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 成田空港にただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき⑥

2010/01/31 21:44

 

■このブログでときどきリポートしてきた成田空港籠城中の馮正虎さんが、いよいよ籠城の日々に終止符をうつ。11月4日からかぞえて91日目の2日午後2時から、成田空港第一ターミナル南ウィングで「成田空港籠城終了記者会見(仮称)」を開くそうだ。

制限区域内の記者会見だから、一般人の私は会見には参加できないけれど、まあ、あとでいろいろ聞くからいいや。

 

 

■馮さんに電話できいたところによると、3日に空港を出て日本に入国したあと、とりあえず健康診断などして、その後、普通に航空券を買って上海に帰国する予定。具体的な日程はまだきめていないが、春節(2月14日)は故郷で家族とともに迎える、そうだ。「あたりまえだろ、中国人にとって春節はすごく重要なんだ」と言っていたから、本人も春節前に帰国というシナリオは頭の中で描いていたのかもしれない。とにかく恭喜、恭喜!というわけで、解決(予定)までの道のりを簡単にまとめておく。

 

 

 

■馮正虎さんが日本入国を決意したのは、30日午前11時に馮さんと面会した中国大使館領事との態度に「誠意があった」ためだという。これは中国大使館領事との3回目の面会だった。

 

 

■11月4日から馮さんが成田空港籠城を開始して以来、中国大使館側はほとんど、馮さんを無視していたが、1月22日になってようやく千葉県在住の妹さんを訪問し、家族の要望をきいて後、25日に空港で馮さんと面会した。このとき、領事は「話し合いで問題を解決したい」と語ったが、馮さんは「1、2回の話し合いで解決できるとは期待していない。中国公民の帰国は当然の権利であって、話し合って解決する種類の問題ではなく、中国側はただ“大門”を開けばいいだけ」と答えていた。だが、中国政府として対応に動いたということは、彼らも春節前に解決したいという意思表示をしたということであり、私はこの時点で双方の心の中で春節前解決のシナリオがきまったのだと思う。

 

■馮さんはこれまで、「上海当局(公安)が私の帰国を妨害して、日本の航空会社がそれに加担した」というスタンスを貫いて中央政府にたいする批判はしていない。だから、中央政府が妥協姿勢をみせても、それは寛容な態度で上海当局のしりぬぐいをしただけであって、中央政府のメンツをつぶしたことにはならない。当然、上海閥VS胡錦濤という古典的な対立軸は頭に入っていただろうし、中国人権活動家は、ある意味、当局と“ケンカ慣れ”ているので、最初からそういう落とし所は想定してあったのかな。

 

 

■事件が急転直下解決に向かった直接のきっかけと見られるのは、やはり牧野聖修衆院議員(民主党)が20日に空港にいって馮さんと会ったことだろう。議員が動くと、番記者も動くし、メディアが動く。この面会のときに、馮さんは、自分の事件が、中国にとっては人権問題だが、日本政府にとっては主権問題だと訴え、しかもその考えを翌日に文書としてまとめ、ネットで発表した。これが結構日本政府にとっては激震だったという噂。このブログでも拙訳で紹介している。馮さんのやり方を自分勝手、傲慢と思う人もいるだろうけど、私は彼の主張に納得する部分もある。

 

 

■この件に関しては、牧野議員は人権派議員の面目躍如だろう。日本の政治家で初めてこの事件について行動を起こした人物であり、彼が動いたからこそ、日本政府も中国政府も重い腰を上げたのだ、とのちのち語られることだろう。もし、中国人的にとって春節解決がひとつの落としどころだな、と思ってあの時期に空港まで足を運んだのだとしたら、やっぱり目はしが聞く人だよね。どうして自民党議員でそういうこと考える人はいないんだろう。

 

 

■さて、私には実はいまだにこの事件について、わからないことが多い。まず、馮さんはなぜ、かくも長期にわたって中国帰国を妨害され続けてきたのか、という事件発生の根本原因である。

 

 

■このブログで以前に解説した背景は、馮正さんは上海市民で人権活動家でそれなりに影響力のある人なので、2009年6月4日の天安門事件20周年に国内にいてほしくない、という当局に拘束され出国するよう脅された。で、留学経験のある日本に一時出国したが、6月4日を過ぎて、帰国しようとしたら、帰国できなかった、というものだ。

 

■しかし、私はこの説明に、ずっと腑におちないでいる。

 

■私が1月中旬に北京にいったときに、地元記者らから聞いた話を総合すると、馮正虎氏の帰国を拒んでいるのは上海の関連部門(安全当局か公安?)のナンバー3前後の幹部で、ほとんど、その幹部個人のメンツの問題が原因だという。いわく、6月4日の敏感な時期に、騒ぎを起こさないように、馮正虎氏がもともと訪問していたがった日本に出国させることにしたが、そのとき政治活動を一切しないように約束した。出国に際しては、多少の餞別も渡した。ところが彼は約束をやぶって、日本で6月4日に天安門事件に関する講演会を開き、それが大きく報道された。すでに馮正虎氏を無事出国させて、彼に関するトラブルは完全回避できたと上層部に報告していた上海関連当局幹部はメンツをつぶされたことになり、腹をたてて「死んでもヤツを帰国させるものか」と息巻いていた、とかなんとか。

 

 

■ただ、天安門事件において、馮さんはそこまで重要人物なのか。馮さん自身は、天安門事件当時は上海にいて、事件そのものを目撃しておらず、ただ文書で批判声明を発表しただけで具体的な行動は起こしていない。投獄されたのも、違法営業(冤罪として訴訟中)が理由で、天安門事件との接点は見いだせない。彼が本格的な人権活動にはいったのは、刑務所から出所してきた2004年以降だ。

 

 

■そういう点では、他の人権活動家、民主化活動家、劉暁波氏や胡佳氏や王力雄氏といったメンバーに比べると知名度、影響力とも低い。中国当局が日本政府の顔に泥を塗りながらなりふりかまわず帰国を妨害するほどの“大物”ではないんじゃないか、と思う。

 

■それに馮さん自身は、出国中、政治活動を行わないという、そんな約束はしていないし、餞別なんかももらうわけがない、と主張している。馮さんが最初に帰国を試みて上海の空港で入国不許可にあって日本に送還されたのは6月7日。6月4日の東京における天安門事件記念講演会の内容が原因だとすれば、ちょっと時間的に反応が早すぎる。たとえば日本で行われた講演が日本の新聞記事となってそれが全部翻訳されて中国大使館経由で本国に送付されて関係部門幹部に回覧されるまでに本当なら1週間ぐらいかかるのだ(在東京中国人記者の説明によると)。しかも、講演の内容はいっちゃあなんだが、そんなに刺激的でもない。

 

 

■とすると、馮さんも、中国側もあきらかにしていない、まったく別の背景があるのかもしれない、と想像をたくましくしてみる。以下は私ととあ東京駐在の中国人記者が雑談中、もりあがった完全なる想像(妄想)である。根拠はない。

 

 

■たとえば、馮さんは、実は誰にも明らかにしていない、極秘情報(上海幹部の汚職の証拠とか)を知っている、とする。彼は上海当局と秘密の協定を結んで、それを他言しない約束とともに、ずっと訪問を希望していた日本への出国を認められた、とする。(彼は一応ブラックリストにのっているのでそれまで海外出国を認められていないが、ずっと日本への訪問を希望していた、というのは事実)

 

■ブラックリストに載っている人間が出国を許されるとき、それは事実上の亡命であることが多い。つまり、二度と帰国はありえないという双方暗黙の了解の上で出国を許されるのだ。ところが馮さんは、単に日本に旅行に行きたかっただけだから、こころゆくまで日本滞在を楽しんだあと、普通に帰国しようとした。

 

 

■上海当局とすれば、彼はもう亡命したはずで中国にはもどってこないと思いこんでいた。爆弾のような秘密を抱えた馮さんに再入国されたら非常にこまる。で、ちょっとぉ、約束が違うじゃないないか、あんた亡命したはずでしょ、と恥も外聞もなく力づくで入国を阻止しつづけた、とか?

