■初のアフリカ系米国人米大統領、オバマ氏が大統領選で圧勝した。やはりブッシュ共和党政権の政治にダメだしをする意味でも、次が民主党政権になるのは当然の流れなんだろう。共和党がダメなら民主党でやってみよう。こういう判断のわかり安さが、米国流民主主義のいいところかもしれない。
■ちなみに、民主党は親中国と思われがちだが、中国政府サイドからみれば、共和党の対中政策の方が分かりやすく戦略が立てやすいという人が多い。共和党は鄧小平氏と同じく、原則が事実求是とシンプルで、中国とも現実的に利害関係で動く。でも民主党は人権と民主とか理念を大事にするので、これが中国にとってはやりにくい、そうだ。来年はチベット民族蜂起50周年で、天安門事件20周年。人権とか民族弾圧とか宗教弾圧とかのキーワードには敏感な年で、そこらへんの価値観の違いが邪魔になって、民主党になって米中が急接近、というような単純な構図にはいかないかもしれない。ならば、共和党政権時代より日米中の距離感が正三角形に近くなる?
■さて、日本はというと、なんとなく現状に不満を持ちながらも、政権がかわれば何かがかわる、というはっきりした期待ももてず、イエスともノーとも、ウイキャンとウイもキャンノットとも言えない空気がながれている。日本人はこうでなきゃ、というマニュアル好きでもあるが、肝心なところでは意思表示できず、あいまいに流れる国民だと、と外国人の友達からしばしばいわれてきたが、やはりそうなのかな。
■と思ったのが、きのう(6日)の漆間巌官房副長官の事務次官等会議後会見。すでに論文の内容については報道で賛否両論とりあげられている前航空幕僚長の田母神俊雄氏の退職処分についてのヤリトリ。ちなみに、福島は総理番と同時に、漆間副長官番もやっているので、漆間副長官の会見などもフォローするのがルーティンワークでもある。
■まず会見(11月6日午後3時)のやりとりをそのままアップする。
■記者「田母神論文の件で、浜田防衛大臣が自主返納を求めると、表明されているが。懲戒手続きをせず、定年退職としながら、自主的に退職金の返納を求めるのは手続き的におかしいのでは」
■記者「では、ちゃんと懲戒手続きをとるべきだと思うのだが」
漆間副長官「懲戒手続きをとっていると60歳の定年にまにあわない。その手続きをおえないうちに定年がくると、その間ずっと給料をはらわなあかん、というので、その方が無駄じゃないか、という趣旨でしょ。つまり懲戒手続きとはそう簡単なものじゃありませんからね。公務員は身分が保障されていますから。今回、懲戒免職になるかも、まったくわかりません。場合によって誡告程度でおわるかもしれないですけれど。どんなことをしても懲戒手続きにはいって、現実にそれがおわるというのは、まあ、わたしの経験からいっても一番長いのが2年。半年以上は絶対かかりますね。そういうのをみこして考えて、定年が来年1月と考えれば、懲戒手続きにはいっても意味がない、とこういうことでしょう」
■記者「田母神氏が審理に応じないから、定年退職処分としたと発表もあるが、田母神氏自身は応じるとおっしゃっている」
漆間副長官「応じる応じないとはまったく関係なしに、手続きをとれば半年以上、絶対かかってしまうので、やる意味がないだろう、と。応じる応じないは、私はしりません。当事者同士の話でやっている話。審理に応じたとしても、少なくとも時間はかかりますから。同意しないなら。その裁定手続きはものすごく時間かかるから、どっちにしろやめちゃうんだから、もし懲戒免職にするような案件だったとしても、つまり、きれちゃうんですよね、来年1月。自動的に退職するので、退職金がでてしまう。ならば、その間、給与の方がもったいないのではないか。ならば早くやめてもらった方がいいだろう、ということだと思います」
■記者「防衛省の判断が適切だったと?」
漆間副長官「それ以外、方法がないんですよ。まあ、あの基本的に考えて、こういう思想的な問題で、懲戒免職をとること自体も非常に難しいと思います。懲戒免職がとれなければ、退職金はどっちにしたってでますよ。懲戒免職になるような手続きをとったとしてもどちらにしても間に合わない。そうすると、その間に定年にきてしまう。そしたら退職金はでてしまう。そしたら、方法はない。だから、それを手当する法律ができていればいいが、できてません。今の法体系からいえば、この方法しかなかったと私は思いますが」
