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北京はグーグル撤退で、お通夜ムード?

2010/01/15 03:00

 

■ただいま。北京の友人宅に居候中です。自由の身になって、さっそくふらふら北京にきてしまいました。友人を訪ね歩きお年賀を渡したりしています。今回うかがえなくても、また2月にくるんで、そのときも年賀あるきしていると思います。待っててね。

 

■さて阪神大震災15年目のメモリアルを前に、ハイチ大地震が起き、多くの方が苦しんでいらしゃる状況に一番関心をよせるべき時なのでしょうが、さきにグーグル撤退について、ちょこっただけ、リポートします。

 

 

■いまさら書くのもあれですが、グーグル中国から撤退(するかも)宣言をしました。1月3日夕の突然のネット検閲解除や、11日の百度に対する「イランのサイバーアーミー」によるハッカー攻撃など、年明け早々、中国インターネットはなにやら、不穏な空気が流れているなあ、と思っていたやさきの事件であります。

 

 

中国グーグル本社の門の前には薔薇の花がささげられたり、お酒やろうそくがささげられたり、さよならグーグルといった手紙が置かれたり、なんかお通夜ムード?(というより、中国人独特の風刺諧謔というべきか)

 

 

■報道によるとグーグル天安門事件の写真がみることができる、とありますが、私はさきほど試してやはり何度やってもブロックされました。グーグル本社が発表した撤退理由のページのアクセスまでブロックされているよ(笑)。でもツイッター meyouにキャッシュからはいってアクセスすると(普段は見られないのに)なぜか見れたり、またブロックされたり、ネット検閲状況がなんか混乱しております。さっき、グーグルのサーチでグーグルといれたら、なんかブロックされたけど、たんに無線の調子がわるいだけ?

 

■さて、グーグルが撤退したい理由というのは、私も愛用しているgmailが、サイバー攻撃をうけたことだというふうに発表されています。gmailは、人権活動家や民主活動家が愛用しているフリーメールで、重要な文書の受け渡しとか捨てメールとして使われたりします。私がチベット族の友達と文通したりするのも、gmailです。何度も使うとマークされるので、数回使うと捨ててしまいます。

 

 

■彼らのアカウントにたいして、中国を発生源とする「高度に洗練され、グーグルの企業インフラをターゲットにした攻撃」がグーグル本社が昨年12月中ごろに探知したそうです。調査の結果、この攻撃の主要な目的が、中国の人権活動家のGmailアカウントを攻撃することにあったことが判明。さらにこの攻撃とは別に、米国中国、欧州の中国人権活動支援者のGmailユーザーのアカウントが、フィッシングやマルウェアなどの手法により定期的にアクセスされていた、そうな。

 

 

■これまで中国当局に屈したと批判されながらも、中国市場進出のために必死に検閲に協力し、頑張ってばくだいな金を投じても百度の一人勝ちに太刀打ちできないグーグルとしては、ここまで中国にコケにされればブチ切れるのも当然、かもしれません。「もう中国の検閲に加担するのはやだい!」とはっきりいってくれました。

 

■ちなみに、きょう昼にとあるブックカフェにいくと、人権派作家の王力雄氏ら08憲章メンバーがなんか熱心にグーグル問題について議論していました。声明とか発表する相談かな?グーグル撤退が、中国における人権活動や言論の自由にいかなる影響があるか、まだわかりませんが、皆様に興味がおありなら、ちょっと調べておきましょう。

 

■さて、14日の新京報グーグル撤退をどう報じているか。自分で文章を考えるのはしんどいので、きょうは新京報の報道内容を紹介しておくだけにします。

 

■(引用)毎年2億ドルの収益をほこるグーグル中国がおそらく閉じられる。グーグルオフィシャルブログによれば、「われわれは今後も中国の検閲を受け続けたくない。…中国側との協議が(検閲に加担しないという)合意に達しない場合、グーグル中国は閉じ、グーグル中国事務所も閉鎖せねばなるまい」という。

 

■(引用)首席法律顧問Drummond氏はブログで「この決定は米国本社によるもので、グーグル中国の在中国メンバーはこの決定には参与していない。…このさきいかなる難題が発生しても解決するよう責任はとります(社員や関連広告会社に対する補償はなんとかする)」としている。

 

■(引用)13日昼ごろから、ネットユーザーたちが続々と中関村のグーグル中国本社前で献花し、お通夜(儀式)のまねごとを行った。ガードマンは警備を強化し社員以外が本社建物の中に入らないよう徹底している。

 

 

■(引用)午後6時になると、ろうそくがともされ、グーグルの社名碑の上は紹興酒や鮮花でいっぱいになった。…グーグル中国が過去四年で得た売上は全世界のグーグル売上のわずか1~2パーセントだった。(中国市場の貢献度はひくかったのね)

 

■(引用)グーグル中国撤退決定後、グーグル中国社員の間に動揺が走っている。「グーグルの価値観とは全世界に先進的ネット技術を提供することだろう?まさか中国ユーザーを見捨てるのか?まさかわれわれ中国人社員を見捨てるのか?」

 

■(引用)百度、捜狗、騰訊、網易など中国の同業者たちは昨日、一様にこのニュースに対する論評をひかえた。しかし、内部では緊急会議をひらき、グーグル撤退後の市場争奪に備えた戦略を練っている。2009年グーグルの国内市場シェアは35.6%、百度には後れをとるものの、捜狗、捜捜などに比べればそのサーチ数は数十倍。

 

■(引用)ネット評論家の洪波氏は言う。「グーグル中国市場に形成した産業リンクは巨大で、撤退すれば、失われるビジネスは非常に多く、とくにグーグル中国の広告代理店への影響は大きい」「国内で多くの人がグーグルを使って海外での貿易セールスを行っており、アリババなど大口顧客が影響をうけるだろう」

13日のグーグルの株価は1・77%下落。

 

■(論評引用)

グーグルが撤退すれば、中国ネット市場は損害を被るだろう。

グーグルがいかにネットを革新させたか説明がつづき)…グーグル中国に進出して以来、中文ネットもポジティブな影響をうけてきた。百度がもっとも大きな受益者だ。米国投資者のグーグルに対する迷信があったからこそ、サーチエンジン市場の70パーセントをしめる百度がナスダックに上場したとき、株価が猛烈にあがり、400ドルの高値を維持している。…中国ネット業界の業態多様化がすすめられた。

 もしグーグルが撤退すれば、グーグルにとっても、中国ネット業界にとっても二重の損失だ。グーグルにしてみれば中国市場は年商2億ドル、全世界市場の1%にあたる利益を得られるだけでなく、中国市場はさらに潜在力を秘めている市場なのだ。…中国ネット業界にすれば、グーグルは重要な産業の模範を示し群狼効果を与えた。グーグルの存在によって中国ネット企業は常に前進せねばならないプレッシャーを受けてきた…。

 

 グーグルはまだ撤退するという最終決定を行っていない。…すべてIT関係者、業界監督者が最も注目する問題である。(以上、引用おわり)

 

■昨年から、中国はグリーンダム事件(国内で新規発売されるすべてのパソコンネットに検閲ソフト・グリーンダムの搭載を義務付けるお触れを出して、猛烈に反対をうけたのと技術不足で、そのお触れを撤回した事件)やらあり、ネット検閲の強化が図らる方向性が打ち出されていました。これは、中国ネット検閲を強化するだけでなく、でかい中国市場を中国企業が独占し、外資企業を追い出す作戦かと思いましたが、強く洗練された外資企業が入ってくることによって、中国企業も洗練されていくという効果はやはり、中国人も分かっているみたいですね。

 

 

新京報の論調では、やはりグーグル撤退は中国にとってもマイナスと観ているようです。さすがに、人権活動家のメールアカウントへの攻撃があった、みたなところまではかいてませんが。

グーグル側も中国政府という名指し批判はしてないので、ひょっとすると、和解の余地があるかもしれません。私の周りの人は「グーグルのメルアドとかつかえなくなるのかなあ」と不安がっています。正直、私も中国でグーグルが使えないとすごく不便。

でもそれでもグーグル、よくぞ言った、という気持ちの方が強いかな。これを機会に、中国が検閲をゆるめるとか、そういう甘い期待をする余地がまったくないのが、本当に残念です。

 

 

 

 

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偽の偽札と真の偽札と偽の真札と真の真札。

2010/01/03 16:43

 

■あけましておめでとうございます。大晦日から正月までは、賀状書きと実家の大掃除にあけくれ、3が日はほぼ10年ぶりに一族郎党が両親の実家にあつまりローカルなお正月を迎えていました。ところでその間、世界では中国ASEANFTAがスタートしましたね。32億人市場が登場し、人民元決済が急激に広がっていく雰囲気に。China13億のお客さまが所望すれば、そりゃ人民元決済も広がるでしょうよ。というわけで、これからは人民元をもっているヤツが勝ち組

 

■なら、虎の子退職金をいっそ、人民元に換金して中国工商銀行に全額定期預金しちゃいませんか、というアドバイスを先日うけました。人民元はユーロのような、アジア統一通貨になるんでしょうか。円やドルの資産は今のうちに人民元に換えておいた方がお得なんですかね。たしかに、私が北京勤務になったとき、全財産を人民元に換金して定期預金にでもすれば、いまごろかなり、増えていたと思います。でも、最近とあるコラムを読んで、やはり人民元に換金してなくてよかった、と思いました。

 

■松村テクノロジーの松村喜秀社長のコラム(http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20091204/199237/)です。

有名サイトなんで、読んだ方も多いでしょうが、あまりにもおもしろすぎるので、ここにアドレスをはっつけときます。

 

■松村テクノロジーというのは、世界最高水準の偽札鑑別機を作るメーカー。偽札鑑別技術は日本が世界最高水準なんですってよ。中国の偽札の量がとんでもない、というのは今にはじまった話ではないのですが、このコラムのキモは、偽の真札が中国に存在するということでしょう。

 

■なんじゃ、偽の真札というのは、とお思いのかた。中国には偽の偽札、真の偽札、偽の真札、真の真札の四種類の人民元がある、という噂ですのよ。

 

■松村社長は、おそらく中国様の体面をおもんぱかって、はっきりとは書いておられませんが、中国の本物の造幣局(?)で作られた偽札、つまり品質、価値ともに真札とかわりないけれど、中央銀行(人民銀行)が数量を把握していないお金がある可能性というのもあるわけです。今回、松村テクノロジーに持ち込まれた同じ製造番号の紙幣こそ、どう考えても、そうだろう、と誰もが内心思ったはず。でも、そうつっこめませんよね~。それは、当局が自国の製造紙幣の番号管理がぜんぜんできていないということになり、つまり経済の基本である通貨の信用が失墜する可能性につながるからです。本来なら、国家経済大パニックであります。

 

■ちなみに偽の偽札と真の偽札については、私が昔、北京春秋というコラムに書いたことがあります。もう、ネットサイトでは消えてなくなっているので、ここに再掲載。

 

[北京春秋 ニセ札天国] (2007年5月2日)

 いくらコピー王国、中国だとはいっても、携帯電話メールで堂々と「ニセ札売ります」の
宣伝が入ってくるのにはさすがにあきれてしまう。こんな事件が最近、あった。

出稼ぎ仕事の手配師2人が出稼ぎ農民らへの給料用にとニセ札を買うことにし、
安徽省のニセ札屋から20万元で100万元分のニセ札を買った。だが、帰って札束を
確認してみると、束の最初の数枚と最後の数枚だけが本モノのニセ札で、中は白紙。
途方にくれた2人が「20万元詐取された」と警察に届けたところ、2人ともお縄に…。
ニセのニセ札をつかまされたドジな悪人は笑えるにしても、銀行のATM(現金自動預払機
からもニセ札が出てくるとなれば笑いごとではすまない。

南方都市報によれば、広州市の農業銀行のATMで、男性が5000元を引き出したところ、
100元札20枚分のニセ札が出てきたので、銀行にかけ合ったところ、「ATMでニセ札が
出てくる可能性はゼロに近い」と取り換えに応じてくれなかった。ATMから偽札が
出てくるのは、私自身も体験ずみなので、男性には大いに同情したよ。

こんな状況で金融市場の国際化をうたう中国っていい度胸!?(福島香織

 

 

■偽の偽札というのは、どっからどうみても本物には見えない、これでは絶対に人はだませない粗悪品の偽札、あるいは白紙。真の偽札というのは、一見本物。慣れたひとがじっくりみれば偽札とわかるが、普通に市場で通し、ときには銀行のATMからもでてくる偽札。

 