 

■強力な極秘情報(恐喝ネタ)を握っているのは馮さんに、怖いものはなし。しかも日本の空港の制限区域という、微妙な場所で籠城することで、彼の知名度は一気に国際級になり、もはや一服盛ってこの世から消し去るといった安易な手も使えない。というふうに考えると、帰国しても、逮捕されたり投獄される心配を一切していない馮さんの様子も納得がいく。自分が命の危険にさらされれば海外に住む友人か親戚が情報をリークすることになっているから…。って、これはあくまで妄想ですよ。信じないように。

 

 

 

■ある人は高智晟氏の事件が絡んでいるのではないか、という。

(これも根拠なし)。馮さんが上海当局に拘束された時期と、人権派弁護士・高智晟氏が陝西省の実家から警察に連行されたのと時期がほぼ同じ昨年の2月。

 

■高智晟氏はすでに2006年に国家政権転覆扇動罪で有罪となって執行猶予5年懲役3年の判決を受け、拘留中にすさまじい拷問を受けていたことは、本人が仮釈放中に発表、すでに報道されている。彼が昨年2月に再び警察に連行されたあとは、その消息は完全にわからなくなり(当局も連行中に道に迷い失踪した、としか発表していない)、関係者の間では拷問死の可能性を心配する声もでている。

 

 

■高智晟氏が異常なまでの激しい拷問にあい、家族までが亡命させられる(亡命とは中国側が国内にとどめておきたくない人間を追い出す側面もある)ことになったのは、高氏が知ってはならない一級の秘密情報、たとえば党中央幹部の腐敗の証拠とかスキャンダルをつかんでしまったからではないか、という噂がまことしやかに流れているのだが、馮さんは高智晟氏とは活動資金を集める代理人になったりして、浅からぬ縁があるらしい(本人には確かめていない)。だから馮さんが当局からあれほど危険視されるのは、高氏がらみではないか、という。繰り返しますが妄想だから、信じないように。

 

 

 

■そういう根拠のない妄想は別にしても、馮正虎事件は結果的に、世界に注目されるインパクトのある大事件となった。欧米や台湾の亡命中国人らが馮さんに注目したり、わざわざ成田まできて差し入れし、激励し、義捐金を送ったりしたのは、一たん国外追放(亡命)させられた中国人が再び中国に戻る手法として、馮さんのやり方が実に斬新で、こういうやり方もありか、と目からうろこだった(米国亡命作家の陳破空氏談)からだという。

 

 

成田空港側は、「模倣犯が心配だ」といっていたが、確かに今後、中国のパスポートコントロールではじかれてしまう欧米在住の華人人権活動家とか法輪功メンバーの間で、中国に入国できるまで成田空港で籠城するというデモンストレーションがはやるかもしれない。日本としては、中国という困った大国の隣りにいるのだということ、だから中国の人権問題は人ごとではない、という自覚をもって、今から対策を練っておいたほうがいいかも。

 

 

■ところで、馮さんは本当に帰国できるのかな。今の段階で、おめでとう!といって、帰れなかったらえらいこっちゃなあ。

 

 

成田空港第一ターミナル南ウィング。1月18日、北京からUAで帰国したときに馮さんの籠城場所を通りがかった。米国留学から日本経由で中国に帰国する中国人青年が、馮さんのことを英雄のようにたたえていたのが印象深かった。(福島香織撮影)

 

 

 

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桂林平楽県爆流血事件(内田さんのご要望により)

2010/01/27 02:26

 

 ■内田一ノ輔さんが、桂林・平楽県の暴動についての情報をお求めなので、とりあえず、写真をはっつけとけます。これらの写真は(http://114.181.159.15/publish/1390000670/)という、サイトからコピーしました。けっこう激しい衝突のようですが、私としては新聞記者にたくさん拘束者が出たこっちの事件の方が

http://gz.focus.cn/news/2010-01-19/842205.html

興味あります。

 

 

 

 

 

 

 

 

■平楽県流血衝突事件の概要

 

  2010年1月19日に桂林・平楽県で農民と武装警察の官民衝突事件が発生し、平楽県政府は約700人の武装警察を出動させ、多くの農民が殴られ重傷を負った。

 

 原因は平楽鎮同楽蒋家村の土地収用問題で、茶江大橋、すなわち平楽県桂梧拘束道路平楽出口付近の数100ムーにわたる耕地について、2、3年前から土地収用がはじまっていたが、この用途について農民には説明されていなかった。土地収用に当たっては県政府は合法的文書を発布せず、関係法が規定する農民への社会保障費用は払われていなかった。

 

 

 農民は安くで土地を収用し高く売る地元当局にたいする不満を募らせており、(きくところによると1ムーを3~6万元で強制収用して30~60万で開発業者に売るそうだ)、このため、非常に多くの村が、土地収用協議書へのサインを拒否した。

 

 1月19日午前8時ごろ、蒋家村に十数両の大型重機および1000人以上の警官と犬、開発業者と政府役人が乗り込んできた。農民らが彼らを阻止しようとして路上に集まり、周りには観衆が取りまいた。

 

 しばらくにらみあっていたが、警察の方が最初に催涙弾を使用。鉄棒でもって、農民を殴り始めた。現場はもうもうと煙がたちこめ、みな蜘蛛の子ちらすように逃げたが、事件発生後、20~30人の農民が負傷、多くは老人の女性であった。

 

 

 ある農民は頭を血まみれにしていた。ある農民は催涙弾の直撃を受け、歯が抜けてしまった。つづいて重機が土地に入り、収穫されていない農作物を押しつぶしていった。

 

 警官は病院にいくと、農民を捕まえた。農民の多くはけがの治療を受けるまもなく、連行された。20~30人が連行され、ある老人は、傷の治療をうけていないため、留置所で二日目に昏倒し、病院おくりになった。捕まった農民はまだかえってきていない(24日の段階で)

 

 

 きくところによると、17日午後に、開発業者は土地の区画をしようとして、農民に阻止された。農民たちは開発業者の車両をさしおさえ、土地収用社会保険費用と保障金を要求した。開発業者がどこの会社か、 農民の多くは知らなかった。その間、小競り合いがあったが、殴り合いのけんかにはならなかった。

 

 

 現在村のほかの農民は隠れている。ある者は桂林までにげたが捕まって送還された。村には老人と子供と少しの女性がのこっているだけだ。

 

 ある農民は事件の様子を自宅の屋上から写真撮影したため、あとで家の中を無茶苦茶にひっくり返されて家探しされた。みんな今もおびえている…。

 

 

 

■ひどいですなあ。しかし、同じような事件は同じ地域でいくつもおこっている。

 

 

■たとえば、1月12日に桂林・荔浦県で、土地の強制収用を執行しようとした司法関係者および警官と農民の衝突があり、警官側がぼこぼこにされて、「自己防衛」のために、農民5人に発砲、負傷させた事件。

 

■農民が警察車両にガソリンぶっかけて火をつけたり、すきやくわで警官や司法関係者を殴り倒して司法・警官側にも11人の重傷者が出ていた。公務執行妨害で11人の農民が逮捕され、1人が逃走中だ。

 

■この事件の場合、さらなる問題は、これを取材していた記者たちが「違法取材」で捕まったことである。しかも、記者たちは荔浦県ではなく、となりの陽朔県のホテルに泊まっていたのだが、19日午後11時、荔浦県の警察がいきなり乗り込んできて、県をこえて連行してしまった。しかも、しかも、つかまった記者のなかには天下の新華社系瞭望東方週刊の記者もいたのだった。

 

■この事実は、瞭望東方の編集長補が自分のブログで発表。他の社の記者たちも、「記者の取材権利をまもれ!」と続々と声をあげはじめ、このブログ文や賛同意見がいま、ネットで広がっている。

 

■ちなみに、荔補県の公安局長は「ネットに流れているのは誤解だ。記者らを捕まえたわけではない。捜査に協力してもらっているだけ」とか説明しているそうだが、瞭望東方の記者は、「違法取材だから拘束しても問題ないんだ、といわれた」「記者証を出したら、とりあげられた」「令状もなく、その場で白紙に書き始めたので、サインを拒否した」と、証言している。

 

■はっきりいって、新華社の記者さまは、いなかの県の公安より権力ありそうだ。だからなのか、この事件は、情報封鎖になっていない。同じような事件なのに、平楽県は情報封鎖になってブログ記事もどんどん削除されているのに、この差はどこからくるのだろう。

 

 

■どちらにしても、GDP規模世界2位の国もちょっと田舎にいけば、黒澤映画の「七人の侍」の世界がそのままのこっているようだ。私はこういう事件にずいぶん慣れっこになってしまって、あまり驚かなくなった。いけませんね。アンテナがにぶってしまう。

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トラ年のおめでたい小ネタ。

2010/01/24 20:46

 

■中国でアートというと、外国人はポリティカルアートばかりを注目しがちだが、国内ではやっぱり伝統芸術・国画(花鳥画)の人気がつよい。特に、おめでたい絵とか縁起のいい絵なんていうのは好まれる。で、今年は寅年なので、虎の絵が人気という。最近、友達から「虎の絵ばかり描いて村おこししている村があるんだよ~」と聞いた。

 

 

