■きょうは、インゲン事件をふまえて食の安全学、食品テロの恐怖について、とりあげようと思ったのだが、先日(16日)の社論会議で、「ネットとブログと北京と私」というふざけたタイトルで、帰国報告したので、その覚え書きを書いておく。
■社論会議とは、社内、つまりうちわの会議だが、社長や会長がいる前で、1時間くらい話さなければいけないので、けっこうあせった。あせって、質問にうまく答えられなかったので、ここで改めてまとめておこう。食の安全学は次か次の次に。
■ネットとブログと北京と私
インターネットがメディアをかえる?
中国独裁をかえる?
■中国という、〝独裁国家〝での記者生活で、インターネットというツールは非常に有用であった。北京駐在期間、朝、起きるとともにネットをつなぎ、主要なニュースサイトをチェックする。そうすると、中央紙から地方紙まで、全国のニュースが網羅でき、しかも読者のアクセス数が多いもの、当局が重視しているものから優先的にニュースを拾うことができる。検索サーチを使えば、類似の記事や論文、専門家の見方や読者の反応を調べることもできる。記事や論文の書き手がブログを開設していれば、もっと深く調べることも、連絡をとって質問したり討論することもできる。もちろん、紙の新聞をみて掲載面を確認する。
■しかし、その一方で厳しいネット統制もうけた。アクセス禁止、メール送受信妨害。ブログをはじめてからは、ブログのアクセス禁止も受けた。香港、台湾の一部新聞のオフィシャルサイト、チベット亡命政府や人権、キリスト教関係サイト、大紀元、博訊など、反中国的ニュースサイトは原則、中国のプロバイダーを経由してはアクセスできない。また、検索エンジンに、検閲ワード、たとえばチベットという言葉を打ち込むと、チベット観光のサイトばかりで、チベット亡命政府や人権関連のサイトは現れないし、つながらない。当局の気に入らない記事が、産経MSNニュースやIZAに掲載されたら、そのページだけアクセス禁止になる。ちなみに、アクセス禁止になりやすいテーマのひとつは、「ネット統制」である。
■この検閲をさけるためには、中国の国内サーバーをさけて、国際電話で外国のサーバーを経由したり、プロキシ(代理サーバー)を通してアクセスする。プロキシはIPアドレスを匿名化するので、IPアドレスからたどる検閲はできない、ということになっている。ただ、最近は同じプロキシを頻繁に使うと、そのプロキシが当局の監視下におかれ使えなくなることもある、らしい。ただし、プロキシというのは星の数ほどあるので、また別のプロキシを使えば、またアクセスできる。そういういたちごっこを、中国でネットを活用しようとする人たちは続けている。
■さて、私がブログを開始すると、当局からもかなり注目を受けた。私が07年暮れ、中国外交部からビザ更新を渋られた理由は、ブログの記事が原因だった。指導者を揶揄する口調の記事などについて、中国および中国人民を侮辱し、感情を傷つける、というふうに受け取られた。上司によれば、外交部は私のブログエントリーを全部印字して、赤字チェックをつけ、問題箇所を読み上げて、「福島記者は2002年に北京駐在以来、一貫して中国に悪意をもって中傷する記事を書いてきた」などと、かなり激しい調子で批判したたという。この一件以降も、ブログ記事の内容に対して、外交部以外の某所からも厳しい警告があり、たかがブログなのに、ここまで熟読されているのかと、おそれいった。
■その一方で、普通の日本語のわかる中国人読者もけっこう多く、そういう読者とオフラインで会うなど、新たな出会いをもたらしてくれた。ブログコメントで批判的だった中国人読者が、実は銀河英雄伝説オタクで、実際あってみると意気投合したことも。ブログをみた(反体制?)中国人や中国人記者から、電話をもらったり、情報交換したりしたこともあった。ブログをやったことで、新たなニュースソースを開拓することもできた。チベット騒乱についての欧米報道に反対する愛国主義の若者が立ち上げた反CNNサイトで、名指し批判される栄誉もうけた。
■たかが、ネット。たかがブログ。なのに、なぜ、当局はここまで目くじらをたてるのか。それはネット、ブログに国境、国籍はなく、日本語で日本人のために書かれた記事でも、国内外に在住の日本語のよめる中国人に影響を与え、なおかつ翻訳して国内ブログや掲示板に引用することで、中国語しか読めないネットユーザーの目に触れる機会も少なくない、という点だろう。伝播スピードも速い。そして、中国におけるネット社会の規模の大きさもある。