■松村社長によると、市場の人民元の20%が偽札だそうですが、この場合20パーセントというのは、真の偽札のことだと思います。

 

■で、多くの中国人の間では、これ以外に偽の真札というのがある、というのが信じられていた。つまり本当に紙幣をつくる人がこっそり横流し用の紙幣をつくる。インク、紙、印刷技術とも本物だが、マネーサプライ量に含まれていない幻の札。なぜ、そんなことを考えるかというと、マンションの一室などでこっそり売られている格安のエルメスやプラダなどのブランド商品は、まさしく本物のブランド品を作っている工場を夜中や休日にこっそり稼働させてつくった、偽の真ブランド品だからだ、そうです。これは売っている人がそういってました。もっとも、品質は本物と変わらない、という趣旨のセールストークでいうわけですから、本当のことをいっているという保証もありませんが、そう信じられている。

 

■検品チェックをうけていないので、ブランドの製造番号は架空だったり二重番号だったりするがプロの鑑定者がみても、偽物と鑑別できない、そういうレベルの商品は確かにあります。いわゆるアウトレットと同じだが、要は本社側はその数量を把握していないそうです。ブランド品でも、そんなものを作ることができるのだから、紙幣だって、そういうものがあっても不思議じゃない、というんですね。

 

■ちなみに、中国人が言う面白い言い回しに、真の偽GDPと

偽の真GDPというのもあります。真の偽GDPというのは、いわゆる水増し報告。GDP増の実態がないけど数字上は水増しして報告する数字のごまかしです。一方、偽の真GDPというのは、橋をつくる、しかしその橋が手抜き工事で竣工後、すぐ落ちた。でまた建て直すが、その橋はあぶなくて使えない。するとGDPは数字上は橋をひとつつくるときより倍になりますが、橋を造ったことの意味はないに等しい。インフラの充実だとか国民生活の向上に結び付かない数字のマジックみたいなGDP

 

■というわけで、偽の真札の上に偽の真GDPの数字がのっている中国経済を数字上で判断するのは大変難しく、今後日本経済の牽引車としてどこまで信用し頼りにできるかは、やはりかなり注意深い観察と機敏な判断がもとめられるようです。もっとも、製造業の要である安い労働力がまだまだ底をついておらず、消費の主体となる中産階級が順調に増加していることを考えれば、世界の工場としても市場としても、力強いというのは確かでしょうが人民元が国際基軸通貨になる、というのはやはり、あと50年くらいかかるかなあ。

 

■さて年末の大掃除のときに、けっこう大量の人民元が出てきました。甥っ子や姪っ子のお年玉に使おとしたら、両親が本気で怒って反対しました。5年10年の中期では元高はまちがいないよ~、と私がいっても、こんなブログ書いてしまっているので、説得力がありません。

 

 

 

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成田空港でただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき④

2009/12/25 20:15

 

■メリークリスマスです。

しばらくパソコンのない世界にいっており、更新が滞っておりました。ごめんなさい。すでに記者ブログでもない拙ブログですが、やはりおいでになってくださるかたが結構いらっしゃる。感激です。

 

■さて、私はこれから奈良の実家に帰省しようと、荷物をパッキング中です。失業者らしく夜行バスで帰ります。でも夜行バスって寝ている間に移動できるから、お金だけでなくすごい時間の節約ですね。私の場合、中国の三段ベッド式の「濡れた子犬の臭い」でむせかえるような長距離バスで鍛えてますから、日本の夜行高速バスなんて、動くホテルに感じます。

 

■で出発の前に、さくっと更新しておきます。またか、とあきれられるかもしれませんが、成田空港に籠城中の馮正虎さんの話です。彼から、26日に成田空港でくばるビラを翻訳してくれ、でもってブログでも掲載してくれ、と頼まれたので、最近の馮正虎さんの写真とともにご紹介します。

 

■22年度予算の決定、あるいは鳩山政権存続の危機(?)という国家的重大局面において、日本人にとってはどうでもいいネタかもしれません。ですが、友人が国家の事情でクリスマスもお正月も家族と一緒に過ごせない、と思うと、個人的にはそちらの方が胸がいたいんですよね。

 

■そりゃ日本に入国すればいいじゃない、と思われるかもしれませんけれど、入国しても妻子と母親が待つ祖国に帰れないという点は変わりません。彼が帰国できない理由が、彼の人権活動が上海万博の邪魔になるから(?)とか、そういう理由だったりすると、本当に憂鬱な気持ちになります(理由ははっきり説明されていない)。しかも、現政権はそんな国に身も心もささげんばかり。中国との関係はもちろん重視すべきですが、やはり、見過ごせない点は見過ごせない、いってほしいものです。というわけで今年のクリスマスは、天下国家ではなく、隣人の小さな幸せを祈ることにします。

 

■26日発表(予定)のビラ。(原文は中国語)

 

東京の空港でがんばっている中国公民・馮正虎さんについて:

 

中国の人権活動家、馮正虎さんは中国当局に8回にわたって帰国拒否にあい、2009年11月4日から日本の東京成田交際空港第1ターミナル南ウイングの入国審査ロビーでで寝泊まりし、12月26日で53日目を数えます。毎日、服をきたまま長椅子の上で眠り、50日余りもの間、風呂にもはいらず、最初の数日は食べるものさえなく、ただ水をのんで命をつないでいました。現在は日本に入国する中国大陸、香港、台湾の人々および海外華人や外国の友人たちが空輸で運んでくれる食品および義捐金に頼っています。彼は、すでに母国に帰ることのできない中国公民であり、まるでハリウッド映画「ターミナル」リアル版さながらの悲劇の人物となってしまいました。

 

 馮正虎さんは中国人民共和国のパスポート(G33406155)をもち、上海市に戸籍もあります。 2009年4月1日に合法的に出国して日本でしばらく休養したのち、6月7日に帰国しようとしたところ、上海浦東空港の警察によって入国を阻止され、以降7回連続で違法に入国を阻止されました。

8回の帰国妨害に関して、上海の関係部門(入国管理部門)はなんの書面による説明もなく、なんの法的根拠も、理由も示していません。ただ、上層部の口頭による命令があるだけなのです。上層部の一言で、中国公民は母国に帰ることができない、ということなのです。

 

馮正虎さんは、これまで中国憲法など法律を順守し、国家政権を転覆させるような言動はしたことがありません。しかしなぜ上海当局は、彼の母国への帰国を阻むのでしょうか?なぜなら、彼は中国で人権活動に従事し、権利を侵害された市民のために法的支援を行い、社会的弱者を助け、中国の司法の不公平さへの批判をたくさん行い、上海地域の官僚らの人権侵害を暴く文章を発表してきたからです。

 

さらに重大な問題は、2009年11月3日、馮正虎さんが8回目に帰国を試みて上海浦東空港に到着したとき、上海警察と日本の全日空上海支店の職員が翌日、暴力的手段によって、強制的に日本行の飛行機に搭乗させ、日本に『拉致』されてきた、ということです。だから、馮正虎さんは日本入国を拒否し、中国人の尊厳を堅持し、上海当局の人権侵害に対する抗議を続けて、中国政府が公民を保護する責任を履行して、彼を帰国させることを要求しているのです。

 

馮正虎さんの唯一の要求は帰国し故郷に戻ることです。彼はすでに日本のビジネスビザを放棄する声明を発表しました。国連難民高等弁務官事務所が彼に国連難民資格を申請するよう働きかけたとき、彼は丁寧に断りました。彼はこう答えました。「私には自分の国家があります。中国は私の祖国です。私は中国の知識分子であり、中国に対しても責任があります。いま、私に必要なのは帰国することです。これは、中国人の最も基本的な人権です。中国当局が中国国民を帰国させないのは、国連憲章、国際人権条約に違反するだけでなく、中国憲法にも違反します。中国では、たくさんたくさん苦難があることは知っていますが、私はやはり中国にとどまりたいのです。」

 

馮正虎さんの祖国への忠誠と、なんとしても帰国権を勝ちとろうとする不屈の精神は国内の人々、海外華人、そして全世界の外国人の尊敬を得ています。中国人であれ、米国人であれ、カナダ、ドイツ、日本人、その他の国家の人も、宗教信仰、政治派閥、肌の色や人種の違いをこえて、みんながともに人類愛を発揮して、この困難に陥っている中国人に愛と関心と援助を与えているのです。

 

一方で、中国政府は何をしているのでしょうか。過去8回、一人の優秀な中国国民を無情にも中国の門前で拒絶し、現在にいたるまで、日本の国の門前で恥を忍んで肉体的にも苦痛に耐えている中国国民になんの関心も払わないのです。

 

馮正虎さんが帰国できずに日本で野宿している事件は世界を驚愕させました。米国英国フランスドイツ、日本、オーストラリアスペインなど多くの国の主要な新聞、テレビ局が取材し報道しました。全世界のインターネットで、これぞ中国人の悲哀だと伝わりました。中国国内の民衆、海外華人の間でかつてないほどの怒りの声があがり、これは中国人にとって国の恥だと言っています。中国当局はこの事件の広がりに対し国内で統制を開始していますが、ネット統制を突破できるプロキシソフトなどをつかって、ますます多くの中国国内の人々が馮正虎さんの帰国に関する悲惨な物語を知るようになっています。

 

馮正虎帰国にまつわる悲惨な物語について、全世界の人々はみな、なぜ自国民を帰国させられないのか、不思議に思っています。たとえ犯罪を犯していたとしても、捕まえて帰国させ裁判を受けさせるべきでしょう中国は責任ある大国になろうとするなら、まず自国民に対する責任を負い、馮正虎さんを帰国させなければなりません。中国政府が各国の人々や海外華人の中国観光と上海万博の参観を歓迎するなら、自国の上海市民の帰国を拒絶すべきではありません。

 

 あなたにお願いです。中国公民・馮正虎さんが帰国し家に戻れるようにいろんな方法で声援を送り支持してください。馮正虎さんと上海に残る妻子と90歳を過ぎた母親が一日も早く家族のだんらんを持てるように。

 

                           2009年12月26日

 

 

 

(以上、翻訳は福島)

 

 

 

 

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南京陥落の日に南京映画をみた

2009/12/14 14:53

 

■13日、世田谷区の区民会館ホールで、南京・史実を守る映画祭というのが催されていて、ちょうど時間もあったので、観にいった。1937年12月13日というのが、旧日本軍が南京市を陥落させた日、つまりいわゆる「南京メモリアルデー」である。

というわけで今回のエントリーは南京映画と歴史観についてである。

 

■南京映画を観て考えた

自虐史観は日本人的美意識?

 

 

 

■映画と映画の間に一水会最高顧問の鈴木邦夫(男?ちらしには夫という字で書かれていたけど)氏と「引き裂かれた記憶」を撮影した武田倫和監督をゲストにまねいたシンポジウムが行われた。

 

 

■へぇ~、右翼と左翼の討論があるのか、とシンポジウムに一番興味をひかれていったのだが、鈴木氏は普通の右翼ではなくて「進歩的右翼」(主催者いわく)だったので、期待したほどにはがちんこ対決というふうにならなかった。残念。右翼も左翼も表現の自由は認めなきゃいけないね、映画を見る前に批判するなんておかしいね、という当たり前のところで意見が一致してまるく終わってしまった。

 

 

■この映画祭は、いわゆる南京映画はどうして日本で上映されないのか、それは右翼が妨害するからだ、そういう表現の自由を奪う行為は許せない、そういう暴力的なやりかたでの歴史の改ざんに抵抗するために有志で上映会するぞ、という趣旨で催されている。

 

 

■産経新聞と週刊新潮が南京映画がどこそこで上映されるぞ、けしからんみたいな記事を書くと、それを見て右翼の人が妨害にいくそうで、週刊金曜日に上映予告が書かれたぐらいでは右翼の人は気がつかない、という鈴木氏の発言には苦笑いしてしまった。今回の映画祭は結構ひろく事前告知されていたので、開幕直前には右翼の人が来たそうだが、警察が警備しているのをみて帰ったそうだ。

 

■もっとも私は、商業映画館がこれら南京映画を上映しないのは、商業的に採算取れないからじゃないかなと思う。はっきりいって、

南京映画はいまひとつ出来がよくないものが多いのだ。今回上映された「南京」(ビル・グッテンタグ監督)「アイリス・チャン」(ビル・スパヒック、アン・ピック監督)「南京・引き裂かれた記憶」「チルドレン・オブ・ホァンシー」(ロジャー・スポティスウッド監督)の四本のうち、私が金を払って見るに値すると思うのは「南京・引き裂かれた記憶」の一本だけだと思う。

 

 