■友達というのは北京の中央美術学院(中国芸術の最高学府、東京芸大みたいなもん)に留学して国画を学んで、中国を拠点に創作活動を始めようと、目下売り出し中の女流画家、安藤美香さん(通称みかえちゃん)。

 

■彼女は指導教授の国内屈指の国画家(私はあまりこの世界に詳しくないので名前を忘れてしまった)に師事し、たいそう将来を嘱望されているうえ、見目も麗しいので人民大会堂で開かれた画展にて、着物を着て鳩山由紀夫首相と温家宝首相と李明博大統領を中韓の女流画家と一緒にの案内をしたりして、業界の若手ではひとつ頭ぶんぬいた存在感のひとだ。

 

■彼女がたまたまNHKBS-1の「地球アゴラ」の企画で、その「虎の絵ばかり描いて村おこし」という河南省民権県画虎村に取材にいったのだ。で、そのときのことをいろいろ聞いていたら、私が北京特派員だったら、春節のネタ枯れの時の暇ネタに取材しそうなちょっと面白い話だった。ちなみに、みかえちゃんの出ている「地球アゴラ」の放送日はきょう24日の午後10時10分から放送。うまくそれまでにこのブログをみた人は、テレビもみてみて。

 

 

■みかえちゃんによると、村民1366人中700人以上が虎の絵を描く画家。この村では子供たちは中学校にもいかず、虎の絵をかいているそうだ。なんで虎の絵をかくようになったかというと、実はたいしたいわれはない。1985年ごろ、いわゆる工芸芸術品製造の企業に出稼ぎにっていた村民の王培双という人が、人を介して自分の描いた絵を画廊に置いてもらったところ、よく売れたという。で、そうか、絵って金になるんだ、と気付いた王氏は、独学で絵を真剣に勉強しはじめ、それをみた肖彦卿、王建民、王培振といった村民が、よし俺も俺もと絵を描き始めた。

 

 

■描いているうちに、虎の絵が一番よく売れることに気づいて、だんだん虎の絵ばかり書くようになり、そうするとますます売れるようになり、それをみたより多くの農民が俺も俺も、と絵を描くようになった。気がつけば6,7歳の子供から60歳のおばあさんまで、村民全員自称画家状態。

 

 

■田畑は誰が耕しているんだろうという疑問はさておき、いつの間にやら虎の絵を描く村として有名になり、ここで描かれる毛皮の毛一本一本までを細かく描く作風の虎は「民権虎」とも呼ばれるようになった。

 

■この画虎村で、王建民さんら初期の画家4人は「四大虎王」とよばれ、だいたい1幅5000元から1万元、紙幅5~6メートルの大作なら10万元くらいの値段で売れるそうだ。もちろん描くのに1カ月くらいかかるそうだけれど。

 

■地元報道によると、虎の絵による2004年のこの村の一人当たりの平均年収は3000元だったが06年にはそれが7600元となった。「四大虎王」の絵による平均収入は2005年のときは年収2万元を超えなかったが今は毎月2万元以上を稼いでいる。昨年の村全体の売上は3000万元だと。ばかばかしくって農業なんかやってられない?

 

■彼らにつづく「八大小虎王」とい呼ばれる売れっ子作家も出てきている。絵だけで村おこしがこれほど成功したのは中国広しといえどもここだけで、「奇跡の画虎村」とも呼ばれ、その成功談自体にご利益がありそうだと、国内はもとより海外からも絵を買い付けに来る人が続々。特に今年(中国の場合は春節以降)は寅年だということで、空前の売れ行きだとか。河南省政府も文化は金になると息巻いており、この成功例をもとに、文化立村政策を他の村に広げていく方針だとか。

 

■ちなみに、本当に彼らの絵は、そんなにうまいのか、とプロ(まだ駆け出しだが)のみかえちゃんに聞いてみると、「少なくとも王建民さんら四大虎王と呼ばれる方々はホンモノ」だそうだ。

 

 

■しかし、芸術の才能ってなんだろう。この村にはたまたま才能ある人たちが多く生まれついただけなのか。画虎村は芸術家村というよりは、むしろ、同じ技術と構図の絵を大量生産する職人集団の雰囲気があるけれど、それでもやっぱりこんなに絵のセンスのある村民が偶然集まっているのは奇跡的といっていい。

 

■なんか、久しぶりに友好っぽいネタかいたな。たまにはいいでしょ。

 

 

 

 

  四大虎王のひとり王建民さんの作品。確かに夜中に絵から出て歩き回りそうな迫力。

 

 大きさを比べるため横に寝てみるみかえちゃん。

 

 

 

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成田空港でただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき⑤

2010/01/23 10:27

 

■実は今、北海道です。雪景色みながら朝ごはん。もうすぐ東京にもどります。ですが、その前に、成田空港の馮正虎さんからおととい届いた文書をアップしておきます。「馮正虎の日本政府に対する見方」。これは21日、民主党きっての人権派、牧野聖修議員が馮さんと会見したときのやり取りをもとにしているそうです。

 

 

■馮さんがときどき口にする日本批判に、むっとしている日本人は多いようですが、私は彼の主張に納得する部分もあります。みなさんはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

馮正虎(私)の日本政府に対する見方

 

2010年1月20日は私が日本に“野宿”しはじめて78日目でした。この日の午後3時、日本の政権党である民主党衆議院で、公職選挙法改正特別委員長牧野聖修先生一行が日本法務省職員の同伴で、私が間借りしている(成田空港内の)現場に慰問にきました。私は非常に彼の訪問に感謝しています。彼は私のみるところ、中国人権問題に関心をもつ日本政治家の筆頭でしょう。

 

私は彼と会談したのち、取材エリアにいき、一緒にメディアの取材をうけました。共同通信、テレビ朝日など7、8社の日本メディアと、(香港の)フリーアジアラジオ、(香港週刊誌の)亜州週刊の中国語メディア2社が参加しました。

 

牧野先生と会談および中日記者に発表した談話を整理すると以下のようになります。

 

 

中国公民が帰国できず日本に野宿する事件について、日本政府に対する私の見方とは:

 

まず、牧野先生の訪問に感謝します。そして中国官僚の違法行為のために日本に迷惑をかけていることについて、謝罪を表明します

私が中国に帰れず、日本で泊まり込んでいる事件は中日両国家にとっても関係のあることです。中国にとっては人権問題であり、日本にとっては主権の問題です。日本政府が中国人の人権問題に関心がないとしても、自国の国家主権については関心をもつべきでしょう。

 

私は日本政府が中国公民の帰国権利を保護するとは期待していません。この種の期待と要求は法的根拠がありませんから、非現実的です。中国公民の帰国権利の問題は中国政府にのみ責任があるものであり、中国人自身が解決すべき問題なのです。ただ外国政府や企業は中国官僚の違法行為に加担しなければよく、少なくとも中立を守ってくれればそれでいいのです。

 

2009年11月4日、中国官僚は全日空の職員と日本の飛行機を利用して、暴力的手段によって、中国公民を日本まで拉致してきました。これは非常に荒唐無稽のことであり中国人にとっては国辱です。わたしは日本への入国を堅く拒否しました。これは人としての尊厳を死守するためであり、中国の尊厳、そして日本の尊厳を守るためでもあります。中国官僚はすでにおろかにも日本を利用して、自分たちの同胞を迫害しているわけですから、私のこの考えは浅薄なものではありません。

 

もっか、日本政府が私に対してできる支援とは次の2点です。

1、人道主義の立場にたって、日本で一時的に“野宿”している私に、健康的な生活環境を与える。たとえば、出入国の通路を通って弁当を買ったり、週一回の風呂を使ったり、日光浴をしたり、夜は落ち着いて眠る場所を提供するなど。また、日本に暮らす親族(千葉に暮らす妹ら)とも空港内で面会を許可するなどの人道援助を与える。

2、日本主権の立場から、日本国土交通省(中国の交通省にあたる)の管轄部署に次のように通達する。①日本の航空会社は日本の法律およびビジネスルールを順守し、上海地方政府の違法な命令を聞いてはいけない。②日本主権国家において、合法的パスポートをもつ旅客の帰国を違法に拒絶してはいけない。

 

上記の2点について、私は日本政府に希望します。

 

もちろん、日本政府が「日本は普通の国家であり、小沢一郎先生が『日本改造計画』の中で言及している“片肺国家”でない」と思い至っているなら、自ら日本の主権問題およびその国際的影響力を重視すべきでしょう。

私が帰国できずに日本で野宿している事件について、日本政府として対応し、そして考えるべき問題は3点あります。

 

