を招請しなかったとか、8月15日の小泉首相靖国参拝阻止にむけた牽制だとか、どちらかというとネガティブな報道が多かったが、李肇星さんは北京大学の講義の席で、このトイレ外交が、「両国の外交首脳の相互理解を深め、信頼の基礎となった」として、日中関係改善を加速させたと振り返っている。李さんはいう。「外交には決して譲れないことがある。例えば歴史問題とか」「しかし思いもよらないような柔軟な交渉のやりかたも存在する」。
■麻生さんは外相時代、小泉首相の靖国神社参拝を繰り返し擁護するだけでなく2006年1月、天皇陛下が靖国神社を参拝してはいかが、と発言し、あの強面もあって、中国の反日分子とメディアから最右翼政治家とみなされ嫌われていた。一方、李肇星さんは、旧日本軍をナチスと同列にあつかい、言葉や表情が相当きつかったこともあって、日本人の反感を買っていた。
■双方とも相手国の国民から嫌われる発言、態度を一貫してとって表面的には相手国に対する感情を悪化させたといえるが、その背後では、彼らなりの機知と柔軟さでもって、日中関係を前進させてきたわけだ。
■しかし、李肇星さんは結局、その外交能力を評価されなかった。2007年4月突然解任される。対日重視政策を掲げる胡錦涛政権は、李肇星さんは日本の対中感情を悪化させた、と見なされたようだ。また対米、対北朝鮮外交で実質的に活躍したのは、両国に太いパイプを持つ戴秉国筆頭外務次官だった。戴秉国さんは国務委員に昇進。そして日中関係の雪解けに最も貢献したのは、李肇星さんではなくて、王毅元駐日本大使ということで、王毅さんは筆頭の外務次官に昇進し、しかも党中央委員に大出世したのだった。もちろん、こういった人事の背景には、政治権力、派閥の闘争もある。
■そんな李肇星さんの心中はいかに。最後の外交活動は2007年4月27日の魚釣台迎賓館での外交官聯誼会。本当は外相の肩書きで外交政策について講演する予定だったが、突然の解任に急きょ取りやめとなった。李肇星さんは欠席かと思われたが、ぎりぎりになってかけつけ、短いスピーチを行い「私は外相を引退します。さようなら!」といって手をふって去ったのだった。
■日中関係改善にがんばって、それなりに結果も出た…はずなんだけれど、評価されなかった李肇星さん。そんな彼の目には、かつてのカウンターパートの今の苦境はどう映ったのだろうか。詩を読み、愛妻家のロマンチストと言われ、情の深い人だけに、きっと昔の最も厳しい時代に日中外交をになった好敵手として、苦労を振り返り、多いに同情し励ましたのではないだろうか。オレたちのがんばりで、少なくとも中国の対日感情は改善されているよ(日本人の対中感情は悪化しているけど)。といういみで「中国人民は麻生政権を支持している」という発言がでたのではないか。
■外交にかぎらず政策というものは、打ち出して実行して結果が出るまでに時間がかかる。ひょっとすると今の時代の混迷のタネは2、3代前の政権の失敗かもしれないし、麻生首相が今、与野党から反発を受けながら行おうとしていることは、数年後先には高く評価されるものかもしれない。しかし、その数年後の結果はおそらく、麻生首相の功績あるいは失敗として国民には認識されず、ときの総理大臣のものとなるだろう。そう思うと、政治というのはなかなか非情だね。
■さてこれからの日中関係だが、麻生・李肇星外交以来、政治的には軌道にのったと感じている。ただ、中国国内も一枚岩ではなく派閥闘争があるし、軍との微妙な対立関係もある。特に今回、初の日中韓の定例首脳会談の直前に海洋調査船の侵犯があった尖閣諸島領有問題は、トウ小平氏も解決が難しいとして棚上げにした問題だが、ここにきて、にわかに中国はその領有権を主張する傾向にある。
■共産党の求心力が低下傾向にあるなか、軍部が自らの存在感を誇示しようという動きが強まっているのかもしれない。共産党は今まで奇跡的な経済成長で求心力を保ってきたが、経済成長に陰りがでてくれば、そこは銃口から生まれた政権の伝統に帰って、軍部の発言力が強まる傾向になるのは致し方ない。そして文民出身の胡錦涛・軍事委員会主席が軍をがっちり掌握している、と言う話もきいていない。
■というわけで、中国というのは、経済的にも地政学的にも絶対うまくつきあわなければいけない隣人で、かの国の経済や社会の安定に日本は積極的に力を貸さなければいけない立場にあるが、同時に、その本質は軍事政権で潜在的な脅威にもなりうる、というきわめてつきあい方に難しいテクニックを要する相手でもある。13日、福岡で行われる日中韓首脳会談では、麻生首相は海洋調査船領海侵犯について抗議をきちんと申し入れるのだろうか。どこまで日中(そして日韓にもある)領海・領土問題にもクギをさせるのだろうか。
■外交には絶対譲れない部分がある。しかし、思いもよらぬ柔軟な交渉のやりかたも存在する。表面的には険悪にみえても、裏でうまく交渉が進め、あとで結果がでてくる場合も。その結果の発現に時差があれば、当事者の功績と評価されることはないかもしれないけれど。
■だから、どうかあまり選挙や支持率や評価を意識することなく、持ち前の機知とユーモアを思い出し微妙な隣国と、よりバランスのよい関係を築く方向に日本を導く外交をしてほしい、と思うのだった。


by sylvana
ただいま~、本を二冊ばかり出…