■「引き裂かれた記憶」はおそらく、これら作品のなかで一番素人くさいドキュメンタリーである。しかし、今回の上映作の中でゆいいつ当事者の片方である日本人が撮った作品でもある。作品自体は、旧日本軍兵士の証言と、南京で当時家族が殺されたり強姦された被害者の証言を、ただ何の工夫もなく撮影し交互に編集しただけでだが、はっきりいって、アイリス・チャンに似た人が主演する何ちゃってドキュメンタリー風カナダ映画「アイリス・チャン」よりも、よっぽど重く力があった。渋谷アップリンク(03・6825・5502)でまだ上映中らしいから、興味がある人はどうぞ。ただし、観たあと気分が落ち込むのは必至だ。

 

 

■思うに、1979年生まれの若い武田監督の制作動機が一番ピュアだからだろう。武田監督は、祖父が中国の戦線で戦った旧日本軍兵士で、「普段おとなしい人柄の祖父が酒をのむと暴れて『中国人の亡霊が襲ってくる』というようなことを叫んでいた」という。結局、その祖父は戦争体験を人に語ることなくこの世をさったが、武田さんはだからこそ、祖父と同様の経験を持つ人の話を聞きたいと思った。

 

 

■もともとドキュメンタリー映画をつくるという意識もせずに、ただ松岡環氏の証言者インタビューの映像記録を集めるつもりで撮り始めたらしい。あとで日本兵士側と中国人側の証言が偶然にも一致したものを取り上げて編集したようだ。若い女子学生を強姦したことについて「苦しいことも多かったが、いい思いもした」(セリフはうろ覚え)と懐かしむような顔で証言する旧日本軍兵士の表情も、へたな演出より強烈なインパクトを与えていた。この7人の旧日本軍兵士と6人の中国人被害者の証言一致という偶然性、そして証言者(特に旧日本軍兵士)の打ち解けてインタビューに答える表情の撮影に成功したのは、10年におよぶ旧日本軍兵士側250人以上、中国人被害者300人以上のインタビューという膨大な労力があるからだろう。そういう情熱に対しては、私は主義主張をこえて条件反射的にすごいと敬意を払ってしまう。

 

 

■さて、シンポでは言論・表現の自由は右翼左翼とも大事にせねばならない、という部分が大テーマであって、これにはまったく同意見だ。だが、鈴木氏が「日本はすばらしい国だといばるより、少々自虐的であった方がいいと思う」というような発言をしていたのは疑問が残った。本当は、ここの部分を第一テーマにしてほしかったな。歴史観は自虐的な方が、国益にかなっているのかどうか。

 

 

 

■世間ではしばしば、歴史の真実、という言葉を使うが、実は私はこの言葉はすごく都合がいいものだと思っている。私自身は、南京事件は幻だったというつもりはまったくない。虐殺はあっただろうと思っている。大きな根拠のひとつは、私自身が、大阪本社文化部記者だった1994年のゴールデンウィーク、南京陥落の日に現場にいた旧日本軍兵士を取材したことがあるからだ。いや取材というより偶然出会って話を聞いただけだ。

 

 

■私の父は、幼いころネエヤにお守りされていたおぼっちゃんで、そのネエヤは、父のおそらく初恋の人だった。戦争で生き別れになったそのネエヤの居所が偶然わかり、私は父の初恋の人みたさに、探偵ナイトスクープののりで、吉野の山奥の農家に嫁いだネエヤを訪ねていったのである。ところがネエヤ夫婦といろいろ話をしていると、ご主人が南京戦に工兵として加わった旧日本軍兵士であることがわかった。

 

■南京にいっとりました、という話をきいて、おもわず、こちらから南京で大虐殺があったのは本当ですか?と質問したとき、下関の捕虜に対する機銃掃射の話を聞いた。揚子江のふちに捕虜を追いやり機銃掃射で河に次々、撃ち落としたという。河の水は血で真っ赤になり、河岸から幅数メートルのところの水面は遺体でぎっしり埋めつくされていた。そのあと、その遺体の浮いた河の水をくんで、メシを炊いた。炊きあがって鍋のふたをあけると、メシ(たぶん雑穀)が銀シャリに変わっている。うぉお、銀シャリになってるぞ!と思って喜んで目を近づけてみると、それは全部ウジだった…。というような話をきいた。

 

 

■なんの罪悪感もないように、笑いながら、水路に泳いで逃げ込んだ「チャンコロ」の頭めがけて石を投げた話などをするので、そのうち、そばに座っていたネエヤが聞くに耐えないという顔をして、夫の膝を打った。そこで、南京の話は終わりになった。そのとき以来、私は旧日本軍が南京戦において捕虜の大量虐殺を行ったというのは事実だろうと思っている。

 

 

■一方、北京勤務時代に私は中国共産党の宣伝工作というものも、いろんな機会で見知った。南京事件の証言に使われている写真の多くがフェイク写真であるというのは、おそらくそうだろうと思う。実際、今も中央宣伝部の指導によるフェイク写真やフェイク報道フィルムらしきものは相当あり、いくつかはそれがフェイクであることを関係者に聞いたこともある。南京事件の犠牲者30万人という数字について中国人学者の中でも疑問を持っている人はいる。学者やナショナリストの中には、中国共産党が人民の犠牲を悼むより、南京事件を含む日中戦争の歴史を外交カードとしてしか考えていないことに憤りを感じている人もいる。

 

 

■陸川監督の最新の南京映画「南京!南京!」で冒頭部分に国民党軍の奮戦ぶりを描き、国民党軍も一応南京市民を守ろうとしたんだというエクスキューズの描写をあえて入れているが、国民党軍にはたして南京市民を守るという意識があったかどうかを論じるのは、中台関係が好転した今となってはタブーの話題だという。南京虐殺まぼろし派が言うように国民党軍兵士がわざと放火したり略奪しながら逃亡したという事実があるかどうかは知らないが、すくなくとも便衣兵という形で市民の中にもぐりこむ、つまり非戦闘員を盾にするという戦争ルール違反をやっていた。

 

 

■しかも南京の守備責任をまかされていた司令官の唐智生将軍が南京死守命令だけ出して、自分はすたこら先に逃げていたので、命令系統はずたずただったという。南京市に攻め込んできた日本軍は上海戦で徹底抗戦にあって冷静さを失っていたといわれる。兵站も整わないうちに追撃に追撃をかさねるという戦略的にありえない無茶な戦をして南京まできたのだから、南京を陥落させた瞬間一斉に軍規のたがが外れたという考え方もある。そう考えると、南京攻略戦というのは、日中ともにルールもへったくれもない戦争の在り方としては最低最悪の状況であったかもしれない。

 

 

■つまり、旧日本軍がハーグ陸戦条約といったいわゆる戦争のルールを逸脱する行為を行い、それは大量虐殺とよぶべきであったという意見も、「南京大虐殺」がある時点から中国共産党の政治宣伝、外交の道具として利用されるようになり、それにともない表現に虚構や誇大が加えられているという意見も、ともに歴史の真実の一面を示すものかもしれない。

 

■しかも、当時の中国における戦争の在り方というのは、日本軍に限らず国民党軍側も無茶苦茶で、1938年の黄河(花園口)決壊作戦のように日本軍の進軍を阻止するために堤防を決壊させて、村々を水没させ農民数十万人の犠牲を出すこともいとわなかった例もある。そういう状況で数万規模の虐殺は南京にかぎらず、けっこうあって、中国側も当初はとくに大事件という意識はなかったかもしれない。だから調査や記録がちゃんとできておらず、今に至るまで、事件のディティールで論争がおきている。だいたい捕虜の大量処刑があったのなら、その捕虜の名簿が国民党軍側資料にのこっているべきだろう。それがないって、すごいずさんさな軍隊だったんだな。中国人が靖国神社にいって、特攻隊の顔と名前と生没年がきっちり残されていることに、ある種の感動を覚えるというのも、わかる気がする。

 

 

■ちなみに河南省の一部の村では、大飢饉にもかかわらず容赦ない徴発をし農民を苦しめた国民党軍への怨念をくすぶらせ、旧日本軍に対してはむしろ農民を助けてくれた、食糧をわけてくれた、生まれて初めて食べたアメは日本兵がくれた、といったよい印象の証言があるそうだ。私が直接聞いたわけではないが、作家・劉振雲さんをインタビューしたとき、彼が現地でそういう証言を多く聞いてきたと話してくれた。

 

 

■歴史の真実というのは一つではない。勝者の歴史が一般に正史といわれるが敗者の歴史もひとつの表にはでない真実だろう。それとは別に個人個人の体験に基づく記憶の歴史がある。南京の大虐殺は日本人の本性が悪鬼畜生であったゆえに発生し、長崎・広島への原爆投下は早期戦争終結のために必要だった、とするのは勝者の歴史だろう。だが、それに異論を唱えたい敗者の歴史もひそかに存在する。個人の記憶の歴史も、ほんの一年のタイムラグ、揚子江河畔と黄河河畔という土地の差があるだけで、一方には旧日本軍の残虐非道を歴史の記憶として胸に刻み、一方には旧日本軍は水没する村から自分を救助してくれた命の恩人という記憶が残っている、というように多様だ。

 

■しかし、そういう多面的な歴史のどういう部分を国家レベルで強調するかは、もう歴史の真実うんぬんではなく、外交テクニックの問題として考えるべき部分が大きくなってくるだろう。建前では歴史の真実と言い続けるべきだとしても。

 

■日本人は謝っている人間に対して、それ以上強く言えない性分の人が多いせいか、どこかに謝ってしまえば許される、それ終わり、という感覚がある。反省することが美徳という感性は、反省して謝罪すれば過去を洗い流して新しい関係を始められるという思いがあるからではないだろうか。

 

■しかし、現実の交渉の多くにおいて、反省や謝罪はマイナスに働く。特に国の外交は、相手の弱みにつけこんで自分を有利にもっていくことに双方が力を尽くすのであり、その本質は硝煙のない戦争といわれるのだから、国家として謝罪するというのは戦争で負けるのと同等くらいに考えた方がいいんじゃないか。戦争も外交も逃げてもいいけど、負けたらこまる。反省は、次に矛先を交えるときに同じ失敗を繰り返さないために行うもので、相手に弱みを見せることとは違うはずだ。

 

 

■日本はかつて戦争にまけ、戦争責任者を処刑し、敗戦国という立場で勝者の歴史、勝者の論理に従ってきた。戦後60年以上たって、ようやく敗者の歴史も言い始めていいかな、という感じで「新しい歴史教科書」のような運動も起き始めたが、それはまだ主流ではない。日本人の多くはやはり鈴木氏のように「いばるより、少々自虐的な方がいい」という感覚だと思う。そういう感覚は、ある種の日本人の美意識として同感の部分もあるが、同時に日本人はまだ負けることに懲りていないのだ、とも思った。つまりあの戦争の戦後60年は日本人にとってさほどつらく厳しく屈辱的なものではなかったのだ。アメリカさまさまだね。

 

■もし、戦後統治を行ったのが旧ソ連か中国で、国民みなが長きにわたって辛酸を嘗めつくしていたら、自分たちがアジアを侵略した歴史より、原爆実験を国内の二つの都市で行われた記憶の歴史の方が強烈に残っているだろうし、自虐的反省より二度と戦争(外交)に負けるまいという思いの方が強かったのではないか。中国の外交姿勢にしばしば絶対負けてなるものかという気迫を感じるのは、中国自体が第二次大戦の勝者の記憶より、列強に侵略されもてあそばれた敗者としての屈辱の記憶の方が強いからだと思う。

 

中国は、だからあらゆる方面で自国が国際社会で優位にたてるように戦略を考えている。日本で上映されることが決まった陸川監督の最新作「南京!南京!」なども一種の国際社会に対する情報戦だと、私は見ている。自国に有利な日中間の歴史認識を国際社会に広めるのは対日外交戦略としては大きいプラス作用が見込めるはずだ。

 

■私は自分が、南京攻略戦の現場にいた旧日本軍兵士の目撃証言を聞けばショックを受けるし、それを語る表情に罪悪感がみじんも浮かばねば嫌悪を感じる。被害者の子孫の中国人から私の祖母はこういう目にあったのだ、と聞けば、私自身が罪悪感を感じ、恥いってしまう。個人の記憶の歴史に対面したときに生じるもろもろの感情を素直に表現することは、人間として守られるべき自由であり誰に阻止されるものでもない。武田監督のドキュメンタリー映画に心を揺さぶられるのも、彼の撮った作品が個人的な動機から始まり、個人的な目線で歴史を問う姿勢を崩していないからだろう。でもこれが、国家の歴史観といった大仰な視点で描かれたものであったら私は受け入れられただろうか?