1、日本は“自由、民主、人権、法治”を普遍的価値概念とした民主国家であり、国連の一員であり、国連憲章や普遍的価値観に反した違法人権侵害事件が自らの領土で78日も放置されていることについて、見て見ぬふりをすることはありえない。早晩、是非の判断を示すべきだ。

2、日本は主権国家であり、中国官僚が一人の中国公民を自国の領土に拉致し放置して顧みないということは、中日両国間に秘密の協力関係でもないかぎり、たとえ両国が非常に友爱的な関係であっても、日本としてもこのようなだいそれた侵犯行為を容認できないだろう。これは正常な普通の国家のいずれもが持つ自己の尊厳の最低のラインであり、建前だけでも中国大使館に公開の抗議書を渡したりするものだ。だから、現在の、日本政府の末端組織(法務省出入国管理局成田支局)が、日本国外(入国していないので)の中国公民に毎日、公式文書(入国勧告の文書)を渡し続け、すでに49枚にものぼるのは、まったくもって、国際社会の笑い話である。

3、日本の政治家の責任とは、企業のトップをつれて中国に訪問してコネクションを作り、市場の(ビジネス)プロジェクトを求めることではない。より重要なのは日本企業の中国における合法的権益を守り、日本企業の中国事業が、中国官僚から違法に権利侵犯や脅迫を受けた時、すぐに日本政府の強力な支持を取り付けることだろう。もし、そうであれば、日本企業は、中国事業において中立を保て、中国官僚とのトラブルに巻き込まれなくて済む。さらにいえば脅迫を受けて、中国官僚の違法な悪事の共犯者にならずに済む。実際、日本企業はある種“いけにえ”のようなものだ。もし、全日空が日本政府の(企業に対する)保護能力を信頼していれば、上海警察の脅迫をうけても、すぐに日本政府に助けをもとめ、両国政府のホットラインで、上海警察違法行為を制止でき、私も日本に拉致されてこなかった。

 

私の帰国問題を機に、中日両国政府と民衆には以上の点を考えてほしい、そして中日両国の代々の友好を願います。

 

                                  馮正虎

2010年1月21日 日本の門前での野宿79日目にて

 

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芸術的な強制立ち退き抵抗運動?第3回暖冬展が21日にありますよ!

2010/01/21 01:25

 

■さくっとお知らせです。前エントリーで紹介した、北京市朝陽区の芸術区強制立ち退き問題で、北京の芸術家たちが、芸術的に抵抗します。すなわち自分たちの芸術作品でもって、零下真冬の暴力的な強制立ち退きを批判し、周囲に不条理を訴える展覧会第3回暖冬展を21日13:30から開催します。

 

■詳細

 

日時:21日13:30~20:00

場所:正陽芸術区、将府芸術区、

*行き方がわからないかたは、有名な(タクシー運転手ならだれでもしっている)大山子789の4号門から1300に送迎バスがでますよ。

 

■きょう、立ち退き問題でアトリエのドアガラスをぶっ壊された日本人アーチスト岩間賢さんからメールでお知らせいただきました。

 

■各芸術区対抗の運動会とか、イベントもあるようです。どちらかというとパフォーマンスアートに近いですね。強制立ち退きでは、店子はたいてい泣き寝入りで賠償金どころか前払い家賃も踏み倒されておん出されるケースがおおいのですが。さすが芸術家、表現者は抵抗の仕方がちがいます。

 

■なんだよ、告知が急すぎるぞ!とお怒りのかた、21日を見逃しても29日にもまたあるそうです。

 

■21日のプログラム(中国語ですみません、ちょっと忙しくて)

 

“文武双全”——暖冬计划第三站将府艺术区展开幕程表

 

 

2010年1月21日(星期四)13:30 —— 20:0013:00在798艺术区4号门停车场集合,乘坐贴有“暖冬”标志的客车前往创意正阳艺术区 。

 

13:30—16:30 “暖冬”计划运动会。(地点:创意正阳艺术区)

(正陽芸術区で運動会)

 


主持人(司会):肖歌

裁判(審査員):  孙原&彭禹 张玮 张小涛 戴卓群 喻高 吴玉荣


一、参加“暖冬”计划运动会的艺术区(参加芸術区一覧):


       创意正阳艺术区,008艺术区,将府艺术区,草场地艺术区,798艺术区,东营艺术区,索家村艺术区,北皋艺术区,南皋艺术区,环铁艺术区,一号地艺术区,318艺术区,费家村艺术区,盛邦艺术区,蟹岛西艺术区,黑桥艺术区,东坝艺术区,酒厂艺术区,宋庄艺术区,奶子房艺术区,东风艺术区,左右艺术区,上苑艺术区等。


二、运动会项目。


1、拔河;(13:40—13:50)

 

2、男女混合双人绑腿100米短跑(男女混合二人三脚100メートル競走);(14:00—14:30)

 

3、投掷(器材:拆迁砖)(打ち壊し道具を使った投擲);(14:40—14:50)

4、“暖冬”艺术维权队广播体操(人権擁護ラジオ体操、なんじゃそりゃ)(15:00—15:20)

 

5、颁奖仪式(表彰式)(15:30—16:00)

 

6、马拉松长跑(マラソン競争で将府芸術区へ);(16:10—16:30,创意正阳艺术区——将府艺术区)

 

第二部

15:00—16:00(和运动会同时进行,地点:将府艺术区) 艺术家们行为表演:(パフォーマンスアート)

舒昊行为《拍砖》、白崇民行为、吴以强行为、肖鲁行为、黄锐行为。(おっ、星星運動の黄鋭さんも参加)

 

15:00—17:00 论坛“协商”(地点:将府艺术区)时间安排表,此次论坛分为上、下半场:(討論会)

 

A.由将府艺术区代表张小涛简短发言,介绍将府艺术区现状;

(将府芸術区代表の張小濤のあいさつ、将府芸術区の現状紹介)

B.由“暖冬”计划策划委员会肖歌、戴卓群发言;

(暖冬展実行委員会の肖歌、戴卓からあいさつ)

张玮介绍正阳艺术的现状;吴玉仁介绍008艺术区的现状(每个发言在五分钟之内)(そのた芸術区の5分以内のあいさつ)

 

C.每组主题讨论控制在30分钟内;

(つづいて各グループにわかれて討論会30分)

上半场主持人:王春辰

拆迁,谁是受害者?中国人要把自己的历史、记忆全拆了吗?拆是一种利益与无知的罪,不要让拆成为我们永远的痛,拆是平民社会最大的暴力,反对拆

是一种权利诉求。

我们希望北京古城胡同被拆掉的悲剧不要再重演 ,原生态是最好的生态 ,拆是最恶劣的行为!均衡发展才是理性地阻挡拆拆拆。


1.主题:土地及房地产开发被垄断导致强拆出现 ,强制拆迁与现行法的法理精神相悖,如何良性的规划文化艺术产业?如何共建和谐的艺术社区?(16:00—16:30)

对话人:王春辰  卢强  苗世强  刘阅

 

 

2.主题:谁是拆迁的受害者?非法拆是平民社会最大的暴力 ,反对拆是一种权利诉求!我们如何面对非法的暴力拆迁?(16:30—17:00)

对话人:王春辰  马俊  宋煜霖  周永阳 周勉

下半场主持人:段君

研讨会下半场邀请的嘉宾是几位律师和记者,将针对艺术家比较关心的法律程序和媒体报道等事宜进行讨论。

3.律师组(17:00—17:30)

主题:比如艺术区拆迁是否有法律依据?拆迁过程中政府、开发商该承担什么责任?律师可否就艺术家与开发商签订的合同进行具体分析?艺术家如果要向法院提起诉讼该怎样操作?律师组(16:30—17:00)

对话人:段君  008艺术区律师、正阳艺术区律师、奶东艺术区律师

4.媒体组(17:30—18:00)

主题:媒体在报道拆迁事件时持的是怎样的立场?报道如何平衡政府、开发商和艺术家三者的意愿?媒体在报道时自己想要达到什么目的?媒体在报道拆迁事件时怎样才能建立起公信力?

