■今、北京におります。本当なら全人代のホットなニュースを、というところなのですが、私が注目していた農村戸籍統一への動きは、ほぼ完全にぽしゃりましたので、いまひとつ、関心が薄いです。中国のアパルトヘイトといわれたの農村戸籍の廃止を訴える地方紙13紙の合同社説(1日付)、あれは何だったんでしょうね?私は絶対、中央指導部のアドバルーンだと思ったんですが、編集責任者解任という事態になってしまいました。北京にいる間に、関係者に背景をきけたら、きいときますよ。
■今、北京のデニーズでお替わり自由の珈琲のみながら、無線LANが使えるので、ひさびさにブログ更新しようかと思いました。人待ちです。で、本日の話題は、きのう、とある店で、たまたまお会いした役者の木幡竜さんのことです。誰や、それ、とお思いの方は下をクリック。
http://news.goo.ne.jp/entertainment/talent/M05-0355.html
■おや、このプロフィルはちょっと重要な点が抜けている。
こっちのインタビューも参考に。
http://j.peopledaily.com.cn/96507/97718/6715736.html
■そうです。このブログでも何度か取り上げている陸川監督の「南京!南京!」でいわゆる日本鬼子の伊田役を演じている俳優さんであります。私は役者という呼び方の方がぴったりくる気がしますが。現場でたたきあげって感じの人です。
■本当に偶然にあって、これ幸いと、もう記者でもないのにねほりはほりきいてしまいました。「南京!南京!」は4月にもいよいよ日本公開らしいですね。彼も、公開時には舞台挨拶などで日本にいくことになるでしょう。もう、その話題はいいわ、という方はあとはスルーでお願いします。
■私は個人的には「南京!南京!」の日本公開について、すごく気になっていました。このブログでも以前に紹介しましたように、なかなか手ごわい映画だと思うのです。何社かがアプローチしていたことは知っていました。日本のとある配給会社が行ったサンプル・ムービーの試写会にも言ったことがあるんですよ。
■ところで、配給会社に事前に渡されるサンプル・ムービーには南京事件で虐殺された人数として30万人ととか具体的な数字は全く出ていません。しかし、中国で一般上映されたり、国際映画祭で上映されたりした「南京!南京!」には最初にばーんと「30万人」という数字が出ているんです。それで、私はこの数字を加えたことで、この映画はやはりプロパガンダ映画だと思う、という考えを、木幡さんに言いました。
■以下、木幡さんとの会話です。ひさびさにICレコーダー、ノートを使わない記憶だけの書き起こしなので、細部はあやふやですが、こんな会話をしました。ネタばれ注意です!!
■福島「とある配給会社の試写会で、『南京!南京!』を見ました。そのときは、『犠牲者30万人』という数字は一切でていませんでした。でも、中国国内で上映されたものも、国際映画祭でも、最初に犠牲者30万人という数字が事実として書かれている。
私はそれを見たときに、この映画というのは非常にうまくできた、つまり今の国際社会が受け入れられる新しい形のプロパガンダ映画だと思いました。正直、ハリウッド映画も娯楽映画のようにみえて、かなり政治的な役割を果たしてきた。中国はそれを知っているので、今もハリウッド映画の国内上映について制限を設けているんです。
日本の配給会社が『南京!南京!』を買うかどうか悩んだおもな点の一つに、サンプルムービーについていない30万人という数字が、現実の上映では付けられているということについて、どう解釈したらいいか、ということでした。つまり、監督の本当の意図としては、この30万人という数字をつけたくなかったのに、中国共産党の指導により、この数字を入れざるを得なかったのか。それとも、本当は30万人という数字を訴えたかったけれど、日本で上映を成功させるには、この数字はとった方がいいと思ったのか。それによって、配給会社としては、日本で上映する場合、この数字を入れない方がいいのか、入れた方がいいのか判断が難しい、と。