 

 

■もし国家として歴史を語るとしたら一部の証言をとりあげて、日本人は中国にこんな悪いことをしました、申し訳ありませんでした、という一言で自国の立場を言い表していいものか、と思う。もちろん面と向かって日本は悪くないやい!といえば、それは相手国の感情を害するし、日本は過去の歴史を反省していない、というお決まりの言葉で国際社会から非難される。それをさけつつ、うまく日本に有利な歴史観、あるいは外交的立ち位置というのを形成するのが文化発信という名の情報戦略だと思うが、どうだろう。

 

 

アメリカはハリウッド映画などの文化発信、情報戦略で、アメリカの正義、自由、民主というイメージを国際社会に根付かせてきた。それを今、学ぼうとしているのが中国だ。中国映画に非常に詳しい水野衛子氏は近日発売のキネマ旬報「中華電影完全データブック」で「中国が次のハリウッドになる可能性」で言及しているそうだ。そういや、NHKもそんな特集してたね。これには反論も聞いているので、いつか改めてまとめよう。

 

■というわけで、国家としての歴史認識が「いばるより自虐的な方がいい」というのとは違うのではないかと思う。それは外交という戦争に戦わずして負けるようなものではないか。しかも、今後の「硝煙のない戦争」で戦勝国になるかもしれない国は、かつてのアメリカにように甘い統治をしてくれるとは限らない。彼らはかつて日本に侵略されレイプされたという記憶を持ちつづけているかもしれないのだから。

 

■南京映画が国内でも上映されればいいと、私が思うのは、たんなる表現の自由の問題だけでなく、これら映画を見れば、日中が国家として真の友人になれるという甘い幻想が吹っ飛ぶだろうという点だ。いろんな意味で、有意義な映画祭だった。

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芸術はムダなのか。ならば私はムダを愛す。

2009/12/09 21:39

 

■毎日、ブログ更新するのってやっぱり大変だな。とりあえず更新、ひとりごとみたいなエントリーがふえてしまうがお許しを。

 

■というのも、私は時間の使い方が下手なのだ。ちゃんと会社勤めして、豊かな友達づきあいもあって、本まで書いて出版してしまう立派な記者がたくさんいらっしゃるなかで、私は記者時代、本当になにもかも中途半端だった。効率的な時間配分が自分でできないタイプ。かといって仕事をいっぱいいっぱいしましたと胸をはれるか、というとそうでもない。今は仕事辞めているからブログぐらい毎日更新できるだろう、と思っていたら、なんかあっという間に一日がすぎていたりする。

 

■よく考えてみると、私の一日はムダが多い。動きにロスが多い。最初からきっちり調べてから電車にのれば一回の乗り換えで目的地につくところに、行きあたりばったりで3回くらい電車を乗り換えてしまう。

 

■かとおもえば、朝目覚ましがなったときに、すぐ起きればいいものを、布団の中で、さあ起きてあれとこれとそれをして…とシミュレーションしているうちに1時間がぐらいたってしまったり。すぐ起き上って考えながら行動すれば、1時間たったときには全部完了しているじゃん。

 

■特売で安くなった大根を一本買ったら、半分もたべないうちにしわしわになって捨てるはめになった。少々割高でも半分に切ったやつを買えばムダがすくなかった!と落ち込んでみるけど、考えてみれば50円の節約の話なんだから、そこで自分に腹立てたり気分を落ち込ませたりすること自体がエネルギーのムダ。

 

 

 ■私の生活を事業仕訳けしたら、あれもムダ、これもムダととなって、お前が生きているのもムダ、という結論になりかねないなあ。

 

■きのう、大阪の10年来の友人のハーベストコンサーツ代表の木田好子さんが上京してきたので、品川でお昼を食べた。そのとき、彼女が憂い顔で「事業仕訳けで、あれもムダ、これもムダってやっているでしょう。クラシック業界なんて、目の敵にされるわよね」とため息をついていた。

 

■ちょうどその前日、ピアニストの中村紘子さんら芸術家が緊急記者会見をひらき事業仕訳けで文化予算の縮減に抗議していたのを思いだした。「子どものための優れた舞台芸術体験事業」が廃止されることになったが、これ本当にムダなのだろうか。

 

 

■ガキにプロのオーケストラきかせたり、伝統芸能みせたりしても、わかるわけないんだから、ムダだ!とか思われているんだろうか。それとも、これがオペラ好きの変人といわれた小泉元首相がはじめた事業だから、きっとムダなんだろうと思われたのか。奥様がタカラジェンヌという鳩山首相が芸術を愛していないわけがないはずだが、ひょっとして庶民には芸術のような腹の足しにならぬものは必要なかろうと思っているのだろうか。

 

 

■国からの各地域のオーケストラに出される助成金がカットされていく方向らしい。もちろん地方財政だって豊かじゃないから、最初にカットするのはオケとか劇団とか、そういう芸術系の助成金になってくる。私は面識ない方だが、こんなブログもあった。日本のオケ、あやうし。ちなみに伝統芸能も厳しいらしい。こんなブログも。

 

■もっとも、芸術方面の予算がカットされて芸術家らが涙目になっているのは日本だけではない。アメリカヨーロッパも結構大変らしい。木田さんによれば「ジュリアード音楽院なんかも、合衆国の経済があんな状態なので、お金がなくて大変で、今は韓国からの大口寄付でなんとか運営がなりたっている。だからジュリアードじゃなくて、コリアードって呼ばれているのよ」という。

 

■クラシック、オーケストラ、オペラというと、とにかくお金持ちの教養と娯楽という感じで、この厳しい時代にそんなものに予算をさけるわけがない、という意見もあるだろう。

 

■でも、たとえば木田さんは、できるだけ多くの人がクラシックに親しんでほしいと、安価なクラシックコンサートをほとんど手弁当でプロデュースし続けてきた。ホールの借り賃が安い土曜の朝なら安価なコンサートが開けるという発想ではじめた朝の光のクラシックシリーズはもう48回も続けている。マイクは使わないから音響代割り引けとか、調律師は自前で用意するから調律師代負けろとか、しぶる大阪市側と交渉して、きわめて庶民的な値段でクラシックコンサートを提供している。

 

 

■助成金が縮減される理由に、そういう芸術公演のたぐいは、自助努力でもっと効率的な運営ができる、という判断があるが、世の中、金になる芸術だけではない。金はかかるのに金にならない芸術はいっぱいあるが、それらはムダなのか。超一流の一席のチケットが何万円、何十万もして興業すれば成功間違いなしの世界的歌手やオケはムダじゃないが、助成金がなけりゃコンサートを開けないレベルの地方のオケはムダなのか。でも庶民はそういうオケのチケットを買う。

 

■別にクラシックだけでなく、すべての芸術について経済効率だけで判断すれば、およそムダな存在だ。経済状況がわるくなれば、個人の芸術にむける消費も減る。そういう時期こそ国家や地方行政ら公的機関が芸術・文化をささえないと、失われるものも多いのだろう。本当に失っても、いいとみんな思っているのだろうか。子供手当ではした金を一人頭ずつくばるより、クラシックや伝統芸能や舞台芸術の楽しみに望めば手を伸ばせる環境を子供たちに残してやることにお金を使う方が、ムダなのだろうか。ソフトパワーがこれからの日本にとって大事だ、とかいっているけれど、伝統芸能やクラシックはそういうソフトパワーに入らないのだろうか。アニメや漫画やJポップのように金になるサブカルチャー以外はムダなのだろうか。

 

 

 

 

■声楽を勉強していたのに、それじゃあ食っていけないと、けっきょく何の関係もない仕事をやってきた友人が、こういったことがある。「歌を仕事にすることができなくても、歌があればどんないやな仕事も苦痛でなくなる。悲しいことがあっても、しんどいことがあっても、おなかすいても、歌を歌っていたら幸せになる。君はかわいそうだねぇ~、歌が歌えないから(私は音痴だ)。僕は歌が歌えるから幸せだ~」。そのとき、私は、アリのように昼夜なく働く下っ端新聞記者だったので、おまえはキリギリスかっ、と内心つっこんでいた。

 

■しかし、私がいくつかのトラブルのさなか、本当に落ち込んでダメになっていたとき、「君は歌が歌えないから、自分で自分の不幸から脱出できない。だからかわりに僕が歌ってやるか」と、夜中にえんえん2時間ぐらい、シューベルトの歌曲とイタリアオペラのアリアとか、私でも知っているような有名どころを歌いつづけてくれたことがある。(ご近所迷惑…)

私はそのとき、芸術というもの、それが最高に洗練された一流のものでなくとも、普通の暮らしの中にその気配があるだけで、豊かになったり幸せになったりする人の心の不思議をつくづく思った。

 

■この世の中からムダを徹底的にはぶけば、豊かになるのか。たしかに日本の貧困率はOECD諸国のなかの4位と高いし、贅沢をいってられないのだが、心が貧しくなっては意味がない。私はもはや納税者じゃないから、税金の使い道とかあれこれ、偉そうに言えない立場となったが、多少の税金をつかってもキリギリスを養っておけば、くじけそうになったとき身近に芸術の喜びを見つけることができて救われるかもしれないよ。ムダの中に豊かさが潜んでいることもあるのだと、ムダな時間が以前より増えた今、特にそう思う。私はムダを愛す。

 

 

 

 

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大嘴老鴰下崗って誰のことよ

2009/12/07 06:23

 

■おはようございます。昨日早く寝てしまったんで、朝ブログです。今メールみたら北京の友達(中国人)から、みんな君のことを注目している、がんばれ、とのおたよりが。でリンクのアドレスをひらいててみると、こんな記事がありました。

http://www.ycwb.com.cn/ePaper/xkb/html/2009-11/26/content_666396.htm

 

自分のブログでこれを紹介すべきかどうか、悩んだのですが、やっぱり面白いので、恥をしのんで訳します。羊城晩報という広州の新聞(夕刊紙)です。毎度お騒がせいたします。(照れ隠しに赤字でつっこんでみた)

(引用開始)

 

 

■やまとの国の物語

「元北京駐在記者、大口たたいて下崗(失業)」

 

■「11月30日、私失業します!」日本のツイッターで産経新聞著名記者(じゃないって)、元北京駐在記者、福島香織のやるせない私語が日本のツイッターで伝わってきた。

 

■福島の知名度は、帰国後、自民党衆議院担当報道でレベルアップしており、いわゆる失業組にはいるはずもないタイプ(いやいや、帰ってから原稿あんまり書いてないよ)。福島の記事は2002年から2008年の北京時代の報道をみるに、言葉は通俗的でわかりやすく、政治変化への反応は鋭敏で、表現は繊細(えっ?褒め殺し?)で、自民党の執政に対してはポジティブ報道の姿勢をとっていた(自称保守ですから)。

 

中国時代は基本的に中国の暗部を書き、かなりちがう。それは福島が「政治的正しさ」を堅持していたということだろ。つまり、福島の失業は彼女の日本政治にたいする報道とあまり大きな関係はないということだ。(ここらへん、興味深い。中国では記者の失業は、彼らの書いた政治記事とけっこう関係があるのだ)。

 

 

■しかし、日本メディアの中では、彼女がツイッターで新聞社に対してあんまり満足していなようなことを言ったという噂が繰り返されている(それ、あくまで噂です。Jキャストあたりが拡大解釈してことを大きくしただけ)。

 

■しかし目下、新聞社側はまだ彼女の自由を剥奪しておらず、少なくとも産経新聞のサイトには、彼女のブログが存在し。そろそろアクセス数が700万アクセスをこえそうだ(すでに超えました!)。

 

■福島は現在、さらにアクセスを呼び込んでおり、30日、うまくいけば産経新聞に別れを告げる前に、願いがかなうだろう。

 

■実際、産経新聞における中国に対するマイナス報道は多ければ多いほどよかった。福島香織中国駐在期間、常に自ら取材し(いやそれは記者だから当然のことだし。っていうか自分で取材しなきゃ誰がするの)、彼女の報道は中国に対する悪意も少なからずあったが、しかし少なくとも彼女が取材し見たことを書いたのだ(そういってくれると救われます。でも悪意というわけじゃないよ)。

 

■ひょっとするとマイナス報道が癖になっていたのかもしれない(マイナス報道がじつは一番書きやすいんです。褒める記事はテクニックとしてもむつかしい)。日本に帰ってからも、福島はツイッターのなかで日本のメディアと政治に対して理解できないこと、疑問を頻繁に発表しており、意識しないうちに「大口ガラス(大嘴老鴰)」になっていたのかもしれない。

 

■「記者クラブは既得権益の保護者だ」「首相の演説稿はえんバーゴつきで事前にくばられる」…。

 

■結果、彼女の大口は、メディアと政界の種々の怪現象をすっかり暴露し、同業者をも彼女を非常に心配させたのである。(広州駐在記者あたりが、福島さん、あんなこといって大丈夫なんかと羊城晩報記者に言った可能性あり

 

■外国に対し(特に中国)すごい批判をしてもいいのに、いまツイッターで日本メディアの悪行をつぶやいてなんでいけないのか?「会社の悪口を書くなとサインさせられた」「初めての失業ですドキドキ」などと、福島香織は依然、人がなんと言おうと自分のいいたいことをいって、ツイッターでつぶやきつづけた。

一応、懸命な皆様はわかっておいでだと思いますが、「会社の悪口をかくな」という文面の文書にサインしたわけではなく、私がようするにそういう意味のことなのかと、解釈しただけのこと。会社側としてはそういう意図はまったくない、との説明をあとでうけました。まあ、どこの社も似たようなサインはさせられると思います

 

■今月30日がすぎたあとどのようにくらしていくか、福島も自分で予想がつかないという。彼女の失業は無能、無名によるものではなくて、ツイッターの影響を小さく見すぎて、日本メディアの度量というものも見誤ったことがより大きな原因であろう。

(以上)

 

 

■まず素直な感想。一介の記者の退社がネタになるとは、羊城晩報どんだけ紙面あまってんねん。

 

■まあ、口は災いのもと、というのは確かです。ツイッターのつぶやきすぎには注意しましょう。私は正直、ツイッターのどーでもいいつぶやきなんて最初はだれも見ていないだろうと思って好き放題言っておりました。意外にみているんですね。おそるべし、ツイッター。でも中国ではツイッターを見ることができないんじゃなかったっけ?