■ここで中国におけるネットの状況を紹介しよう。中国は世界最大のネット人口2億5300万人(6月末、CNNIC・中国インターネットニュースセンター調べ、昨年同期比9100万人、56・2%増)をかかえる。今年だけで4300万人増加。この増加率はこれまでの最高の伸び率だ。サイト数もCNドメイン数が1218.8万で世界最多。ブロガーはなんと1・07億人。ネット普及率こそ19・1%と世界平均(21.1%)より低いが、ネット社会は中国において無視できないほどの規模をもつ。ちなみにブロードバンド普及率は84・7%で2・14億人。ブロードバンド普及率も世界一位。
■ネット・ユーザーは大半は「80后(ポストエイティース、1980年代生まれ以降)」と呼ばれる20歳代、30歳代以下の一人っ子政策世代の若者で、小皇帝と呼ばれるほどに甘やかされていたり、江沢民政権時代の愛国主義教育や受験勉強の詰め込み教育によって、自分でものを考える習慣があまりない世代。ネットの使用目的は、おおむねはオンラインゲームや音楽、映画ドラマのダウンロードなど著作権侵害と表裏一体の娯楽が主流といわれている。
■だが、同時にネットニュースの利用率も非常にたかく、ネットニュース使用率は81・5%で、2・06億人がネットでニュースを読んでいる。これは昨年12月末以来で8・8%ののびで、かつて数百万部といわれた共産党中央機関紙・人民日報の発行部数が100万部前後に低迷していることを考えると、中国もニュースはネットという時代に突入し始めていることがうかがえる。
■その証拠に、ネットとメディアの関係も深まっており、CNNICは、昨年上半期の重要ニュースがネットがらみが多いと指摘している。各新聞社が自前サイトを運営しているほか、数百レベルの動画サイトがテレビニュースにとってかわって、重要な役割を果たしはじめている。
■たとえば、今年1月、北京テレビの人気キャスター胡紫薇女史が、CCTV五輪チャンネル開局式典の中継の場に乱入し、夫(CCTVの人気キャスター)の不倫を暴露。その中継ニュース自体は当局がおさえたが、その映像がネットの映像投稿サイトに流れるという事件があった。これはメディアが、ネットによって統制しきれていないということを示す象徴的な事件として、国家ラジオテレビ映画総局および党中央宣伝部の狼狽と怒りをさそった。このほぼ直後に、ネットの動画サイトの運営規制の厳しい規定が発布されたのである。
■その規定、「インターネット視聴番組サービス管理規定」は今年、1月31日施行とされた。これは動画サイト運営は国営が原則として、免許制にするというものだったが、この規制は半分は成功し、半分は失敗している。成功の部分とは、動画サイト運営すべてを整理できず、人気動画サイトは存続した。国民、ネットユーザーの批判も厳しく、大なたを振るうことができなかったのだ。半分成功とは、動画サイト運営の自粛傾向が強くなった。
■これらの現象を考えると、膨大なネット人口をかかえる中国にとって、もはやネットとは統制しようとして統制しきれない存在、さらに現実社会に影響を与える存在として、当局の課題となってきていると想像される。
■統制しきれず現実社会に影響をあたえた例を見てみよう。
②ネットで広がった新幹線導入反対署名など反日ムーブメント。
愛国者同盟など、反日愛国主義青年のウェブサイトなどで、北京上海高速列車で日本の新幹線導入に反対する署名運動がおこり、一週間あまりでで8万人以上の署名を集めた。日中平和友好条約締結25周年の2003年7月のこと。この署名活動は当局により停止させられたが、結果的に、新幹線導入は棚上げにせざるを得なかった。ネット世論が外交政策を左右しうると印象づけた事件。
③氷点事件
共産主義青年団機関紙・中国青年報付属紙氷点週刊の歴史教科書認識に関する袁偉時・中山大学教授の論文「近代化と中国の歴史教科書 問題」の掲載がきっかけで、停刊になったその内幕について、名物編集長の李大同氏が自分のブログで「違法な発行停止処分への公開抗議」(2006年1月25日)というのを発表して、この抗議文が朱厚沢・元共産党宣伝部長ら十三人(江平 李鋭 李普 何家棟 何方 邵燕祥 張思之 呉像 鐘沛璋 胡績偉 彭迪 戴煌)の古参幹部の支持もえて、中国知識人界および海外メディアに波紋を広げて、結局、春節明けの3月に復刊させざるをえない状況になった。李大同氏も更迭されたが、解職ではなく、海外で出版したり講演したりする自由は担保された。ネットが報道の自由の突破口になりうると感じさせた事件。