戦争がからむ歴史認識の問題というのは、今の外交問題も左右するんです。だから、たかが映画だろ、とはいえ、国内外にどういう形で、ある戦争の歴史が発信されるか、というのはやっぱり国益にかかわってくる。特に、日本国内の場合、あんまり、戦争の歴史についてつきつめて考える人が多くないので、映画のような印象に左右されやすいと思うんですね。そういう意味では気になる映画です」
■木幡「陸川監督は30万人という数字は、映画に出すつもりはありませんでした。南京テレビのインタビューで、おそらくカットされたと思うんですけれど、陸川監督自身『30万人という数字は眉唾だ』と答えたんです。そばで聞いていて、そんなことを言っていいのか、と驚きました。さらに『これは戦争なんだ。戦争とは日中双方に犠牲者がでている。その中で行われた虐殺だ』とも言いました」
■福島「え~!そんなことまで、いったんですか。でも、実は私は映画がクランクインする前に陸監督にインタビューしたことがあって、確かに30万人という数字を入れるつもりはないということや、撮りたいのは戦争という極限の中で、普通の善良な人間がどういう風に狂気に染まっていくかだ、みたいなことを言っていました。南京攻略戦の戦略的な問題についても言及していて、この人、けっこう冷静に見ているなあ、とも感じた。でも、出来上がった映画をみれば、やはりプロパガンダだったな、と感じましたよ」
■木幡「僕は、今までにないフラット(公平)な映画だと思いました。ただ、30万人という数字を入れたことで、プロパガンダっぽくなった。そういう30万人にこだわるとこが中国がだめなところだと思いましたけど」
■福島「映画だけをみると、ちょっと、うるっとくるところもあるんです。たとえば、女性の描き方。ラーベのところにかくまわれている女性たちの中から、売春婦を提供しなければならない状況に迫られて、一人の女性が手をすっと上げるシーン。あれは、うるっとくる。あと主人公の日本兵士の角川が日本人売春婦に惚れて、本当に喜ばせたくて、お菓子とかお土産を持っていくのだけれど、彼女はお菓子をもらったあと、はい、どうぞ、と足をひらくんですね。最後まで売春婦としてしか角川に向き合わないシーンとか、ちゃんとせつない感じが描写できているなあ、と思いますよ。でも、映画に関する陸監督のインタビューや発言の中には、『南京大虐殺の事実を世界に知らしめることが目的』みたいなものもある。そういうインタビューをみると、やはりプロパガンダだなあ、と。映画としての、感動させるツボもあるし、政治的な意図もあるから、なかなか手ごわい映画だと」
■木幡「それなら、映画だけをみて評価してほしいと思います。正直、陸監督のインタビューや発言というのは、だいたい本気じゃない。たとえば外国メディアのインタビューには、これは戦争映画だ、というけれど、中国メディアのインタビューでは、これは愛国映画だ、と言っています。映画をみて、それをどう受け取るかは観客の問題なんですね。でも、そういう質問をするということは、観てわからないのですから、それなら、相手が理解しやすい説明する。正直、インタビューの答え方はその日その日、ぜんぜん違う」
■小幡「劉イエが早々に死んでしまったのは、撮影のおわりの方で決まったんです。こいつ、日本軍に捕まっているのに、生きているのへんだな、ころしてしまおうって。中泉君(主人公の角川役)ふくめ日本側の役者が結構がんばっていたので、日本軍兵士側をもっとフィーチャーしようということになった。台本なんて、ないのと同じですよ。伊田の最後も、どういう風にすればいいか、提案して、って監督に言われて。8カ月もフィルムまわし続けているんで、いろんなシーンを撮っているんです。劉イエの恋愛シーンとかもあります。あのフィルムだけで違うストーリーの映画が四本くらい作れますよ」
■リアリティのなさも演出?現代日本人風の演技に