对话人:段君  崔付利  王栋栋  高敬  李健亚  李强

 

18:00—19:00 《画剧》 主演 :李道士  周永阳;

播放李一凡导演的纪录片《淹没》。

 

19:00—20:00  自助餐。

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北京における日本の新聞に載らない程度の事件

2010/01/16 13:09

 

■中国の都市部における立ち退き問題というのは古くて新しい問題で、いまさら何の新鮮味もないとは思うのだけれど、個人的に北京のアートシーンに関心をよせ、アーチストの友人も多くいる私としては見過ごせない事件が最近あった。

 

 

 

■北京の朝陽区で芸術区(画廊やアトリエが集中する一角)といえば大山子の798が有名でもはや観光名所にもなっているくらいだが、そういう芸術区、芸術村は北京に無数にある。

 

 

 

■ところが朝陽区の再開発によってそういう芸術区の多くが立ち退きを迫られているのだ。おもだったところで20前後の芸術区が立ち退かされるみたいだ。その立ち退きの迫り方が、いつものことながら極悪非道。

 

 

■たとえば約50人のアーチストがアトリエをかまえる正陽芸術区では、9月25日に立ち退きの通達がいきなりきて、12月5日に出ていけといわれた。その芸術区は彫塑作家が多いので、そんな短期間に、新しいアトリエを探すことも不可能だし、巨大な彫塑作品のひっこしってすごくお金がかかる。無茶な話だ。

 

■しかも、話し合いもないまま、期日前の12月1日には取り壊しを開始。5日には電気がとめられ、12月13日には水道を止められた。零下9度の極寒の時期に、この横暴。アーチストらもさすがに腹をたてたが、話し合いの場をもとめようとしても、家主の企業は雲がくれしてしまった。

 

 

■実はこの芸術区のオーナー企業の社長、中央美術学院の卒業生で元彫刻家。同じアーチスト同士で信用していたため、家賃もむこう一年分先払いしたりしている。詐欺みたいなものだ。そこでアーチストらは、ひとり2000元ずつくらい出して弁護士をやとって徹底抗戦することにした。同時に、芸術区を守ろうと、立ち退き抵抗をテーマにした展覧会を開いていくことにした。一回目の展覧会は12月29~31日に開かれた。これは地元メディアも取材にきて、おおいに注目をあつめた。

 

■ところが年明けて1月7日、何者かにアトリエが壊されたり車のフロントガラスが破られるなどの嫌がらせが。ガラスを割られた

アトリエの中には、日本人アーチスト・岩間賢さんhttp://www.oh-mame.com/もいた。岩間さんは2006年から奨学金をうけて壁画研究のために留学。今は中央美術学院の彫塑科の研究生。

 

■岩間さん「ここ(正陽)は芸術区として一からつくられたんです。工場あとを利用したとかじゃなくて、アトリエ用のスタジオがちゃんと作られた場所ですから、隋建国ら中国のトップアーチストもいるんですよ」。

 

■岩間さんによると、アーチストたちは、なにも北京市政府の再開発計画に真っ向から反対しているわけではない。だがせめて、この記録的寒さの冬のさなかではなく、温かくなってからとか、代替地を用意するとか、そういう誠意ある対応を開発業者や家主企業に求めたいという。

 

■1月12日、二回目の展覧会が開かれたが、このときも身分が定かでない人間が複数乱入、展覧会を妨害。アーチストたちはスクラムをくんで作品を守ろうとするなど、現場は大騒ぎになった。

その後も展覧会の総監督である彫塑作家、張★(偉のにんべんを王に)のアトリエ備品が盗まれるなどの嫌がらせが続いている。

 

■岩間さんは「このままだと、みんな泣き寝入りになってしまう」と危機感を募らせている。張さんは何度も北京市当局に陳情にいっているが、対応はわりと丁重ながら、現実的に何かアクションをおこしてくれるわけではない。取り壊しは周辺からどんどん進んでいる。

 

 

■雲がくれしていた企業は今はみつかり、1月5日には企業の代理人とアーチストの弁護士が話し合いを始めているが、相手は金はない、と主張しているという。

 

■岩間さん「むこうが破産みたいな形でおわりなのかな。せめて市政府から開発業者に払われる立ち退き料金をこっちに回してもらえれば」

 

■岩間さんは家族もいるので、キュレーターの友人の世話で別の芸術区の部屋に移り住んでいるが、これ以上取り壊されないように、仲間のアーチストと交代で見張りに回っている。岩間さんは夏には帰国するが、もし正陽のアトリエが存続すれば、日中の芸術交流の場にできたのに、と残念がっている。

 

■五輪前までは、北京はアートバブルといわれるほど、作品の価格が値上がりし、アーチストも続々デビューし、世界中のキュレーターが集まるなどアジアの芸術の都になるや、という勢いがあった。そういう中で、本当なら立ち退き対象になっていた大山区789芸術区などの存続も決まった経緯がある。しかし、アートバブルがはじけた今、北京市政府も市民も芸術区に対する関心は薄れているようだ。ちなみに789は画廊やレストランばかりが増えて、本来の作品制作にふさわしい環境でなくなったため、周辺に正陽とか008とか新しい芸術区ができていったという。

 

■今回は当局VS芸術家という、70~80年代にあったようあむかしあったような闘争ではなく、あくまでオーナー企業・開発業者の契約上の問題で争っている。けれど、この騒動を機会に、北京市政府は北京に集まる芸術家が、北京にとって文化的財産であるという発想をもってほしいところだ。今回の一連の騒動と、それに抵抗する一連の展覧会は、経済の上海に対し、文化の北京というプライドをもう一度ゆり起したい願いも込められている。

(写真はあ

正陽芸術区のアトリエには、悪徳業者をやっつけろ、といった立ち退き抵抗のスローガンがペイントされていた。

 

 

 打ち壊された正陽芸術区のアトリエ

 

今回の展覧会の総監督もつとめる彫塑家の張★(王へんに偉のつくり)さん

 

芸術区強制立ち退きに抵抗する日本人アーチストの岩間賢さん。

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北京はグーグル撤退で、お通夜ムード?

2010/01/15 03:00

 

■ただいま。北京の友人宅に居候中です。自由の身になって、さっそくふらふら北京にきてしまいました。友人を訪ね歩きお年賀を渡したりしています。今回うかがえなくても、また2月にくるんで、そのときも年賀あるきしていると思います。待っててね。

 

■さて阪神大震災15年目のメモリアルを前に、ハイチ大地震が起き、多くの方が苦しんでいらしゃる状況に一番関心をよせるべき時なのでしょうが、さきにグーグル撤退について、ちょこっただけ、リポートします。

 

 

■いまさら書くのもあれですが、グーグル中国から撤退(するかも)宣言をしました。1月3日夕の突然のネット検閲解除や、11日の百度に対する「イランのサイバーアーミー」によるハッカー攻撃など、年明け早々、中国インターネットはなにやら、不穏な空気が流れているなあ、と思っていたやさきの事件であります。

 

 

中国グーグル本社の門の前には薔薇の花がささげられたり、お酒やろうそくがささげられたり、さよならグーグルといった手紙が置かれたり、なんかお通夜ムード?(というより、中国人独特の風刺諧謔というべきか)

 

 

■報道によるとグーグル天安門事件の写真がみることができる、とありますが、私はさきほど試してやはり何度やってもブロックされました。グーグル本社が発表した撤退理由のページのアクセスまでブロックされているよ(笑)。でもツイッター meyouにキャッシュからはいってアクセスすると(普段は見られないのに)なぜか見れたり、またブロックされたり、ネット検閲状況がなんか混乱しております。さっき、グーグルのサーチでグーグルといれたら、なんかブロックされたけど、たんに無線の調子がわるいだけ?

 

■さて、グーグルが撤退したい理由というのは、私も愛用しているgmailが、サイバー攻撃をうけたことだというふうに発表されています。gmailは、人権活動家や民主活動家が愛用しているフリーメールで、重要な文書の受け渡しとか捨てメールとして使われたりします。私がチベット族の友達と文通したりするのも、gmailです。何度も使うとマークされるので、数回使うと捨ててしまいます。

 

 

■彼らのアカウントにたいして、中国を発生源とする「高度に洗練され、グーグルの企業インフラをターゲットにした攻撃」がグーグル本社が昨年12月中ごろに探知したそうです。調査の結果、この攻撃の主要な目的が、中国の人権活動家のGmailアカウントを攻撃することにあったことが判明。さらにこの攻撃とは別に、米国中国、欧州の中国人権活動支援者のGmailユーザーのアカウントが、フィッシングやマルウェアなどの手法により定期的にアクセスされていた、そうな。

 

 

■これまで中国当局に屈したと批判されながらも、中国市場進出のために必死に検閲に協力し、頑張ってばくだいな金を投じても百度の一人勝ちに太刀打ちできないグーグルとしては、ここまで中国にコケにされればブチ切れるのも当然、かもしれません。「もう中国の検閲に加担するのはやだい!」とはっきりいってくれました。

 

■ちなみに、きょう昼にとあるブックカフェにいくと、人権派作家の王力雄氏ら08憲章メンバーがなんか熱心にグーグル問題について議論していました。声明とか発表する相談かな?グーグル撤退が、中国における人権活動や言論の自由にいかなる影響があるか、まだわかりませんが、皆様に興味がおありなら、ちょっと調べておきましょう。