 

■この原稿で興味深いのは、中国の記者が失業するときは、政治記事の書き方が原因であることが多いということをにおわせている、ということですね。私の知っている記者も、政治的に問題のある記事を書いて、やめさせられた人はいました。だから福島がやめたぞ、おい、何書いたんだあいつ、中国でも書きたい放題書いていたからな、と私を知っている記者は思ったのかもしれません。

ふふ、でも日本の記者は麻生さんは漢字よめないと書いても鳩山さんのことを宇宙人と書いても、別に問題になりませんからね。

 

■この記事がみょうに私に好意的な部分があるのは、私がやめる前に、記者クラブ批判とかある種内部批判ととられる発言がツイッターやブログであって、おそらくそれが退職と関係あるのではと考えた中国人記者が、そうか日本も、報道に自由があるといいながら、実はそんなに自由じゃないんだ、と親近感をもったせいかもしれません。

 

■まあ、報道の自由なんて、どこの国にも制限はあります。日本だって、ここはタブー、これ以上は許されない、という加減があって、そこのぎりぎりのところで悩んだり工夫したり、挫折感をあじわったりというのは、中国の記者も同じなんですって。

 

■私が会社を辞めたのは、ほんとうに勢いというか、思いつきというか、いくつかの小さな理由がたまたまかさなっただけで、なにか大きな理由があるわけではありません。

 

■辞める前に、偉い人たちに直接うかがってあいさつしてきたのですが、そのときにある人から「これからどうするの?」ときかれて、「いやあ、実は何もきめてないんですよ、てへっ」と答えたら、「どうせそんなことだろうと思った。たぶん小遣い(退職金)がほしかっただけだろう」などと言われてしまいました。おそらく、そのセンが一番近い気がします。

 

■正直、会社からは人一倍チャンスを与えられたのに、人一倍会社に迷惑をかけた問題児であったと自覚しております(本当に自覚してんのか、とつっこまれそうですが)。それでも、別のえらい人からは「会社に貢献してくれた」とねぎらっていただき、本当にうれしかったです。私の自己抑制のなかなか効かない性格でも、18年も勤められたのは、産経が非常に自由や個性をみとめてくれる社風であったからだと思っています。いやあ、楽しかった。わが青春の産経であります。

 

■話は変わりますが今回、ツイッターの影響力をわが身でも実感しましたし、同時に馮正虎成田籠城のツイッターリアルタイムリポートとか、その前のモルドバのツイッター革命とかをみて、新しいネットツールの登場が報道、ニュース、情報伝達のしくみ、ありかたを激しく変えているさなかに自分がいるんだろうな、と思いました。

 

■こういう時代に、記者クラブに所属する記者しか会見に出席できないとか、番記者以外が政治家に接触できない、という取材の形が変わらずにおれるとも思えないし、毎朝毎夕時間どおりにきっちり家に届く紙の新聞だけの稼ぎで大勢の記者の重労働を賄えるとも、私には思えません。だからおそらく、今後次々登場するニューメディアというものを交えて、マスコミの形がこれから数年のあいだに激変していくのだろうなあ。そういうときに、私ひとりくらい食っていけるニッチが、この業界にも生まれるだろうと思って、結構気楽にかまえていたりして。

 

■こんなゆるいヤツなので応援してくださいとは申しません。今後も、ナマ温かく見守ってやっていただければ。

 

 

 

 

 

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聖地チベット展をチベット記者と一緒に観た(だいぶ前)

2009/12/05 23:15

 

 

 

■上野の森美術館で1月11日まで催されている「聖地チベット展」に、チベット亡命政府オフィシャルプレスの記者のシェーラップ・ウーセルさんと、法王庁所属カメラマンのテンジン・チョジュルさんと一緒にいって感想をいいあう、という催しが11月8日にあったのだけれど、そのリポートをまだ載せていなかった。遅ればせながら、紹介する。

 

 

■ちなみに、あす日曜、12月6日13:40から、第7回「チベットの歴史と文化学習会」(小野田俊蔵/渡辺一枝/テンジン・タシ/福島香織他)というのを文京区民センター(3-A会議室)でやるよ。よかったら来てください。詳しくはhttp://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2009/11/1267-9140.html

で。
 

 

プロパガンダか冒涜か?聖地チベット

でも、チベット人記者は大感激

 

 

 

■今回のエントリーは、『殺劫』を読んで上野の森美術館「聖地チベット展」に行く(社告ではない) の続編。この展覧会は、実はチベットサポーターから、中国のプロパガンダだ!としばしば批判されており、展覧会場前では抗議のちらしが配られたりしている。では、チベット人にこの展示をみせたら、どう反応するだろうか?

というわけで、10月のダライ・ラマ14世 訪日に随行してきた亡命2世のチベット人記者とカメラマン2人に、そして

SFT(スチューデント・フォーフリーチベット)ジャパン代表のツェリン・ドルジェさん、そしてブログ「チベット式」などでチベット通としても知られる長田幸康さんらと一緒に11月8日、この展覧会を観たのだった。

 

 

■同展について、さらっと紹介しておくと、これはフジ・産経グループに属する上野の森美術館、朝日新聞、TBS、大広とメディア大手が主催する展覧会で、チベット仏教美術展としては日本最大規模とかいうふれこみだ。そのわりには展示数すくないんだけれど、それほどあの天空の地から宝物を持ち出すことは大変だということだ。

 

■あくまで仏教美術展なので、展示の解説にはチベット中国共産党との複雑な歴史や、文革チベット仏教美術がどんな目にあったかとか、ダライ・ラマ14世のことなども触れておらず、この法衣の表現が優美だ~とか、そういう美術史的な視点しか書かれていない。

 

■しかも後援が中国国家文物協会、中国大使館の名前が並んでいるので、一部のチベット・サポーターは「チベット仏教の仏像はチベットのものなのに、なんで文革のとき、仏教美術を破壊した中国共産党が、中国の宝みたいな顔して貸し出して金儲けるんだ」「ポタラ宮の宝物はダライ・ラマ法王の私物だろう!勝手に持ち出すなんてけしからん」などと不満をくすぶらせており、展覧会に対して抗議活動をしたりしているわけだ。

 

■で、私がみたところ、確かに不自然なくらい、チベット近代史をさけた解説がしてあって、正直ものたりない。たとえばミンドゥリン寺の仏像も出品されているが、この寺は文化大革命のとき徹底的に破壊された寺の一つだ。しかし、いくつかの仏像は地域の信者にこっそり持ち出され隠されて、文革からまもられていた。文革が終わったあと仏像は寺にもどされ、仏像の安置している場所のところには、その信者の写真が置いてあって、「この方が仏像を守ってくれました」みたいな説明も添えられているとか。

 

■それって、ドラマだ。ひとつの仏像が歴史的災難を奇しくも逃れて時をへて、日本で展示され目の前にある。その一言を解説に書き添えるだけで、チベットの信仰の一端を理解できるし、観る者はまた違ったロマンにふれることができるじゃないか。文革というのはすでに、中国共産党も過ちと認めているのだから、当然解説に書いてもいいはずなのに、それを書かないのは、たぶん過剰な中国当局への気遣いによる自主規制ではないか、と思う。仏教美術の専門家だけでなくてチベット史の専門家、たとえば率直なものいいで定評のある石濱裕美子・早稲田大学育・総合科学学術院教授が解説などかいたら、同じ展示でも、もっと見ごたえのある充実感ある展示になっただろう。

 

 

■私は解説があっさりしすぎだ、と思ってさっさと一巡見終わった。が、ふとチベット人ジャーナリストたちはどんな風にみているかなと、姿を探してみると、なんとまだ最初の展示物の前にはりついている!

 

■カメラマンのチョジュルさんは比較的早く観終わっていたのだが、シェーラップ・ウーセルさんとツェリンさんはもう、舐めるようにつぶさに観察して、ときにはかがんで、仏像の足の裏までみようとしていた。で、メモをとり、小声で解説を聞き、うなづいたり考え込んだり。私が30分で見終わったものを、2時間以上かけて見ていた。

 

■あとで二人に何をあんなにゆっくりみていたのか、と聞くと、「これらの仏像が本当に開眼供養したものなのか、最初は信じられなくて。開眼供養したものなら中に経典が入っているはずだから、それがあるか足の裏から確かめようとしていた」という。

 

チベット亡命政府には、実は本物の仏像はない。本物の仏像というと変だけれど、熟練した仏師が作り上げた歴史を経た美術的にも信仰的にも貴い価値のある仏像のことだ。お坊さんも亡命のときは命ひとつで逃げてくるわけだから、歴史的に価値ある仏像はみんなチベット自治区に置いてこられたのだ。で、亡命政府では、お坊さんたちが昔の記憶にたよって、自分の寺に置いてきた仏像に似せたものを造ったり造らせたりしたのをかわりに安置しているのだが、それは美術的にはかなり水準の落ちるものだという。

 

■だから、有名寺院の有名な仏像は、亡命チベット人2世の彼らにすれば、話にはきけど実物はみたことのない幻の仏像。で、本来ならそんなに仏像をじろじろみたりするのは仏教徒しては大変恐れ多いことなのだ。だが、美術品として展示された仏像には、衣も着せられず(チベット寺院で仏像は衣をきせている)丸裸で、お香もたかれず、御供え物もなく、日本の参観客が息もふれんばかりに顔をよせて見ている(チベット寺院で信者たちは口を押さえていることが多い。濁った自分の息が仏様にかかることを恐れているのだ)。

 

■で、普段は信仰深い彼らも、日本人参観客の雰囲気にのまれ、異国にきた気楽さも手伝って信仰心より好奇心が勝ってしまったというわけだ。でも、魂の入った仏像(開眼供養して中に経典を入れた仏像)が、こんなに無造作に扱われているわけはないと思って、足の裏とかをついつい見てしまう二人。「初めて(仏像の)顔をみた!(普段は頭を垂れているので、仏像の顔を見たことがない)」と興奮する様子が、信仰の深い人たちってこうなのか、と私には新鮮だった。

 

■私たちが美術館からでると、一足先に出ていたチョジュルさんが美術館前で抗議活動している在日チベット族や日本人のチベットサポーターに向かって「君たちも一度見るべきだ」と力説していた(笑)。チベット人たちの感想は共通して、「見られてよかった」というものだった。しかし展示の仕方については「仏像には衣を着せるべきだ」「お香をたくべきだ」「僧侶がいないのはおかしい」という厳しい意見(?)も寄せていた。

 

■そういうわけで、あの展覧会はチベット人と見に行くといろんなことがわかって面白い

 

■さて、彼らと美術館をみて、ディスカッションをやったあと、みんなで食事をしたのだが、私はここぞとばかり、チベット亡命政府の今後について聞いてみた。以下、ウーセルさんとのやり取りを紹介しよう。

 

 

■シェーラップ・ウーセル記者に聞いてみました!