■福島「日本軍の描写も違和感がありました。南京戦というのは上海から兵站も整わないまま追撃追撃で、ものすごく激しい戦をしてきた。南京入城の時点で、日本軍は激しい戦を戦いぬいていたのだから、生死の境目を知っている面構えになっているはずなのに、現代の日本の大学生がコスプレしているような、生ぬるい顔なんですね。日中戦争映画では、『鬼が来た!』に出演して、今NHKなんかでひっぱりだこの香川照之さんという役者が、迫力ある演技をしていたので、戦争の現場ってあんなかんじだよな、戦争で人を殺してきた人の顔って、必死で生き残ろうとする人間って、あんな感じだよなと、思うのですけれど、『南京!南京!』にはそういうリアリティがなかった。あと、当時の背景説明が一切ない。国民党軍の命令系統の問題とかも指摘されていなくて、虐殺、強姦シーンが延々と続く。だから逆に作りものくささ、プロパガンダ臭を感じたのだと思います」
■木幡「陸監督からの演技上の要求は、最初から人を殺したことのある人間の顔をしないでくれ、ということでした。普通の人間が、極限状態で狂気に陥ってくゆく、という変化を描きたい、というのが趣旨でしたから。リアリティということを言いだすと、角川の自殺だとか、全部ありえない話ですから」
■福島「なるほど。映画に出てくる日本兵の顔は、北京でも見かける普通の日本人と同じ顔という風にして、普通の人たちが戦争の極限に陥れば、鬼畜のようになる、という表現を強めたかったんですか。あと、違和感を感じたのは、英霊のための祭を現地で執り行うシーンがあるですが、そのとき英霊にささげる舞が、なぜかどじょうすくい。それはないでしょう、と思いました」
■木幡「それは、実は監督なりの意図があるんですが、映画というのはいちいち説明するものではないですから」
■福島「実は、試写会は東大文学部の藤井省三教授と一緒に見たんです。そのとき藤井教授のこの映画への評価はけっこう高かったんです。祭のシーンも、おそらく監督は周作人の書いた、日本人と祭の論考などを参考にしたのだろうと。日本人は祭を通じて団結を強化し一体化する、その祭のトランス状態のなかで主人公の角川だけが一体になれない。そのシーンが、彼が最後に自殺する伏線になっている、と。
陸監督はおそらく靖国神社と祭のイメージ、その祭によるトランス状態と軍国主義の狂気を関連づけたかったんでしょう。私はどじょうすくいや和太鼓などで、そこを表現されると、靖国神社に対するとらえ方も、祭の解釈もずれていると思うんですけど、ひょっとすると欧米人には納得しやすかったのかもしれません」。
■今の表現統制下であそこまで表現できたのは奇跡
■木幡「あの映画は、正直、いろんな制限、プレッシャーの中で作られました。それはものすごいプレッシャーですよ。その中で、陸監督が表現したいものをすべて完ぺきに表現できたかと、いわれるとそうではないかもしれない。しかし、今の中国の状況下で、あそこまで、表現できたのは奇跡に近い。そこをもっと評価してほしいですね。
陸監督は検閲を通すため、今の制限の中で自分の撮りたいものを撮るために、メディア上でいろいろ発言するし、それが中国側が納得しやすいものであったり、欧米メディアに受けるものであったりするけれど、監督のメディア上の発言には何一つ本心はない。監督は僕たちにも、メディアに質問されたら、好きに答えていい、と言っています。批判もバッシングも宣伝活動の一環と考えればいいんだ、とも言っています。本当の答えは映画の中だけに見つけてもらえればいい。見つけてもらえなかったのなら、それは力が足りなかったわけで。
陸監督は、検閲やいろんな統制の枠組みの中で、自分が撮りたいものを撮っていくための立ち回りは非常にうまい監督の一人だと思います。中国では、そういう監督でないと映画がとれない。だけど、現場の人間の気持ちとしては、プロパガンダを作ったというのではなく、ただ映画を作った、という気持ちです」