 

■さて、14日の新京報グーグル撤退をどう報じているか。自分で文章を考えるのはしんどいので、きょうは新京報の報道内容を紹介しておくだけにします。

 

■(引用)毎年2億ドルの収益をほこるグーグル中国がおそらく閉じられる。グーグルオフィシャルブログによれば、「われわれは今後も中国の検閲を受け続けたくない。…中国側との協議が(検閲に加担しないという)合意に達しない場合、グーグル中国は閉じ、グーグル中国事務所も閉鎖せねばなるまい」という。

 

■(引用)首席法律顧問Drummond氏はブログで「この決定は米国本社によるもので、グーグル中国の在中国メンバーはこの決定には参与していない。…このさきいかなる難題が発生しても解決するよう責任はとります(社員や関連広告会社に対する補償はなんとかする)」としている。

 

■(引用)13日昼ごろから、ネットユーザーたちが続々と中関村のグーグル中国本社前で献花し、お通夜(儀式)のまねごとを行った。ガードマンは警備を強化し社員以外が本社建物の中に入らないよう徹底している。

 

 

■(引用)午後6時になると、ろうそくがともされ、グーグルの社名碑の上は紹興酒や鮮花でいっぱいになった。…グーグル中国が過去四年で得た売上は全世界のグーグル売上のわずか1~2パーセントだった。(中国市場の貢献度はひくかったのね)

 

■(引用)グーグル中国撤退決定後、グーグル中国社員の間に動揺が走っている。「グーグルの価値観とは全世界に先進的ネット技術を提供することだろう?まさか中国ユーザーを見捨てるのか?まさかわれわれ中国人社員を見捨てるのか?」

 

■(引用)百度、捜狗、騰訊、網易など中国の同業者たちは昨日、一様にこのニュースに対する論評をひかえた。しかし、内部では緊急会議をひらき、グーグル撤退後の市場争奪に備えた戦略を練っている。2009年グーグルの国内市場シェアは35.6%、百度には後れをとるものの、捜狗、捜捜などに比べればそのサーチ数は数十倍。

 

■(引用)ネット評論家の洪波氏は言う。「グーグル中国市場に形成した産業リンクは巨大で、撤退すれば、失われるビジネスは非常に多く、とくにグーグル中国の広告代理店への影響は大きい」「国内で多くの人がグーグルを使って海外での貿易セールスを行っており、アリババなど大口顧客が影響をうけるだろう」

13日のグーグルの株価は1・77%下落。

 

■(論評引用)

グーグルが撤退すれば、中国ネット市場は損害を被るだろう。

グーグルがいかにネットを革新させたか説明がつづき)…グーグル中国に進出して以来、中文ネットもポジティブな影響をうけてきた。百度がもっとも大きな受益者だ。米国投資者のグーグルに対する迷信があったからこそ、サーチエンジン市場の70パーセントをしめる百度がナスダックに上場したとき、株価が猛烈にあがり、400ドルの高値を維持している。…中国ネット業界の業態多様化がすすめられた。

 もしグーグルが撤退すれば、グーグルにとっても、中国ネット業界にとっても二重の損失だ。グーグルにしてみれば中国市場は年商2億ドル、全世界市場の1%にあたる利益を得られるだけでなく、中国市場はさらに潜在力を秘めている市場なのだ。…中国ネット業界にすれば、グーグルは重要な産業の模範を示し群狼効果を与えた。グーグルの存在によって中国ネット企業は常に前進せねばならないプレッシャーを受けてきた…。

 

 グーグルはまだ撤退するという最終決定を行っていない。…すべてIT関係者、業界監督者が最も注目する問題である。(以上、引用おわり)

 

■昨年から、中国はグリーンダム事件(国内で新規発売されるすべてのパソコンネットに検閲ソフト・グリーンダムの搭載を義務付けるお触れを出して、猛烈に反対をうけたのと技術不足で、そのお触れを撤回した事件)やらあり、ネット検閲の強化が図らる方向性が打ち出されていました。これは、中国ネット検閲を強化するだけでなく、でかい中国市場を中国企業が独占し、外資企業を追い出す作戦かと思いましたが、強く洗練された外資企業が入ってくることによって、中国企業も洗練されていくという効果はやはり、中国人も分かっているみたいですね。

 

 

新京報の論調では、やはりグーグル撤退は中国にとってもマイナスと観ているようです。さすがに、人権活動家のメールアカウントへの攻撃があった、みたなところまではかいてませんが。

グーグル側も中国政府という名指し批判はしてないので、ひょっとすると、和解の余地があるかもしれません。私の周りの人は「グーグルのメルアドとかつかえなくなるのかなあ」と不安がっています。正直、私も中国でグーグルが使えないとすごく不便。

でもそれでもグーグル、よくぞ言った、という気持ちの方が強いかな。これを機会に、中国が検閲をゆるめるとか、そういう甘い期待をする余地がまったくないのが、本当に残念です。

 

 

 

 

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偽の偽札と真の偽札と偽の真札と真の真札。

2010/01/03 16:43

 

■あけましておめでとうございます。大晦日から正月までは、賀状書きと実家の大掃除にあけくれ、3が日はほぼ10年ぶりに一族郎党が両親の実家にあつまりローカルなお正月を迎えていました。ところでその間、世界では中国ASEANFTAがスタートしましたね。32億人市場が登場し、人民元決済が急激に広がっていく雰囲気に。China13億のお客さまが所望すれば、そりゃ人民元決済も広がるでしょうよ。というわけで、これからは人民元をもっているヤツが勝ち組

 

■なら、虎の子退職金をいっそ、人民元に換金して中国工商銀行に全額定期預金しちゃいませんか、というアドバイスを先日うけました。人民元はユーロのような、アジア統一通貨になるんでしょうか。円やドルの資産は今のうちに人民元に換えておいた方がお得なんですかね。たしかに、私が北京勤務になったとき、全財産を人民元に換金して定期預金にでもすれば、いまごろかなり、増えていたと思います。でも、最近とあるコラムを読んで、やはり人民元に換金してなくてよかった、と思いました。

 

■松村テクノロジーの松村喜秀社長のコラム(http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20091204/199237/)です。

有名サイトなんで、読んだ方も多いでしょうが、あまりにもおもしろすぎるので、ここにアドレスをはっつけときます。

 

■松村テクノロジーというのは、世界最高水準の偽札鑑別機を作るメーカー。偽札鑑別技術は日本が世界最高水準なんですってよ。中国の偽札の量がとんでもない、というのは今にはじまった話ではないのですが、このコラムのキモは、偽の真札が中国に存在するということでしょう。

 

■なんじゃ、偽の真札というのは、とお思いのかた。中国には偽の偽札、真の偽札、偽の真札、真の真札の四種類の人民元がある、という噂ですのよ。

 

■松村社長は、おそらく中国様の体面をおもんぱかって、はっきりとは書いておられませんが、中国の本物の造幣局(?)で作られた偽札、つまり品質、価値ともに真札とかわりないけれど、中央銀行(人民銀行)が数量を把握していないお金がある可能性というのもあるわけです。今回、松村テクノロジーに持ち込まれた同じ製造番号の紙幣こそ、どう考えても、そうだろう、と誰もが内心思ったはず。でも、そうつっこめませんよね~。それは、当局が自国の製造紙幣の番号管理がぜんぜんできていないということになり、つまり経済の基本である通貨の信用が失墜する可能性につながるからです。本来なら、国家経済大パニックであります。

 

■ちなみに偽の偽札と真の偽札については、私が昔、北京春秋というコラムに書いたことがあります。もう、ネットサイトでは消えてなくなっているので、ここに再掲載。

 

[北京春秋 ニセ札天国] (2007年5月2日)

 いくらコピー王国、中国だとはいっても、携帯電話メールで堂々と「ニセ札売ります」の
宣伝が入ってくるのにはさすがにあきれてしまう。こんな事件が最近、あった。

出稼ぎ仕事の手配師2人が出稼ぎ農民らへの給料用にとニセ札を買うことにし、
安徽省のニセ札屋から20万元で100万元分のニセ札を買った。だが、帰って札束を
確認してみると、束の最初の数枚と最後の数枚だけが本モノのニセ札で、中は白紙。
途方にくれた2人が「20万元詐取された」と警察に届けたところ、2人ともお縄に…。
ニセのニセ札をつかまされたドジな悪人は笑えるにしても、銀行のATM(現金自動預払機
からもニセ札が出てくるとなれば笑いごとではすまない。