亡命政府の将来、ダライ・ラマ15世のこと

金髪女性のダライ・ラマが誕生してもいいって本当?

 

福島:日本が民主党政権になったことで、チベット亡命政府としてはなにか影響をうけますか?民主党にはチベット議連に入っている政治家もたくさんいらしゃいますが、今回お会いしたのでしょう?

 

ウーセル:日本にきてから、議員さんも取材しました。いい、わるいという話は別にして、彼ら(民主党の親チベット議員)も、チベットを応援したい気持ちはあるのですが、それが表で言えない状況だといっていました。つまり、今は経済的な面からも政治的な面からも中国と非常に密接な関係になっているから、動きたくても動けない状況になっているそうです。次の選挙のことを考えると、自由にはできないそうです。

 

福島:個人レベルでは応援したくても、政党としては公に動けないということですか。

ウーセル:少なくとも政権をとって今すぐ動き出すことはできない、ということでした。しかし、私たちチベット人が一番注目しているのは鳩山首相の座右の銘である「友愛」です。その言葉に、ひょっとすると日本はアジアをリードしてチベット問題の平和的解決もリードしてくれるんじゃないかなあ、という期待をもっているんです。

 

 

福島:日本とアメリカの関係が今悪くなるんじゃないかと心配されていますけれど、日米の同盟関係が変わることはチベット人にとって関心はありますか。

ウーセル:日米は緊密な関係じゃないですか。いくら悪くなるといっても、同盟がめちゃくちゃになることはあり得ない。いろんな面で依存しあっているから、簡単には悪くなりえないと思っています。しかし、もし日米関係が本当に悪くなれば、これはチベットだけでなく、世界各国に大きな影響を与えてしまいますね。

 

福島:いきなり、不謹慎なことをききますが、ダライ・ラマ14世はすでに高齢でらっしゃる。もしポタラ宮にお帰りになる前に入寂されたら、チベットはどうなると思いますか?

ウーセル:ダライ・ラマ法王が入寂されたとき、亡命政府がどのようになるかは、すでに決まってあって、亡命政府が樹立したときから、ダライ・ラマ法王がいなくてもきちんと運営されるように、ご自身が仕組みをととのえてあります。ですから心配はしていません。

ミニストリー(大臣)たちがきちんと運営できます。

 

福島:きちんと民主主義に基づいた政府もあるし、法律もあるし、議会もあるし、政権のシステムとしては安定しているということですか。

ウーセル:そうです。

 

福島:では、ダライ・ラマ14世にかわる法王の存在はどうなりますか?

ウーセル:それは新しい法王が輪廻転生(リインカネーション)で誕生します。しばらく時間がかかりますが。かならず、私たちが見つけるので、そのときまた私たちはダライ・ラマ法王を得るのです。

 

福島:昔はダライ・ラマが子供のときはパンチェン・ラマが大人でダライ・ラマを教育でき、パンチェン・ラマが子供のときはダライ・ラマが大人でパンチェン・ラマを教え導くことができたとききます。でも今、パンチェン・ラマは亡命政府にいらっしゃらない。ダライ・ラマ15世を見つけだしても、誰が教育し指導するのでしょう。中国共産党が先にダライ・ラマ15世を見つけ出してしまうとどうなるのでしょう。それとも、今のパンチェン・ラマ11世のように二人のダライ・ラマ15世が存在するようになることもあるのでしょうか。

 

ウーセル中国は近年、新しい法律をつくりましたね。活仏は中国政府から許可を得なければ認められないという。このいう活仏をめぐる状況の混乱をみてダライ・ラマ14世自身は、もうダライ・ラマは14世で終わるかもしれない、といっています。つまり15世は誕生しないと。あるいは、もし人々がどうしてもダライ・ラマ15世を望むなら、私(14世)は絶対、自由のない国に転生はしないと言っておられます。

 

福島:入寂される前に、14世がそう宣言すれば、15世が中国国内に転生するはずはないと。

ウーセル:そうです。

 

福島:転生のことはよく知らないのですが、民族がちがったり、性別がちがったりすることもありうるのですか。たとえば金髪の米国の女の子に転生したり。

ウーセル:あります。人種に差別なく、黒人であろうと白人であろうと女性であろうと。そういうインスピレーションはダライ・ラマ14世自身が何度となく受けていると。

 

福島:では金髪女性のダライ・ラマが誕生したとしたら、ウーセルさんやチェジュルさんは、チベット人としてそれを受け入れられるんですか。

ウーセル:もちろん受け入れられます。ただ、今のダライ・ラマ法王に対するリスペクトと同じものが、将来のダライ・ラマ法王に向けられるかは、将来のダライ・ラマ法王の活動の在り方できまるでしょう。

 

福島:では、その新しいダライ・ラマを亡命政府が見つけることができたあと、誰が教育者になるんですか。パンチェン・ラマはいらっしゃらないのですから。

ウーセル:それはえらいお坊さんたちが決めることですから。でも、パンチェン・ラマしかダライ・ラマを教育できない、ということはないです。えらい見識のあるお坊さんたちはたくさん亡命政府にいらっしゃいますから。

福島:カルマパ17世ではないんですか?

ウーセル:そのへんは私たちにはわかりません。

 

福島:ダライ・ラマ14世はチベットは独立しなくても高度の自治が与えられればいいとおっしゃっています。もし、そうなって、14世がラサにお帰りになることができたとき、亡命政府はどうなるんですか?なくなっちゃうんですか?

ウーセル:ダライ・ラマ14世が戻る条件としては、中国の三つの部分、ウ・ツァン、アムド、カムでの高度の自治の実現です。中国が高度の自治を認める可能性を示しているのはウ・ツァン(チベット自治区部分)だけですから、じつは双方の主張にはまだ大きな隔たりがあります。でも、かりにその全チベット地域で高度の自治が認められてダライ・ラマ14世がお帰りになることができれば、亡命政府は存在しなくなります。

 

福島:なかには、高度の自治よりも、中国の一部となるよりも、自由な亡命政府であり続けた方がいいと思う人もいるんじゃないですか。

ウーセル:そういう人はいます。実は私もその一人です。

(以上)

 

■ちなみに通訳してくれたのは日本人と結婚して日本語ぺらぺらの在日亡命2世のチベット人。子供もいる。彼は「僕自身は、正直、チベットに帰りたいとはもう思わないんですね。生活の基盤が日本にできちゃったから。そりゃ独立したら戻りたいと思うかもしれないけれど、あり得ないでしょう。独立、独立って言っている人たちには悪いけれど、自分の生活とか家庭とかそっちを大事にしたいっていうか…」と話していた。

 

 

■ウーセルさんへのインタビューと、通訳さんのこの最後の述懐をきいて、一度もチベットの地を見たことのない亡命2世たちの複雑な心情を垣間見た。チベット問題って難しい。

 

 

 

 インタビューに答えてくれるシェーラップ・ウーセル記者(左)

 インタビューというより、焼き肉屋でだべっていたというか。

 

 

 

 

チェジュル・カメラマン

 

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成田空港でただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき③

2009/12/04 23:28

 

■きのう、離職票が郵送されてきた。これをもって来週はじめには国民年金の手続きして、ハローワークいく予定。というわけで「初めてのハローワーク」体験は来週にご報告しよう。きょうは、「成田空港にただいま籠城中」。①、②ときたんだからやはり③ぐらいまでは続けないとね。もうあきた?

 

■あきられても続ける。いや、なぜこんなに力を入れてしまうかというと、彼のキャラクターがいいんだ。結構悲惨で厳しい状況なのだが、ひょうひょうとしている。さすが3年もの間、冤罪で服役し、55日間の尋問にも41日の監禁にも耐えてきた64(天安門事件)世代だ。

 

■こういう中国人のたくましさ、しぶとさというのを目の当たりにすると、私は頭をたれてしまう。彼ほどの学歴と経歴があれば、たとえ逮捕歴があっても、その気になれば経営コンサルタントとして昇竜の上海の勢いに乗じて蓄財することだって可能だったのにね。

 

 

■というわけで今回のエントリーは馮さんのキャラクターがわかるエピソードを紹介しよう。彼自身がブログ上で発表している話なので、中国語を読める人はすでに知っていることも多いだろうが、日本語読者のために、馮さんの了解をえて(私の言葉で適当に)翻訳紹介する。

 

 

■王家瑞・党中連部長との一瞬の再会

分かれ道はどこにあったのか

 

 

 (引用開始)

■馮さんは成田籠城中に、日本にきた王家瑞・党中央対外連絡部長(党の外交部長みたいなもの)と接触したことがあった。11月8日午後2時15分ごろだ。馮さんはちょうど、目をとじてベンチに座っていた。王部長と随行の高官らは間違いなく、馮さんの「抗議シャツ」の文字を読んだと思われるが、黙って通り過ぎようとした。

 

■ところがかれらが通りかかったとき、馮さんは突然目を見開いて、つかつか近づき、大声で「王家瑞」と呼び捨て。王部長は思わず立ちどまって、振り向いた。ほんの2、3歩の距離だ。馮さんはこのとき、ベンチの背もたれにかけてある抗議シャツを指さし、「みてください、私は帰国を拒否され、ここに住んでいます。大使館に伝えてください」と叫んだ。

 

■王部長ら一行は、そのまま外交官用の通路から出て行った。だが、随行員の一人の女性が、外交パスポートでなかったため、彼女だけが一般用のパスポートコントロールで必要書類に書き込まなくてはいけなかった。そこでそばにいた馮さんに「あなた王部長の知り合い?」ときいた。馮さんは「そうだよ。私たちは復旦大学の学生で、同じゼミだったんだ」「私は上海当局に8回も入国を拒否され、ここで難儀しているんだ。この資料2部を王部長にわたしてくれないか」。彼女は「いいわよ」といったので、馮さんは資料などを2部、彼女に渡した。

 

■馮さんと王部長は、中国で著名な管理学の大家、蘇東水・復旦大学名誉教授の教え子だった。このとき王部長は青島市長、若き官僚だった(中国は市長も国家官僚ね)。馮さんはこう語る。「私と王家瑞は同じ師をもつ非常に近しい間柄だ。でもわれわれの身分は同じではない。彼と最後に会ったのは師のお誕生日会の席だった。王家瑞先生の人となりは謙虚で、思想は開明的で、民衆側に立った官僚だった」

 

 

 

■馮さんが日本国の門前に黙って座って抗議し、中国の公民の帰国権を主張しているところに、最初にあらわれた中国人が、中国の高官でしかも同窓生。こんな神の采配ってあるのだろうか。

王部長は、習近平国家副主席の公式訪日の準備で来日したので、馮さんの帰国権問題に関心をはらう余裕はないだろうが、しかし、王部長の随行員はこの光景を目の当たりにしたわけだ。つまり、中国の知識分子(しかも王部長と兄弟弟子関係)が上海当局に入国を拒否され、毎日何千何万人の各国旅行客の前で自分の悲哀を訴えている。…これぞ中国の悲哀、中国の公民権利が上海の権力者によって侵害され、ついには中国政府を恥辱にまみれさせているのだ。

 

■…やがて国家元首級の人物が専用機で訪日するが、このときはおそらく馮さんと接触することはないだろう。しかし、馮さんは日本国の門前でこのように恥と飢餓に耐え続けるのは、中国政府が人権の尊重に目ざめさえるためなのだ。そしてすべてに中国人が自由に帰国する権利をもてるよう望んでいるからなのだ。(引用終わり)

 

 

■かたや理想を追い求め、国家から迫害された男。かたやリアリストに徹して官僚として出世を遂げた男。二人が日本の成田空港でほんの一瞬すれ違う。そのとき双方の胸に去来するものは…。なんか、馮小剛の映画になりそうな話だな。でも今国家から迫害されている人権活動家と、迫害している国家の幹部が同窓生だったりクラスメートという構図は確かにあるのだ。政府高官になったその人も、学生時代には中国が発展して自由で開明的な国になるんだ、と熱く友と語りあったことがあるかもしれない。

 

 

■ずいぶん前だが、北京大学出身の、作家や学者たちと飲みながら話したときこんなことをいっていた。私はそばで聞いていただけ。「李克強(副首相)の時代になったら中国は絶対にかわるさ。あいつは昔から開明的なやつで、民主主義の大事さを分かっている!」「はッ!まさか。官僚になったら学生時代の理想なんてわすれちまうのさ。期待するだけ、あとでがっかりさせられるさ」

…。

 

 