■福島「木幡さん自身は、南京事件について、どういう理解なんですか」
■木幡「僕は、中国についても、歴史についても、ほとんど白紙でオーディションを受けました。採用が決まってから、図書館にこもって南京事件について資料を読み漁りましたね。それこそ、南京事件はなかったというものから、30万人説まで。正直、あったかなかったか、どのくらいの規模のものであったかなんて、わかりません。だから、自分がこういう戦場にいたら、どういう風に感じるか、この極限状態のとき、どういう心理になるか、想像することに徹しました。
ただ、南京には、家族が虐殺されたと訴えるお爺さんなんかもいるわけです。その人たちを前にして、虐殺はなかったとは言えなかった。日本人が、南京映画に日本兵士役で出演するために中国に乗り込むことが、どれほどきつい経験だったかはわかってほしい」
■福島「何が一番きつかったですか」
■木幡「上海での記者会見とか。中国メディアの取材ですね」
■福島「バッシングもありましたね。日本で上映されると、右翼のみなさんとかから、嫌がらせとかあるかもしれませんよ」
■木幡「それは、僕に直接来てくれる分にはかまいませんよ。僕は、間違った仕事はしていないと思っていますから。家族とか部外者に迷惑をかける行為だけはやめてほしいですね」
■福島「結果からみれば、国際賞もとって、木幡さんにとっては代表作となりましたね。以降、いい仕事が続いて、香港映画にも筆頭助演で出演したそうで」
■木幡「今年の終わりくらいに公開でしょうか。アンドリュー・ラウ監督のクンフー映画で、ドニー・イエンと女優のスー・チーを獲りあう役なんです。上海で撮影しました」
■福島「クンフー映画ですか。私、ドニー兄さんの大ファンなんですよ。最近ドーランが濃いって、注意してあげてください。ところでクンフーできるんですか」
■木幡「やったことありません。僕が映画中でやるのは空手なんですけど。もともとボクサーなんで、体はまあできている、ということで。でも、ゲロはくほど、体つくりなおしましたよ」
■福島「ひょっとして時代もの?クンフーVS空手で上海が舞台って、ひょっとして『ドラゴン怒りの鉄拳』のオマージュですか」
■木幡「『精武風雲』という映画です」
■福島「おお、では陳真がドニー兄さんですね。これは観なくては。若づくりしなくてもいいから、ドーラン薄めにしてほしい。日本にはブルース・リーのファンが今も多いですから、ヒットしそうな感じですね。おまけに、インファナル・アフェアのアンドリュー・ラウ監督とあれば、期待が高まります。ところでブルース・リー好き?」
■木幡「実はブルース・リー見たことないんです」
■福島「えーっっ!クンフー映画にでるのに、ブルース・リーしらないの??
『ドラゴン怒りの鉄拳』って、実は反日映画なんですよね。あまりに娯楽映画として完成されていたので、プロパガンダ色がふっとんじゃった。あの映画から感じられるのはあくまでクンフーアクションの素晴らしさとブルース・リーの個性であって、『日本人の悪者イメージ』じゃなくなっちゃっているんですね。
映画は時代と場所によって政治性を担うことを迫られますが、監督や役者さんたちの本心は、やはり、観客を魅了するいい映画を作りたいというところにあると思います。そういう情熱が政治性を超える映画を、中国の監督さんにはつくってほしいなあ」
(以上)
■てな、感じで、あとはいろいろと映画談議に華がさきました。木幡さんは元ボクサーなので、ボクシング映画に出たいといってましたよ。「明日のジョー」実写版の出演のお声もかかったそうですが、次の作品の出演とバッティングしたので断ったそうです。聞くところによると日本は、本格的アクションが撮れる監督がいないそうです。ボクシング映画って、撮影難しそうですよね。本気で殴りあって顔とか腫れたら、撮り直しってできなさそうだし。


by nihonhanihon
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