南方都市報によれば、広州市の農業銀行のATMで、男性が5000元を引き出したところ、
100元札20枚分のニセ札が出てきたので、銀行にかけ合ったところ、「ATMでニセ札が
出てくる可能性はゼロに近い」と取り換えに応じてくれなかった。ATMから偽札が
出てくるのは、私自身も体験ずみなので、男性には大いに同情したよ。

こんな状況で金融市場の国際化をうたう中国っていい度胸!?(福島香織

 

 

■偽の偽札というのは、どっからどうみても本物には見えない、これでは絶対に人はだませない粗悪品の偽札、あるいは白紙。真の偽札というのは、一見本物。慣れたひとがじっくりみれば偽札とわかるが、普通に市場で通し、ときには銀行のATMからもでてくる偽札。

 

■松村社長によると、市場の人民元の20%が偽札だそうですが、この場合20パーセントというのは、真の偽札のことだと思います。

 

■で、多くの中国人の間では、これ以外に偽の真札というのがある、というのが信じられていた。つまり本当に紙幣をつくる人がこっそり横流し用の紙幣をつくる。インク、紙、印刷技術とも本物だが、マネーサプライ量に含まれていない幻の札。なぜ、そんなことを考えるかというと、マンションの一室などでこっそり売られている格安のエルメスやプラダなどのブランド商品は、まさしく本物のブランド品を作っている工場を夜中や休日にこっそり稼働させてつくった、偽の真ブランド品だからだ、そうです。これは売っている人がそういってました。もっとも、品質は本物と変わらない、という趣旨のセールストークでいうわけですから、本当のことをいっているという保証もありませんが、そう信じられている。

 

■検品チェックをうけていないので、ブランドの製造番号は架空だったり二重番号だったりするがプロの鑑定者がみても、偽物と鑑別できない、そういうレベルの商品は確かにあります。いわゆるアウトレットと同じだが、要は本社側はその数量を把握していないそうです。ブランド品でも、そんなものを作ることができるのだから、紙幣だって、そういうものがあっても不思議じゃない、というんですね。

 

■ちなみに、中国人が言う面白い言い回しに、真の偽GDPと

偽の真GDPというのもあります。真の偽GDPというのは、いわゆる水増し報告。GDP増の実態がないけど数字上は水増しして報告する数字のごまかしです。一方、偽の真GDPというのは、橋をつくる、しかしその橋が手抜き工事で竣工後、すぐ落ちた。でまた建て直すが、その橋はあぶなくて使えない。するとGDPは数字上は橋をひとつつくるときより倍になりますが、橋を造ったことの意味はないに等しい。インフラの充実だとか国民生活の向上に結び付かない数字のマジックみたいなGDP

 

■というわけで、偽の真札の上に偽の真GDPの数字がのっている中国経済を数字上で判断するのは大変難しく、今後日本経済の牽引車としてどこまで信用し頼りにできるかは、やはりかなり注意深い観察と機敏な判断がもとめられるようです。もっとも、製造業の要である安い労働力がまだまだ底をついておらず、消費の主体となる中産階級が順調に増加していることを考えれば、世界の工場としても市場としても、力強いというのは確かでしょうが人民元が国際基軸通貨になる、というのはやはり、あと50年くらいかかるかなあ。

 

■さて年末の大掃除のときに、けっこう大量の人民元が出てきました。甥っ子や姪っ子のお年玉に使おとしたら、両親が本気で怒って反対しました。5年10年の中期では元高はまちがいないよ~、と私がいっても、こんなブログ書いてしまっているので、説得力がありません。

 

 

 

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成田空港でただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき④

2009/12/25 20:15

 

■メリークリスマスです。

しばらくパソコンのない世界にいっており、更新が滞っておりました。ごめんなさい。すでに記者ブログでもない拙ブログですが、やはりおいでになってくださるかたが結構いらっしゃる。感激です。

 

■さて、私はこれから奈良の実家に帰省しようと、荷物をパッキング中です。失業者らしく夜行バスで帰ります。でも夜行バスって寝ている間に移動できるから、お金だけでなくすごい時間の節約ですね。私の場合、中国の三段ベッド式の「濡れた子犬の臭い」でむせかえるような長距離バスで鍛えてますから、日本の夜行高速バスなんて、動くホテルに感じます。

 

■で出発の前に、さくっと更新しておきます。またか、とあきれられるかもしれませんが、成田空港に籠城中の馮正虎さんの話です。彼から、26日に成田空港でくばるビラを翻訳してくれ、でもってブログでも掲載してくれ、と頼まれたので、最近の馮正虎さんの写真とともにご紹介します。

 

■22年度予算の決定、あるいは鳩山政権存続の危機(?)という国家的重大局面において、日本人にとってはどうでもいいネタかもしれません。ですが、友人が国家の事情でクリスマスもお正月も家族と一緒に過ごせない、と思うと、個人的にはそちらの方が胸がいたいんですよね。

 

■そりゃ日本に入国すればいいじゃない、と思われるかもしれませんけれど、入国しても妻子と母親が待つ祖国に帰れないという点は変わりません。彼が帰国できない理由が、彼の人権活動が上海万博の邪魔になるから(?)とか、そういう理由だったりすると、本当に憂鬱な気持ちになります(理由ははっきり説明されていない)。しかも、現政権はそんな国に身も心もささげんばかり。中国との関係はもちろん重視すべきですが、やはり、見過ごせない点は見過ごせない、いってほしいものです。というわけで今年のクリスマスは、天下国家ではなく、隣人の小さな幸せを祈ることにします。

 

■26日発表(予定)のビラ。(原文は中国語)

 

東京の空港でがんばっている中国公民・馮正虎さんについて:

 

中国の人権活動家、馮正虎さんは中国当局に8回にわたって帰国拒否にあい、2009年11月4日から日本の東京成田交際空港第1ターミナル南ウイングの入国審査ロビーでで寝泊まりし、12月26日で53日目を数えます。毎日、服をきたまま長椅子の上で眠り、50日余りもの間、風呂にもはいらず、最初の数日は食べるものさえなく、ただ水をのんで命をつないでいました。現在は日本に入国する中国大陸、香港、台湾の人々および海外華人や外国の友人たちが空輸で運んでくれる食品および義捐金に頼っています。彼は、すでに母国に帰ることのできない中国公民であり、まるでハリウッド映画「ターミナル」リアル版さながらの悲劇の人物となってしまいました。

 

 馮正虎さんは中国人民共和国のパスポート(G33406155)をもち、上海市に戸籍もあります。 2009年4月1日に合法的に出国して日本でしばらく休養したのち、6月7日に帰国しようとしたところ、上海浦東空港の警察によって入国を阻止され、以降7回連続で違法に入国を阻止されました。

8回の帰国妨害に関して、上海の関係部門(入国管理部門)はなんの書面による説明もなく、なんの法的根拠も、理由も示していません。ただ、上層部の口頭による命令があるだけなのです。上層部の一言で、中国公民は母国に帰ることができない、ということなのです。

 

馮正虎さんは、これまで中国憲法など法律を順守し、国家政権を転覆させるような言動はしたことがありません。しかしなぜ上海当局は、彼の母国への帰国を阻むのでしょうか?なぜなら、彼は中国で人権活動に従事し、権利を侵害された市民のために法的支援を行い、社会的弱者を助け、中国の司法の不公平さへの批判をたくさん行い、上海地域の官僚らの人権侵害を暴く文章を発表してきたからです。

 

さらに重大な問題は、2009年11月3日、馮正虎さんが8回目に帰国を試みて上海浦東空港に到着したとき、上海警察と日本の全日空上海支店の職員が翌日、暴力的手段によって、強制的に日本行の飛行機に搭乗させ、日本に『拉致』されてきた、ということです。だから、馮正虎さんは日本入国を拒否し、中国人の尊厳を堅持し、上海当局の人権侵害に対する抗議を続けて、中国政府が公民を保護する責任を履行して、彼を帰国させることを要求しているのです。

 

馮正虎さんの唯一の要求は帰国し故郷に戻ることです。彼はすでに日本のビジネスビザを放棄する声明を発表しました。国連難民高等弁務官事務所が彼に国連難民資格を申請するよう働きかけたとき、彼は丁寧に断りました。彼はこう答えました。「私には自分の国家があります。中国は私の祖国です。私は中国の知識分子であり、中国に対しても責任があります。いま、私に必要なのは帰国することです。これは、中国人の最も基本的な人権です。中国当局が中国国民を帰国させないのは、国連憲章、国際人権条約に違反するだけでなく、中国憲法にも違反します。中国では、たくさんたくさん苦難があることは知っていますが、私はやはり中国にとどまりたいのです。」

 