■この会話が出たのは確か2005年くらいで、その頃は李克強氏は胡錦濤直系の後継者とか言われていたんだな。今は習近平氏がポスト胡錦濤の筆頭といわれていて、はたして李克強の時代がくるのかどうかもあやしいが。

 

■でも、石平さんも(彼も北京大学哲学部卒業です)は「習近平が鄧小平路線(改革開放一党独裁)の継承、薄熙来は打黒賛紅(毛沢東主義回帰)だから、李克強が今後3年のポスト胡錦濤争いにからむとすれば、より開明的な民主化路線(党内民主だとしても)しかない。そこにわれわれの一縷の希望がある」と、そこはかとなく李克強氏に期待を寄せているふうがあるので、李氏が学生時代はかなり有名な開明派だったのかも。

 

■政府エリートとなる人と、活動家になって監視されたり国を追い出されたりする人と、いったいどこで道が分かれてしまうのだろう。たんなる理想主義者とリアリストの違い?話し合えば、わかりあえるはずなのに、と私は思ってしまう。

 

 

■このほかにも、馮さんの成田籠城中の面白いエピソードはたくさんある。各国のスッチーたちとかわす言葉。日本の税関職員があったかい缶入りコーヒーを差し入れした話(中ではなかなかあったかいものを口にすることはできない)。税関があるから、外から制限エリアに差し入れはできない、という話なのに、税関職員が差し入れしている(笑)。でも、これをルール違反だなんて問題視するなんて野暮だ。当初は空港側は馮さんに対しては融通のきかない官僚的な対応をして,馮さんもそれに腹を立てたりしていたが、個人レベルになると一人ひとり、やさしさや気遣いを見せ、彼もそのときの感謝の気持ちなどをツイッターで発信している。

 

■馮さんも中国語しかわからないワシントンから来た老夫婦に、トランジットの案内などを通訳してあげるなど「臨時ボランティア」をすることもある。制限エリアを占拠してほかの客に迷惑をかけている部分もあるのではないか?という私の問いかけにたいして「私だって、役にたつことはあるんだよ」と胸を張っていた。

 

■あと笑ったのが、彼の寝泊まりしているベンチのところには、海外から支援にきたアーチストのアイ・ウェイウェイさんが差し入れたアルパカの人形が置いてあるのだが、馮さんはそれに「草泥馬」と名前をつけていた。この余裕!

 

■蛇足かもしれないが、「草泥馬」というのは「ツォウニィマー」という発音で耳で聞くと中国語で「ファックユアマザー」の意味。汚いののしり言葉をインターネットの掲示板などで書き込みするときに、削除されないように使う隠語。だけど、いつのまにやら、アルパカ風の動物の姿が与えられて、ネットでアルパカ風の動物の写真やイラストを使って風刺動画なんかも作られている。

 

 

■この厳しい状況でユーモアも勇気も失わないタフな馮さんだが、上海に帰ったら真っ先に何をする?という質問に対しては「母親に会いたい。もう90歳なんだ。国内の老人ホームにいるんだけどね」。

 

■きょうで、成田籠城まる1カ月になる。早く帰れるよう、微力ながら私も応援させてもらう。

 

http://twitter.com/fzhenghu

http://docs.google.com/View?id=dg5mtmj9_38gnrqk4g8

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成田空港でただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき②

2009/12/03 02:09

 

■馮正虎成田籠城事件を日本の友達が意外に知らないことに驚いた。不謹慎だけど、映画みたいに面白いじゃないか。友人のマダム・チャンによると、班忠義さんも興味をもっているらしい。班さんは、「ガイサンシーとその姉妹たち」などの作品で知られる映画監督で、中国のマイケル・ムーア?的な存在。彼のドキュメンタリーになったりしたらちょっとすごい。

 

■そのマダム・チャンが「どうして日本のマスコミは報じないの?」と言っていた。そう、どうして日本のマスコミはあんまり騒いでいないの?

 

 

■で、調べてみたらけっこう報道されていた。当然だ。成田空港といえば立派な記者クラブがあり、記者がほぼ常駐している。取材しないわけがない。だが、その記事があまり目立たない。朝日新聞は大きく紙面をさいていたが、夕刊だ。夕刊ってあまりよくよまないから、朝日新聞をとっている友達も気づかないでいた。その内容もちょっと腫れものに触る感じだ。どうしてだろう。というわけで、今回のエントリーはこの事件を日本人と日本サイドの立場にたって考えてみようと思う。

 

 ■日本に波及する中国の人権問題

はっきりいって迷惑してる

って中国様にいわないと

大量の難民押し付けられちゃうかもよ

 

 

成田空港の広報の人は結構親切で、私のように「明日から記者なくなるんですけど」という人間に対しても、きちんと対応してくれた。「今は彼の健康だけが心配ですよ」などと、日本人的な優しさを見せる一方で、「早く入国してほしい、あそこは生活するところじゃないから」と本音も。取材は連日、世界各国から申し込みがあり、その対応だけでもへとへとのようだ。ちなみに中国語はわからないようで、あとで「彼は何を話してました?」と聞いてきた。「これは日中関係の問題だ。日中関係の不平等性の問題だ、といってましたよ」と伝えたら、「そうですかあ」となんか、しゅんとしていたよ。

 

 

■考えてみれば、成田空港は気の毒だ。彼ら自身は何の非もないのに、中国の都合で、行動力と発信力のある著名人権活動家を押し付けられ、もし邪険にあつかおうものなら、日本の人権感覚はどうなっている?と世界中の人権活動家から批判をあびかねないのだ。でも、実際施設の一部を不当に占拠されているわけで、日常業務にまったく支障がないわけはない。

 

 

■ANAにしても気の毒だ。金を払ってチケットを買った以上、お客様だから搭乗はさせるけれど、こんど彼をつれて帰らなければ、上海当局から離陸させないなどの嫌がらせをされる。中国便はANAが力をいれているドル箱ラインだから、中国当局との関係にも気を使うだろう。しかし「当局が馮さんを力づくで飛行機に乗せたのに客室乗務員がだまって見ていた」というだけで、私の友人なんかは「ANAってひどい!」と言っていた。でも、これを一介の客室乗務員にどうしろというのか。

 

 

■これをどうこうできるのは、結局日本政府だけなのだ。でも、中国の楊潔チ外相が来日して岡田外相と会談した19日、記者会見で英国記者が、馮さんの問題を外相会談で取り上げたかとたずねたところ、その話題はでなかったと答えてたそうだ。中国外交部は12月1日の定例記者会見で、馮さんに関する質問にこう答えていた。「中国の関係部門は中国出入境管理法などの法律に従って、問題を処理しています。具体的状況は関係部門に聞いてください」(つまり知らん顔)。双方とも、この事件を日中関係問題にしないという姿勢で一致しているようだ。

 

 

■ちなみに、伝え聞くところによると、上海の馮さんの家族のもとに、上海公安当局が「馮さんに日本に入国するよう説得してくれ。このままだと国際問題になってしまう」と泣きを入れているそうだ。もちろん家族は「それより馮さんを家族のもとに返せ」と拒否している。むこう(中国側)も、この事件はほうっておくとヤバイと思っているのだから、日本政府がここで強気にでないでどうするよ。成田空港もANAも困っているぞ、と私はいいたい。

 

 

 

■日本政府が、あまりこの問題を大きくしたくないのは、中国との関係もあるけれど、おそらく政治難民の取り扱いも関係あるのではないかと、私は勘ぐっている。日本は先進国の中では、難民を受け入れたがらない国である。難民認定は、外務省法務省の上層部が組織する委員会が非公開で行い、国連の難民条約に照らし合わせた客観的判断より、政治上外交上の判断が優先されるため、実際の受け入れ数は非常に少ない。もし馮さんは日本に入国したほうがいいという政府判断を大っぴらすれば、ではこれから難民受け入れを増やしてくれるんだな、と国連難民高等弁務官なんかは嬉々として言いかねない。

 

 

■日本にとって中国からの難民問題というのは、実は潜在的な危機と考えられている。鄧小平は1990年6月にこんなことをいったことがある。

 

 

■「中国が不安定になれば世界も不安定になる。中国で内戦がおきれば止めることはできない。もし中国共産党中国をコントロールできなくなり国が乱れれば、人口が海外に流れ出す問題が生じるが、誰もどうすることもできない。1億人がインドネシアに流れ、1000万人はタイへ、50万人は香港へいき、香港は大混乱にならないか」。

 

■このとき、日本へは5000万人が流出すると暗にほのめかされ、日本外務省が震え上がったそうだ。

 

 

■今でこそ、中国は世界中のどこより好景気で、海外に出た中国人もどんどん国内に戻っている。だが、いつなんどき鄧小平の言葉が現実にならないともかぎらない要素を中国は今もかかえている。それゆえ、日本政府も、中国が押し付けてきた難民を、簡単にでは引き受けます!とは言いいたくない。かといって、中国政府さまに、馮さんを引き取ってください、と言う交渉能力もない。かりに馮さんを中国に引き取ってもらうことに成功したとしても、その結果、彼が投獄されたりしたら、あまりに寝ざめがわるいから、ちゃんと人権問題として善処を要求しなければならない。

 

 

■そのあたりの事情から、日本のメディアとしても、あんまり騒いでもねぇ~、という気分になるのだろう。で、空港に一カ月立てこもっている中国人人権活動家がいますよ、かわいそうに、というくらいしか報道しないから、読んだ人も、なんか成田にへんな人がいるらしい程度の印象しか残らない。

 

 

■11月19日夕、国連の駐日難民高等弁務官室の職員が馮さんを訪れ、馮さんには政治難民として日本政府に受け入れを要求する資格があることを伝えた。これに対して、馮さんは「私には中国という祖国があります。私は中国人で中国の知識分子であり、中国に対して責任ある。私が帰国すること、これは中国人の最も基本的な人権です」と答え、拒否した。この知識分子の祖国に対する責任というのは、国家をよい方向に導いていくという責任だろう。そしてこうもいった。「中国の難民はだんだん減っています。中国はだんだん良くなってきている」。

 

■馮さんが帰国して、中国国内で不満を抱えている膨大な陳情者を少しでもサポートして、法治国家のやり方で社会に鬱積する不満を解消していくことは、長い目でみれば、中国社会の安定化につながると、と私は思う。中国は馮さんのような人権活動家こそ中国社会の安定を脅かすと思って排除しようとするのだろうが、本当の危機はもっと深層にある。切開して膿を出す方が熱が下がることもあるのではないか。

 

 

■そう考えると、日本政府としては馮さんを帰国させる方向で外交努力した方がいいのではないか。中国が中国人の人権を守らないことで生まれる難民をただおとなしく受け入れるより、馮さんのように中国に戻って人権状況を改善したいと考える人を支援するほうが、長い目でみれば難民が大量に押し寄せるという危機を回避する結果になるのではないか。

 

 

■馮さんはもともと来年6月までのワーキングビザを持っていたが、それを放棄することを宣言している。ビザ取得者の宣言によってビザが本当に失効するかどうかは、外務省に確認しないとわからないけれど、もし馮さんがビザなしの不法滞在であるとすれば、日本としては馮さんを中国に強制送還していいはずである。ほかの中国人に対してはそうしているだろう。

 

■そのうえで、中国の人権問題が、日本に波及し、ANAや成田空港の運営に支障をきたしていることに対してはっきりと文句を言うべきである。こういう問題が起きないよう、人権状況を改善せよと、日本には言う権利がある。

 

■すぐ隣にあって人的交流がこれだけ多い国なのだもの、中国の人権問題に日本や日本人がいやがおうでも巻き込まれたり加担してしまうことはあるのだ。中国の人権問題は、日本にとって中国の内政問題だから、と見過ごしていいものではない。中国の人権状況改善を、日本としてもとめていくことは、日本の国益に合致すると思うよ。

 

■前回のエントリーでは、習近平・副主席訪日のときに鳩山首相がちゃんと問題として取り上げるべきだ、と書いたが、そういえば、その前に小沢一郎民主党幹事長が訪中するんだった。小沢さんは胡錦濤国家主との会談のさいには、ぜひ、馮正虎問題に言及してほしい。

 

 

■なぜなら、小沢さんは実は、馮さんに少なからぬ縁があるからだ。小沢さんの著書「日本改造計画」を中国語訳して中国で出版したのは、本人いわく、馮さんだそうだ(海賊版ではない!)。馮さんが天安門事件20周年記念などの講演会で主張する「中国改造論」は小沢さんの影響らしい?小沢さんは、聞くところによると、一度恩を受けた人との関係は終生大切にする義理かたいところがあるとか。本当に小沢さんのおかげで馮さんが無事帰国できたら、私の中の小沢さん株は急上昇するのだが(笑)。

 


 

 

 

日本の通信社の取材をうける馮さん。

早く家に帰してあげたいと思う。家族も待っているし。

 


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成田空港でただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき①

2009/12/02 07:00

 

■11月30日午前中、まだ記者証をもっているうちに、最後の仕事をしたいと思って成田空港にいった。目的は成田空港の入国審査前の制限エリアで11月4日から1か月近くも生活している馮正虎さんに会うことだ。空港の制限エリアは旅客以外は記者証と腕章がないと入れないのだ。こういうのを考えると、記者の権利って大きい!

