■今年にはいってipodの城と呼ばれていた富士康国際の工場(富士康国際は台湾の鴻海科技集団の中国法人、工場は深センにある)で工員が次々自殺していることは、すでに報道されているのでご存知の方も多いだろう。今のところ、13人(16人という説も)が連続して自殺(うち10人死亡、3人治療)事件が発生し、ネットでは「自殺するなら富士康へ」なんて、ブラックジョークがあふれている。
■富士康といえば、私が北京に駐在していた2006年ころ、汗血工場(労働搾取)の実態を勇気ある中国人女性記者(第一財経日報)が現場取材してルポを発表したが、その記者に対する企業と当局による圧力問題も発生、最終的には微妙な手打ちで、うやむやになったという事件があった。http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/33850/
■その後、労働法が改正され、労働条件も最低賃金もそれなりにマシになって汗血工場はずいぶん減った、というふうに思いこんでいたところに、この連鎖反応のような自殺である。
■富士康の自殺事件を順をおって記すと
2010年1月23日未明、19歳の工員・馬向前が飛び降り自殺(不審死といううわさも)
3月17日、工員・田玉、飛び降り自殺、入院治療中
4月6日、工員・饶淑琴飛び降り自殺、入院治療中
5月6日、男性工員・盧新がバルコニーから飛び降り自殺
5月27日未明、25歳男性工員が手首をきって自殺未遂。
27日12時 2人の工員が相次いで飛び降り自殺。(未確認ツィッター情報)その一時間後、16人目が飛び降りようとして阻止された。(未確認ツィッター情報)。
14、15、16人目の自殺は公式報道にはないが、掲示板などに飛び降りようとしている人の写真が。http://tieba.baidu.com/f?kz=784208440
■26日には、鴻海集団の郭台銘総裁が深センの現場にやってきて記者会見し、連続自殺が工場内の労働環境と関係あると認めた。その24日に、彼は富士康の労働条件は悪くない、と発言したが、その翌日また自殺者がでたので、あわてて現場にきて、前言を撤回したのだ。
■26日から屋上に自殺防止ネットが張り巡らされて、巡視が強化された。また、工員の間で「相親相愛グループ」といったコミュニケーション組織が設立され、6月1日からラインの工員の基本賃金は1200元に引き上げられた。だいたいどの工員も30パーセントの賃金アップになるもよう。ようやく本格的な自殺防止策に動き始めた感じだ。
■しかし、これで自殺はとまるのだろうか。自殺の本当の原因は何か、ということは解明されていない。当初は自殺の原因は恋愛問題とか、一人っ子政策下で育った若者の精神が弱くなって、閉鎖的な工場での長時間労働に耐えられなくなったからだ、といわれていた。また何十万人もの従業員をかかえる同一企業内で13人しか自殺していないんだったら、日本やアメリカの平均自殺率より、中国の自殺率より、低いじゃないか、というような意見もあって、富士康の工場の労働条件がとくに悪いわけではない、という主張も多かった。
■確かに富士康の給与明細(華商ネットなどで公開されている)をみれば、基本賃金は月21日勤務で賃金アップ前でも基本月給960元(深センの法定最低賃金は950元)で、地方の中小紡績工場や縫製工場でありがちな賃金未払いの問題もない。残業138時間というのはきつそうだが、この残業代だけで1300元くらいついているので、サービス残業を強要する悪徳企業に比べるとよっぽど良心的だ。工場内にはネットカフェなどもあり、清潔でたぶん見学したら、なかなかいい工場じゃん、と思うかもしれない。
http://www.forex.com.cn/html/c326/bagua/2010-06/1777702.htm
■しかし、5月の自殺の連続ぶりをみると、いくら五月病の時期とはいえ、どうみても、工場に潜在的不満を持つ人たちの悲劇的抗議活動にしか思えない。あるいは、注目集めている今なら、たとえ自殺しても家族に対する慰謝料が増額される可能性が高いという期待もあるかも。自殺者に対する慰謝料は最高25万元、炭鉱事故の慰謝料でも8万元ぐらいがふつうだから、かなりいい。「死ぬなら富士康」というコピーがネットで流れるのはこういう意味もある。
■香港や中国のメディアが報じたところによると、富士康の問題点は、やはり労働環境にあるらしい。とくに南方週末の見習い記者、若干22歳の劉志毅氏が書いた「潜伏富士康28日手記」などを読めば、たしかに人間味のない狂気をもよおしそうな労働環境であることがかいまみえる。劉氏はいわゆる臥底(潜入記者)として28日間、富士康のライン工場で働いたのだ。
■簡単に富士康について説明すると、アップルやHPやモトローラーなどの委託をうけてスマートフォーンやパソコンの組み立てを行う工場を中国南部に約20もち80万人を雇用している。富士康の工場前には就職希望者が、毎日千人以上も並んでいるそうだ。
■自殺が続出した深センの工場は広さ3平方キロで、42万人が働いている。午前6時起床、宿舎から集団でシャトルバスにのって工場にいき、まっしろな静電服と帽子といった制服をきて、8時にタイムカードをいれて職場にはいる。ふつうは夜の8時まで仕事をする。
■私語は厳禁。もちろん仕事中にアメをなめたり、ガムをかんだりというのも厳禁。精密機械を扱う工場らしく、秒単位で仕事時間がはかられ、部品の数なども厳格に管理されている。そういう緊張間の中で、食事時間以外、ほぼ12時間の単調だが神経の使う労働が続く。最初に自殺した馬向前の姉の馬麗群も同じ工場で働いていたが、香港のフェニックステレビの特番のなかで、こうかたっている。