■記者「関連で。さきほど、河村長官が、同じような論文を出している自衛官78人のなかで、同じような内容のものがあれば厳しい対処をとるとしているが、論文の内容によって厳正な対処をとるというと、どのような対処があるのか」
漆間副長官「それは私も詳しいことがわかりませんが、いずれにしろ、届け出は出しているので、内規違反は問うことができないので、そういうものを投稿したことが発表したことになるのか、これを法律的につめないと。そして、それが発表したことになるのであれば、その内容がどうであるか。内容がまさに、今のわが国がとっている方向とまったく違うということになれば、その内容についてなんらかの処分をする可能性はあるだろう、ということだろうとおもいますね。法律的にいうと、対外的に発表したといえるか、という点だと」。
■記者「階級にかかわらず?」
漆間副長官「それは基本的に内容ですから」
■記者「田母神氏の場合は空幕長の立場で、という点が問題だったと思うが」
漆間副長官「自衛官の立場でそう思っていることがいいのか、という問題も出てくるかと思いますので、内容によっては、その幕のトップでなくとも、その責任は問われることになることもあるかもしれませんね。私はその内容をしりませんから、一般論でしかいえませんけれど」
■上のやりとりをごらんになると、気づかれた方もいるだろうが、実はこの田母神論文問題については、政府はきわめて曖昧な手法でしか対処できていない。まさしく、こうするしかなかった的な。あえていえば、「これがもっとも常識的な対応」というやつだ。
■私個人の意見をいえば、田母神論文の内容については納得する部分もあるが、やっぱり「あの戦争」は侵略戦争だと思っている。そもそも侵略戦争でない戦争の方が珍しい。その侵略戦争を起こせざるを得なかった背後に、いかなる謀略、歴史的背景、国際情勢があったにせよ、戦争に負けた時点で、そのことについて自己弁護できない。勝てば正義、負ければ悪というのが、戦争のルールなのだ。その戦争のルールに戦後60年以上たっても支配されている。たとえ、戦後いくら経済的に発展し経済大国となり国際貢献する立場になろうとも。戦争に負けるということはそれほどみじめで、悲哀に満ちたものだと思う。だから120%勝てる自信がなければ絶対戦争を始めてはならないし、どうして避けられず戦争に巻き込まれたら、早く終えて講和に持ち込む最善の努力をしなくてはならない、ということなのだろう。
■で、その戦争の当事者とはいわないが、その戦争の反省にたって組織された自衛隊・航空自衛隊制服組トップが、民間の検証論文で、「長期的にみて国家・国民の利益にかなう」との信念をもって、日本の弁護を展開し、自虐史観からの脱皮を訴えた。この論文が優秀賞をとり、新聞にとりあげられ、公になった。政府としては、外交問題に発展する前にすばやく処分を下す必要があり、実際、びっくりするくらい素早い処分がくだされた。
■論文の内容についてはひとまず置く。こういう歴史認識の論議は、きちんと腰をすえて、資料をそろえてやるべきで、仕事の片手間にできない。だが、ここで記者としてやはり気になるのは言論・思想の自由に関する原則だ。
■実は、私は3日夜、田母神氏の退任記者会見の現場にいた。連休中で人がいないというので、夜勤の私がピンチヒッターで出たのだった。で、心にのこったのが「政府見解に一言も反論できないようでは北朝鮮と一緒」という主張だった。
■はたして、自由民主主義国家の日本では、国家公務員は、政府見解に反する発言を許されないのか。経済産業省の幹部が政府の経済政策を批判する論文を書いても解職なのか。現行憲法を批判する言論の自由を国家公務員は与えられていないのか。
■もし、政府見解に国家公務員が異論を唱えられないとすれば、政府が政策を誤ったとき、政府はそれに対する問題提起を受け付けられないこととなる。