というわけで、私の最後の記者証を使った仕事として、成田で中国の人権問題を訴え続ける馮さんのターミナル籠城ライフを紹介する。

 

 

■映画「ターミナル」を地でいく!

中国人権活動家、馮正虎さんの成田空港籠城記

「これは日中関係の不平等性が背景にある」

 

 

■まず馮さんとはいかなる人物か紹介しよう。

このブログの前の前のエントリー「日本が米国にどうしても負ける点」でもちょっと触れたが、彼は中国で著名な人権活動家。市再開発のために上海で強制立ち退きにあった住民に法律を教えたり、弁護士を紹介したりして、訴訟をバックアップする活動も行っている。昨年12月10日付けで発表された「08憲章」にも署名している。

 

 

↑白のランニングシャツに中国人権、回国(帰国)などと書いた抗議ファッションの馮正虎さん。 

 

 

 

■ところが4月に来日して以来、祖国中国に帰りたくても入国させてもらえないでいる。これまでに8回も帰国をトライしたのだが、全部未遂におわり、最後に成田に強制送還されたあとは、日本への入国を拒否、成田空港内で、映画「ターミナル」のトム・ハンクスを地でいく奇妙な籠城ライフを送っている。

 

 

■彼の籠城ライフを知りたい方は、中国語を読めるならツイッターの@fzhenghuを見てほしい。すでに世界各国5000人以上のフォロワーが彼を応援している。ホームページも開いており、義捐金の振り込み先口座なども公開しているあたり、本気度がうかがえる。支援者から金をあつめてしまうと、中途半端に投げだせないからね。

 

 

■馮さんは1954年生まれ。華東師範大学数学部を卒業し、名門復旦大学管理学院の修士課程も修了している理系エリートで、卒業後は上海財経大学で教鞭ととり、中国企業発展センター所長を務めていた。でもこのとき北京では1989年の天安門事件が発生。彼はこの民主化運動の武力弾圧に対して批判声明文を出したことで、ブラックリストにのってしまう。

 

天安門事件後、失意の中国人知識分子の多くが海外に脱出したが、馮さんは日本に行って、1991年から一ツ橋大学に留学した。その後、日本の社団法人で研究員をやったり日本企業に勤めたりしたあと、98年に上海に帰り、上海でコンサルタント会社「上海天倫諮問公司」を設立した。

 

■ところが、2000年、上海公安当局に違法経営の罪で逮捕され、罰金40万元と4年の懲役刑を受けた。電子出版物をめぐるややこしい話なので割愛するが、はっきりいって冤罪逮捕である。

 

■2003年に刑期満了で出所したあと、馮さんは戦いはじめる。この逮捕と判決が不当に公民の権利を犯したとして刑事訴訟を起こした。04年11月からこの裁判がはじまっていた。同時に中国憲法に明記されている人権を不当に蹂躙されている市民の相談にものるなどの活動を広げていった。

 

■さて、その馮さんが、どういう経緯でターミナル暮らしを始めることになったか。

 

 

■ときは今年2月15日にさかのぼる。上海の陳情者を北京の弁護士に引き合わせるために上京したとき、彼は北京公安当局に拘束され上海に強制送還されたのだ。その後海軍の招待所(ゲストルーム)に41日にわたって監禁された。41日目、国外に出ることを条件に釈放される。ちなみに馮さんによると、人を1日監禁するために当局が使う人件費その他の費用はだいたい6000元。それが41日だから、246000元。国内にいると、監禁・監視にそれだけ費用がかかるから、いっそ海外にいってくれ、というわけだ。日本留学経験があり、日本語もまだ覚えている馮さんは行き先に日本を選んだ。

 

 

■日本にきたのが4月1日のエイプリルフール。まさに冗談みたいな理由で日本にきた。上海当局がなぜ馮さんをかくも警戒していたかは、正直よくわからないが、天安門事件20周年で建国60周年というダブルで敏感な年であり、とにかく問題を起こしそうな行動力のある人は拘束するか国外に追い出すという方針だったのかもしれない。人権派作家の王力雄氏も4月から10月まで米国に出国していた。

 

 

■日本にきたのは馮さんも納得ずみだった。「本当なら私は出国禁止リストにのっていた人間だから、これを機会に合法的に海外にいけるならいいや」と思っていた。ちゃんとビジネスビザもとり、6月にはしっかり、日本で天安門事件20周年記念講演会も開いて、「中国は改造すべきだ」「天安門事件は忘れてはならない」と訴えた。

 

■「たぶん、それが奴ら(当局)を怒らせたのかもしれない」と馮さん。6月7日に中国に帰ろうとしたら、なんと上海の浦東国際空港の入管で入国拒否だと言われたのだった。で無理やりANAの関空行きチケットを渡されて日本に強制送還。このとき入管は上司の命令という以外、何の説明もなかったという。

 

■このときはいったん日本にもどった。で、6月17日に成田から今度は上海行きの中国国際航空(CA)で乗ろうとしたら搭乗ゲートで、なんと搭乗拒否。で、3度目の挑戦で米国のノースウェスト航空上海行きに乗ろうとしたら、これも搭乗ゲートで搭乗拒否。理由は上海当局から馮正虎を搭乗させるなという命令を受けたからというが、合法的にチケットを買い、出国ゲートをくぐってパスポートコントロールを通った客を搭乗させないって、それでも民間会社だろうか?

 

 

■国際爆破テロリストなど国際指名手配犯なら搭乗拒否されてもしかたないが(その前に逮捕される)が、馮さんにどんな容疑や罪があるのか誰も説明していない。彼はほとんど冤罪の逮捕歴があるが、ちゃんと刑期満了しているし、法的にはなんら問題のない無辜の市民だ。

 

 

■馮さんはこの航空会社2社に対して提訴しており、千葉の裁判所ですでに受理されているらしい。そういう帰国未遂を11月4日までに計8回繰り返した。うち4回は搭乗拒否。4回は上海までとりあえず乗せていってくれるけれど、入国拒否されて戻ってくるというパターン。ちなみに、馮さんによれば、何度でもとりあえず飛行機に乗せてくれる飛行機会社はANAだけだそうだ。

 

 

■でもそのANAも、馮さんを連れて帰らないと上海当局がその便の離陸を許可しないなど嫌がらせをするので、とにかく馮さんにのってもらって再び成田につれて帰ってくるらしい。

 

■そして最後に馮さんが成田に戻ってきたのがを11月4日。しかしこの日の馮さんは、いつもと違った。これまでは成田に連れ戻されたらおとなしく日本に入国したのだが、彼は今回、パスポートコントロールを通過せず、空港内制限エリアにとどまることを宣言したのだった。

 

 

■馮さんの主張では、4日の帰国便に乗せられるとき、これまでと違いかなり暴力的であったのだという。それまでは、比較的平和的に手を引っ張る程度で搭乗させられていたが、今回は警察4人が馮さんを強くつかんで、ついには両足を抱えあげて機内に運び込んだ。 馮さんは搭乗口で一時間くらい体をはって抵抗したそうだが、この暴力的場面をみても客室乗務員も何もいわず、それどころか背の高い男性乗務員が椅子に無理やり座らせシートベルトを締める手伝いをしたそうだ。「まるで拉致だ!」と馮さん。

 

■さすがに疲れたのと、離陸時の他の客の安全を考えて馮さんはおとなしくなったが、はらわたは煮えくりかえっていた。この怒りが成田籠城決行のきかっけとなったのだ。

 

■制限エリアについては、じつは籠城してはいけない、という法律がない。そもそも通過するためだけに作られた場所なだから、だれもそこで生活すると想定していない。だから空港職員だろうが警察だろうが、馮さんを強制排除することができない。入管の職員だけ、ここは生活するとこじゃありません、とむなしく訴えるだけだという。

 

■しかし、人がとどまる場所として設計されていないから、トイレくらいはあるが、飲食店もなければろくに日の光も入らない。税関の問題もあるので外部から差し入れもできない。寝るとしても体の幅よりせまいベンチがあるくらいだ。当初は、誰もが馮さんが早々にあきらめてくれると思った。

 

■ところが、そうはならなかった。彼は携帯電話をもっており、ツイッターでそこから自分の主張を訴え始めたのだ。もともと著名人権活動家だから、またたく間に馮さんの窮状が知れ渡った。最初の数日間は食べるものもろくになく飢えに苦しんだ。何か買ってきてほしいと空港職員にお金を渡しても、国内から制限エリアに物は持ち込めないと、官僚的な答えが返ってくるだけだった。

 

 

■しかし、有志が馮さんの生活する第一ターミナル南ウイングに着陸する飛行機で、緊急物資を届けるまでにそう時間はかからなかった。国内の外部から制限エリアに差し入れはできないが、飛行機から降りた客が制限エリアを通過するときに、馮さんに機内持ち込みの荷物を手渡すことができるのだ。

 

■さらに、香港、台湾米国、カナダ、ドイツのメディアなども続々と取材に訪れた。メディアで馮さんのニュースが報じられはじめると、各国航空機の客室乗務員が差し入れをしてくれるようになった。私が訪れた27日、馮さんは「普段はビスケットとか乾きものばかりをたべているけれど、スッチー(航空小姐)が降りてくると、果物とか新鮮な食べ物をくれる。このあいだ、カナダのスッチーがくれたピザはうまかった」と余裕を見せるまでになっていた。

 

 

■ふだん馮さんは自分が取材された記事を見ることはないが、このときは客室常務員が自分の写真が一面にのった新聞をくれたのを自慢げにみせてくれた。

 

 

■「一度も風呂に入ってないんだ」と言っていたので、さぞ小汚くなっているだろう、と思っていたが、ずいぶん小ざっぱりとしている。毎日体もふいて、ちゃんと着替えや下着の差し入れももらっているそうだ。現在はすでに食料だけでも一カ月分くらい持ちそうなほどストックされている。

 

 

 

■馮さんは「ちょっとした英雄だろう」といたずらっぽく笑うが、つらくないわけはない。「やはり夜はほとんど眠れない。昼間は入国する人が多いので、邪魔にならないように気をつけているよ」

この一カ月たらず、ずいぶん痩せたという。気力はあるが健康と体力がそろそろ懸念されている。しかし、ここまでくると、もはや馮さん個人の問題でも中国の内政問題でもなく、普遍的な人権問題を問う事件となり、同時に日中関係の問題ともなるのではないか。

 

■馮さんはこう言っている。

「この事件の背景には、日本と中国の不平等な関係性がある。ようするに中国は日本をなめていて、警察が飛行機に押し込んだあとは私をおとなしく引き取ってくれると思っているのだ。私の出国先が米国だったら、中国もここまで強引なことはしなかったかもしれない」。

「中国の公民が理由もなく中国入国を拒否され、暴力的な手段で日本に強制送還されるということは、これは中国の内政問題ではなく、日中関係に影響を与える問題だろう」

「鳩山首相は友愛の精神を掲げているのだろう。ならばANAに働きかけ、中国政府に働きかけて私を祖国に帰れるようにしてほしい」

 

 

■この発言の念頭にはほぼ同じ時期に米国に滞在し、そこでダライ・ラマ14世と面会もした人権派作家の王力雄氏が、入国拒否の可能性も取りざたされながら無事帰国できた例があるかもしれない。完全に比較はできないかもしれないが、人権に敏感な米国で同じことがおこれば、もっと米国人と米国のマスコミが騒ぐだろうし、そうなれば政府も動かざるをえなくなるだろう。

 

 

■私は、この事件は中国で中国人の人権が守れていないというだけでなく、国連憲章で保障されている基本的人権の侵害が目の前で行われているのを座視した場合、その国に道義的責任はとわれるのではないかと考える。

 

 

■「鳩山首相にも手紙を送っている」と馮さんは言っていた。首相は手紙を読んだだろうか。習近平・国家副主席が今月中旬に来日するが、そのときに、ちゃんと言及して、「友愛国家」の面目を施してほしいと思う。

 

 

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