ほかにも数え切れないくらいある。喫緊の事件では、華南トラ捏造写真事件とか。
■ネットはメディアのあり方をかえつつある。地方の都市報でも全国にニュースを発信でき、中央紙をおさえてナンバーワンになれる可能性を等しく与える。そしてアクセス数が広告費をきめる。党の喉舌としての使命を最優先させる従来のメディアとは違う基準が存在し、読者、ネットユーザーの嗜好に敏感になる。もちろん、党中央に対する正面切っての批判、6・4(天安門事件)、チベットなどタブーは依然あるが、そのあたりの報道の自由と統制はせめぎ合いの状況だ。もっともこれは、メディアが従来の「党の喉舌」(宣伝機関)から「人民の目(人民的眼睛)」(世論による監督機関)になる、というより、「金をつかむ手(抓钱的手)」(商業至上メディア)になる、という意味の方が大きいかもしれない。「金をつかむ手」というのは北海道大学の渡辺浩平先生(広報広告論、『変わる中国 変わるメディア』講談社現代新書などの著作がある)に教えてもらったフレーズだ。
■この商業主義が、第一財経日報(2004年11月創刊)など、メディアの風雲児とよばれる、速報性、的確性を売りにしたニューメディアでしられる民営メディア集団、SMG(上海広文新聞メディア集団)も生んだ。
■ちなみに、新聞出版総署「2006年全国新聞出版業基本状況」によれば、中国で2006年に発行された新聞は1938紙、発行部数1億9703万部。このうち全国紙221紙の発行部数は3242万6300部(香港・マカオをのぞく)。数は多いが、紙の新聞の発行分野で採算が取れているメディア、というと決して多くない。
■こういう状況で、党は従来のメディア統制のやり方では、メディアを統制しきれなくなってきている。そこで、党が新たに考え強く打ち出しているのが、メディア統制そのものの強化だけでなく、メディアを左右する世論、特にネット世論の掌握である。2007年1月に党中央政治局の学習会で、胡錦濤はネット世論掌握について指示をだしている。
■たとえば「ネット文化建設と管理を強化し、我が国の社会主義文化建設においてネットに重要な役割を十分に発揮させ、全民族の思想道徳の質と科学文化の質を向上させ、思想宣伝工作の場を拡大させ、社会主義精神文明の影響力および感染力を拡大させ、我が国のソフトパワー増強を有利にせねばならない」
■「ネット上に思想と世論の場の建設を強化し、ネット世論の主導権を掌握し、芸術性にこだわって、新技術を積極運用し、プラス面の宣伝を強化し、積極的なプラス思考の主流世論を形成する」などなど。
■具体的にどんなことをしているか、というと、人海戦術でネットを監視し(特に大学内のLANを重点的に)、まずい書き込みは削除し、党や政府に都合のよい書き込みを行う。この書き込みバイトは一本0・5角と、その道に詳しい人からきいた。世論誘導は、すでにビジネス化もしており、私の友人の企業家には、ネット世論誘導サービス企業からのセールスマンから接触があったそうだ。ライバル企業の中傷書き込み500本いくら、という形でセールス電話やメールがくるんだそうだ。普通、1分間に3本書き込みができ、学生にとってはマクドナルドの店員よりは割のいいバイトだとか。なんでも商売になる国である。そういう意味で、ネット世論の信頼性は少し揺らいできている。
■当局のネット世論の誘導、掌握における成功例は、チベットの事件と五輪聖火リレー妨害に端を発した欧米の対中批判的報道に愛国世論で抵抗した例だろう。反CNNサイトは、IT企業家が独自で立ち上げた、とされているが、あきらかに当局の後押し、援護射撃はうけている形跡がある。こういった意味で、ネットは自由なようで、ツボを抑えれば洗脳(世論誘導)の道具になりうることも明らかになりつつある。
■ただ、これによって燃え上がった愛国心が、さらに国際社会の心証をわるくし、五輪開催時には愛国世論の火消しにやっきであったことはご存知のとおり。ネット世論掌握(ネットによる国民洗脳)は、実は当局がもくろむほど簡単ではないかもしれない。