■言論・思想の自由は基本的人権として、あらゆる権利のうちの最上級に置かれるので、国家機密漏えい、第4者の人権の侵害や危害にかかわるもの、公共の福祉に背くものでなければ、タブーはあるとしても、たいてい認められるのが自由民主主義国家の原則だ。ただし、組織に属す以上、その組織に不利益をもたらす言論、その信用を失墜させる言論は、処分する権利が組織にはあるだろう。しかし、その組織自体に問題があって、公民の不利益になっていることもあるから、ある言論が、言論の自由という金科玉条にまもられるべきかどうかは、公民の、つまり国民の意見、世論が結局きめる、世間的にみて常識か非常識か、という点が重要らしいのだ。
■私は、とある政府高官に、きいてみたのだ。もし、田母神氏が、自分の言論を理由に幕僚長を更迭された事実が、言論・思想の自由を保障する憲法に違反すると争った場合、9条の解釈問題もからまって、けっこうややこしいのではないか、と。するとその高官も、退職自体は定年退職なので争いようないが、幕僚長から更迭された事実はそりゃ、その気があれば争えるだろう、ということだった。だからこそ、懲戒免職を行いたくても行えない。まじめに審理すれば、せいぜい誡告処分が関の山であったかもしれない。
■ところが世論の勢いをかりて、野党が6000万円の退職金を受け取るのはおかしい、300万円の論文賞金を受け取るのはいかがなものか、と言い出した。この6000万円の退職金を受け取るのはおかしい、ということの論拠は法律的なものではない。常識という名の世論というか、世論という名の常識というか。
■この問題については素早く穏便に済ませるのが得策とする政府側は、退職金を取りあげることはできないので、「国民の多くもああいっていることだし、自衛隊に迷惑をかけたと思うのであれば、退職金を返納してはいかが?」と言った、というわけだ。もし、この要求に田母神氏が応じて、問題があっさり片づいたら、ああ日本って、不思議な国だな、と思う。法律より世論という名の常識が強いって、法治国家としてはどうよ、と言いたいけれど、そういう風に丸く収めることをヨシとするのが、日本的なのか、と。
■6日夜の首相ぶら下がり会見で、田母神氏の退職金返納問題について質問が出たが、懲戒処分にしないで、退職金自主返納で決着を付けようとしている、という論点ばかりがクローズアップされていた。でも、懲戒処分にできないからといって、大臣が一公務員に退職金を「自主返納を求める」とは、見方によってはパワハラじゃないか、とか思わないのだろうか。正面切ってぶつかりあえば、言論の自由、法治国家の有りようがとわれる問題ではないか。たぶん、アメリカ人なら、懲戒処分にできない=退職金はもらって当然、というような、黒でないなら白、白でないなら黒、というきっぱりした判断を下すのではないだろうか。
■幕僚長の立場で、現行憲法に反する発言、政府見解に反する発言を公にすれば、不必要な対外摩擦を引き起こし、国民の憲法および政府に対する不信感をさそい、組織の信用を貶めた、という意味で幕僚長の任に適切でない、という判断自体は今の時代において、私もきわめて常識的だと思う。
■でも、常識というものは時代によって変わるものだし、国によっても違う。日本の常識は世界の非常識、と言われることもある。ひょっとしたら、10年後の日本は、田母神論文の主張が常識になっていることもある?かもしれない。そう思うと、やはりものごとの判断は、常識という曖昧な規準より、めんどうくさくても原則に照らしあわせ、審理なり、選挙なり、法的なプロセスをふんでくだされるのがよりよいと思う。そして、その過程ででてきた曖昧さを、さらに大勢の人が吟味して論議して少しずつ、物事が改善されていくのではないだろうか。
■ちなみに、公務員の論文の応募自体は、専門知識を研鑽する上でも奨励されるべきことだと思うが、ほとんど一般には名前もしられていない民間懸賞論文が300万円という破格の懸賞金額で、235の応募総数のうち78が航空自衛隊員の作品で、主催企業のトップが航空自衛隊の金沢友の会の会長も務めて、田母神氏とも昵懇であったという点においては、私も若干の問題を感じている。せっかく最優秀賞をとっても、こういう関係がもとにあったら、当然ケチがつくし、主催企業の業種によっては、癒着だとか贈賄だといわれかねない曖昧さがあるように思うのだが、どうだろう。


by sylvana
ただいま~、本を二冊ばかり出…