■「熟練工の条件として、まず完全服従。余計なことを考えず、自分自身がロボットのように正確に間違いなく仕事をしなければならない」「仕事をミスすれば、始末書を書かねばならない。ときには同じラインについた同僚100人以上が仕事が終わったあと始末書をかかなければならないし、その始末書は賃金に影響する」。iphoneのような高価な商品を取り扱うので、一つでもなくなったり、部品がたりなかったりすると大騒ぎになるわけだ。
■5月6日に自殺した工員・盧新はパソコンに傷がないかを確認する仕事で2秒で1台のパソコンをチェックしなければならかった。もし、チェック漏れが一定の割合を超えた場合、罰則があり、あまりにひどい場合は賃金を減らされるという。
■劉記者のルポによれば、工員にはきょうびの大卒就職氷河期の影響のせいか、大卒者もいたという。上司を「老闆(ボス)」、同僚を「屌毛(男性の陰毛を意味するスラング)」というののしり言葉で呼ぶのが慣習だったという。つまり同僚の名前など知らないし、知っても名前で呼ぶことのない、そういう希薄な人間関係の世界ということだ。
■工員は毎月はじめ、残業希望書というのにサインすれば、法定残業時間(1か月36時間)をこえて残業してもよいことになっている。最初に自殺した馬向前は、残業残業で月に2日しか休まなかったそうだ。姉が証言している。基本給だけでは生活がなりたたない。もし、病気などして仕事をよけいに休むようなことがあれば、その月、翌月と残業を許してもらえないそうだ。残業しなければ、物価の高い深センでやっていけるだけの賃金を得られない。
■劉記者は語る。「誰にせかされるのでもないのに廊下を速足で歩き、飯を急いで食べる。まるで、工員そのものが部品のように、ラインの上をながれている」
■自殺した盧新は日記(ブログ)を残していて最後のページは2009年10月26日に更新されている。
「公務員になって、西部建設を支援するという夢は捨てたよ。金のために会社にきて、結果は運命のいたずら、というべきか、なんの発展性もない。ものつくって、金にはなるけど、命と未来の浪費でしかないよ…、ああ、本当に後悔している…俺は人生の第一歩を間違えた、途方にくれているよ…」
■こういう中国、香港メディアの報道をみて、私が個人的に感じるのは、世界の工場とされてきた中国の労働力の質があきらかに変わり始めている、ということである。盧新のように、公務員になりたかった、という夢をもつような人が組み立て工場に就職するようになってきたわけだ。
■かつて、中国は山のように余剰労働力があり、とにかく身を粉にして金を稼い故郷に送るのが目的だった人が圧倒的に多かった。労働問題というのは、自分の名前くらいしか書けない人が、いい加減な契約書にサインさせられ、安い賃金で思いっきり使い倒される。そういうものだった。病気になったりけがをしたら、わずかな見舞い金で解雇され、ときに賃金を踏み倒され、ちょっとの失敗で高額の罰金をとられ、労働者の権利があたまから無視される。最低賃金以下の賃金の工場などいたるところにあった。
■だんだんそういう搾取型の労働でもいいから、とにかく現金収入がほしいとだけの出稼ぎ農民が減ってきた。ひとつには一人っ子政策のおかげで、若者の数が減少傾向にあること。もうひとつは進学率があがり、教育水準が高くなって、いわゆる工場労働者向き(?)の無知だがタフな農民が減ってきた。
■さら工場同士の競争が激しくなり、熟練工を奪い合うようになってきている。とくに広東省のような工場集中地域は、賃金面だけでなく、工員の宿舎が冷暖房完備で一人に一つのコンセント(携帯電話の充電用)はなくてはならない。でないと人が集まらない、という風に、雇用の条件がどんどんあがってきている。昔のような穴倉に蚕棚みたいな宿舎はもうほとんどない、と現地で働く日系企業の人から聞いた。
■というわけで、工場の賃金や宿舎の環境はずいぶんよくなった。大卒者でも働いてもいいかな、と思うほど。だから、工場で働く若者の質は、昔よりも教育水準が高くなっているはずだ。教育水準が高いということは、いろいろ深くものを考えてしまう。毎日、毎日、心身ともにすり減らすように働いて、未来には何が待っているのか、とかブログでマジでつぶやいてしまうような教育水準の高い労働者が増えている。
■そう考えると、中国の製造工場現場で、従業員に対しては、今までのような、とりかえのきく安価な労働力という考え方では通用しなくなってくるだろう。企業は工場労働者に対し、人に対する尊厳をもって向き合わなくてはならなくなってきた。それは単純に賃金アップだけでは解決しないはずだ。
■時期同じくして、広東省仏山市のホンダ系の部品工場で賃上げ大規模ストが発生し、5月31日は、工場側の政府系労組とスト決行中の従業員数百人規模の衝突があったとも報道された。これは1日に基本月給2000元が2500元に賃上げ(24パーセントアップ)されることが合意され、ストは成功におわった。
■富士康に比べれば、なんと正攻法な戦い方だろう。これは、おそらく日系企業の方が、声をあげて主張すればなんとかなる、という人間らしさというか、スキがあったのだろう。ホンダには申し訳ないが、ストすれば公安に武力鎮圧されるような企業より、どうにもならなくて自殺しなきゃ環境が変えられない企業より、よっぽどまっとうな企業だと思える。
■連続自殺とストの件を結びつけるのは少々むりがあるが、ともに広東省の工場労働の在り方が転換期に入ってきたということを、知らしめる事件だと思う。


by nihonhanihon
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