■党中央宣伝部は相変わらずメディア統制のたずなをゆるめるつもりはない。五輪期間中は、国際社会の目を意識して、外国メディアに報道規制緩和を打ち出し、インターネットのアクセス禁止も一部緩和したが、国内メディアに対しては、五輪マイナス報道や地方の社会事件報道を規制する通達も出された。
■しかし現状をみると、いかにメディア統制をしても、メディアのあり方が大きく変わろうとしている今、激しいせめぎ合いを経て、ネットは中国の報道の自由に通じる突破口をその小さな綻びから開いていくのではないだろうか。
■と、以上のような内容を発表したら、鋭い質問が投げかけられた。中国の貧富の格差は広がっているといわれ、地方では日々、暴動が起きていると聞くが、ネットがそこまで、発達しているのなら、これらの情報がよこにつながり、「革命」がおきても不思議ではない。なのに、なぜそういう状況がおきないのか、と。
■報告のときは、これにうまく答えられなかった。そう、なぜ、これほど矛盾をかかえ、情報統制の綻びがみえる中国で、「革命」が起きないのか。
■ひとつは、ネットユーザーの主力が「80後」の甘えた都市の中産階級の若者であり、農村の問題への関心が薄いためだろう。くわえて農村のネット普及率は都市の4分の1であり、都市部よりもさらに娯楽目的のユーザーが多数を占める。(農民は娯楽に飢えている)
■つまり貧富の差が、ネット格差となり情報格差となっている。それが知的水準の格差となり、それが貧困と搾取にあえぐ農民が近代的な権利意識や組織力をもてず、人権運動や公民権運動の指導者を育てられない背景になっている。
■ネットユーザーの主流である都市部の知識層や若者は、中国の奇跡的な高度経済成長の恩恵にもっとも浴した層であり、今の世の中を変えねばならないという意識は低い。むしろ強固な共産党独裁が続くことの方が自らの利益にかなっていると考えているだろう。89年に6・4(天安門事件)がおきて、今おきないのは、その後の教育システムによって、発言力や組織力を持つ学生・知識階級、資本家を支配側にくみさせることに成功したからだろう。党は今は農民や労働者を代表するものではなく、私営企業家、学者らの利益を代弁するものに変わった。友人で、反右派運動で弾圧された章伯鈞氏の娘である章詒和さんの口癖ではないが「知識人は堕落した」のである。
■そういうわけで、党と政府は依然堅牢な一党独裁を維持できている。それはこれからも当分は続くのかもしれない。しかし、地方で毎日のように発生している農民暴動が、かつてほぼ完璧に隠蔽されていたのに、今はリアルタイムに動画投稿サイトで鎮政府の庁舎が焼き討ちにあっている現場映像が統制をかいくぐって発信されるようになってきているのも事実。当局の腐敗と搾取に怒りを募らせる農民と、中国の真なる民主と自由を願う良心的な知識人が、もしネットというものでつながったら、それはやはり、今の体制を揺るがす力となるだろう。
■そして、都市の知識層と搾取されてきた農民の利害が共通し、ネットでつながり、中国の政治と社会を変えていこうという力になる日がくるとしたら、その最大のきっかけとして考えられるのは、中国経済の失速である。つまり都市知識層も経済成長の恩恵にあずかれず、都市内格差に対する不満を抑えることができなくなったとき。中国が農村改革によって貧困を解消し、共産党の開発独裁的な社会主義市場経済の恩恵を農民も受けるようになれば、党の求心力はたかまり一党独裁はより堅牢になるだろうが、経済が失速し、都市内格差が一層広がり都市の知識層の社会に対する不満が膨れれば現体制は不安定化する。中国の大学生の失業率増というのは、日本の就職氷河期とは時限のことなる危機の要素である。
■で長々書いたが総括すると、中国政治の未来を決める最大要因は経済の行方、ということになる。そして、WTO加盟後、中国の経済はかなりグローバル化し、世界経済の変動と無関係ではおれない。世界同時金融危機といわれる今、中国経済だけが無傷で高度成長が続けられる、とは信じがたい。
■中国の経済が失速、あるいは破綻し、農村で今おきているような暴動、抗議活動が都市近郊や都市部に広がったとき。膨大な数の農民不満分子と都市知識層がむすびつくとき、体制を変革していこうと動きは一気に加速するのではないだろうか。そのときインターネットは、彼らの最強の武器になろう。ねがわくば、その前に中国には自ら政治改革に着手してほしいのだが。


by sylvana
ただいま~、本を二冊ばかり出…