馮正虎さんの祖国への忠誠と、なんとしても帰国権を勝ちとろうとする不屈の精神は国内の人々、海外華人、そして全世界の外国人の尊敬を得ています。中国人であれ、米国人であれ、カナダ、ドイツ、日本人、その他の国家の人も、宗教信仰、政治派閥、肌の色や人種の違いをこえて、みんながともに人類愛を発揮して、この困難に陥っている中国人に愛と関心と援助を与えているのです。

 

一方で、中国政府は何をしているのでしょうか。過去8回、一人の優秀な中国国民を無情にも中国の門前で拒絶し、現在にいたるまで、日本の国の門前で恥を忍んで肉体的にも苦痛に耐えている中国国民になんの関心も払わないのです。

 

馮正虎さんが帰国できずに日本で野宿している事件は世界を驚愕させました。米国英国フランスドイツ、日本、オーストラリアスペインなど多くの国の主要な新聞、テレビ局が取材し報道しました。全世界のインターネットで、これぞ中国人の悲哀だと伝わりました。中国国内の民衆、海外華人の間でかつてないほどの怒りの声があがり、これは中国人にとって国の恥だと言っています。中国当局はこの事件の広がりに対し国内で統制を開始していますが、ネット統制を突破できるプロキシソフトなどをつかって、ますます多くの中国国内の人々が馮正虎さんの帰国に関する悲惨な物語を知るようになっています。

 

馮正虎帰国にまつわる悲惨な物語について、全世界の人々はみな、なぜ自国民を帰国させられないのか、不思議に思っています。たとえ犯罪を犯していたとしても、捕まえて帰国させ裁判を受けさせるべきでしょう中国は責任ある大国になろうとするなら、まず自国民に対する責任を負い、馮正虎さんを帰国させなければなりません。中国政府が各国の人々や海外華人の中国観光と上海万博の参観を歓迎するなら、自国の上海市民の帰国を拒絶すべきではありません。

 

 あなたにお願いです。中国公民・馮正虎さんが帰国し家に戻れるようにいろんな方法で声援を送り支持してください。馮正虎さんと上海に残る妻子と90歳を過ぎた母親が一日も早く家族のだんらんを持てるように。

 

                           2009年12月26日

 

 

 

(以上、翻訳は福島)

 

 

 

 

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南京陥落の日に南京映画をみた

2009/12/14 14:53

 

■13日、世田谷区の区民会館ホールで、南京・史実を守る映画祭というのが催されていて、ちょうど時間もあったので、観にいった。1937年12月13日というのが、旧日本軍が南京市を陥落させた日、つまりいわゆる「南京メモリアルデー」である。

というわけで今回のエントリーは南京映画と歴史観についてである。

 

■南京映画を観て考えた

自虐史観は日本人的美意識?

 

 

 

■映画と映画の間に一水会最高顧問の鈴木邦夫(男?ちらしには夫という字で書かれていたけど)氏と「引き裂かれた記憶」を撮影した武田倫和監督をゲストにまねいたシンポジウムが行われた。

 

 

■へぇ~、右翼と左翼の討論があるのか、とシンポジウムに一番興味をひかれていったのだが、鈴木氏は普通の右翼ではなくて「進歩的右翼」(主催者いわく)だったので、期待したほどにはがちんこ対決というふうにならなかった。残念。右翼も左翼も表現の自由は認めなきゃいけないね、映画を見る前に批判するなんておかしいね、という当たり前のところで意見が一致してまるく終わってしまった。

 

 

■この映画祭は、いわゆる南京映画はどうして日本で上映されないのか、それは右翼が妨害するからだ、そういう表現の自由を奪う行為は許せない、そういう暴力的なやりかたでの歴史の改ざんに抵抗するために有志で上映会するぞ、という趣旨で催されている。

 

 

■産経新聞と週刊新潮が南京映画がどこそこで上映されるぞ、けしからんみたいな記事を書くと、それを見て右翼の人が妨害にいくそうで、週刊金曜日に上映予告が書かれたぐらいでは右翼の人は気がつかない、という鈴木氏の発言には苦笑いしてしまった。今回の映画祭は結構ひろく事前告知されていたので、開幕直前には右翼の人が来たそうだが、警察が警備しているのをみて帰ったそうだ。

 

■もっとも私は、商業映画館がこれら南京映画を上映しないのは、商業的に採算取れないからじゃないかなと思う。はっきりいって、

南京映画はいまひとつ出来がよくないものが多いのだ。今回上映された「南京」(ビル・グッテンタグ監督)「アイリス・チャン」(ビル・スパヒック、アン・ピック監督)「南京・引き裂かれた記憶」「チルドレン・オブ・ホァンシー」(ロジャー・スポティスウッド監督)の四本のうち、私が金を払って見るに値すると思うのは「南京・引き裂かれた記憶」の一本だけだと思う。

 

 

■「引き裂かれた記憶」はおそらく、これら作品のなかで一番素人くさいドキュメンタリーである。しかし、今回の上映作の中でゆいいつ当事者の片方である日本人が撮った作品でもある。作品自体は、旧日本軍兵士の証言と、南京で当時家族が殺されたり強姦された被害者の証言を、ただ何の工夫もなく撮影し交互に編集しただけでだが、はっきりいって、アイリス・チャンに似た人が主演する何ちゃってドキュメンタリー風カナダ映画「アイリス・チャン」よりも、よっぽど重く力があった。渋谷アップリンク(03・6825・5502)でまだ上映中らしいから、興味がある人はどうぞ。ただし、観たあと気分が落ち込むのは必至だ。

 

 

■思うに、1979年生まれの若い武田監督の制作動機が一番ピュアだからだろう。武田監督は、祖父が中国の戦線で戦った旧日本軍兵士で、「普段おとなしい人柄の祖父が酒をのむと暴れて『中国人の亡霊が襲ってくる』というようなことを叫んでいた」という。結局、その祖父は戦争体験を人に語ることなくこの世をさったが、武田さんはだからこそ、祖父と同様の経験を持つ人の話を聞きたいと思った。

 

 

■もともとドキュメンタリー映画をつくるという意識もせずに、ただ松岡環氏の証言者インタビューの映像記録を集めるつもりで撮り始めたらしい。あとで日本兵士側と中国人側の証言が偶然にも一致したものを取り上げて編集したようだ。若い女子学生を強姦したことについて「苦しいことも多かったが、いい思いもした」(セリフはうろ覚え)と懐かしむような顔で証言する旧日本軍兵士の表情も、へたな演出より強烈なインパクトを与えていた。この7人の旧日本軍兵士と6人の中国人被害者の証言一致という偶然性、そして証言者(特に旧日本軍兵士)の打ち解けてインタビューに答える表情の撮影に成功したのは、10年におよぶ旧日本軍兵士側250人以上、中国人被害者300人以上のインタビューという膨大な労力があるからだろう。そういう情熱に対しては、私は主義主張をこえて条件反射的にすごいと敬意を払ってしまう。

 

 

■さて、シンポでは言論・表現の自由は右翼左翼とも大事にせねばならない、という部分が大テーマであって、これにはまったく同意見だ。だが、鈴木氏が「日本はすばらしい国だといばるより、少々自虐的であった方がいいと思う」というような発言をしていたのは疑問が残った。本当は、ここの部分を第一テーマにしてほしかったな。歴史観は自虐的な方が、国益にかなっているのかどうか。

 

 

 

■世間ではしばしば、歴史の真実、という言葉を使うが、実は私はこの言葉はすごく都合がいいものだと思っている。私自身は、南京事件は幻だったというつもりはまったくない。虐殺はあっただろうと思っている。大きな根拠のひとつは、私自身が、大阪本社文化部記者だった1994年のゴールデンウィーク、南京陥落の日に現場にいた旧日本軍兵士を取材したことがあるからだ。いや取材というより偶然出会って話を聞いただけだ。

 

 

■私の父は、幼いころネエヤにお守りされていたおぼっちゃんで、そのネエヤは、父のおそらく初恋の人だった。戦争で生き別れになったそのネエヤの居所が偶然わかり、私は父の初恋の人みたさに、探偵ナイトスクープののりで、吉野の山奥の農家に嫁いだネエヤを訪ねていったのである。ところがネエヤ夫婦といろいろ話をしていると、ご主人が南京戦に工兵として加わった旧日本軍兵士であることがわかった。

 

■南京にいっとりました、という話をきいて、おもわず、こちらから南京で大虐殺があったのは本当ですか?と質問したとき、下関の捕虜に対する機銃掃射の話を聞いた。揚子江のふちに捕虜を追いやり機銃掃射で河に次々、撃ち落としたという。河の水は血で真っ赤になり、河岸から幅数メートルのところの水面は遺体でぎっしり埋めつくされていた。そのあと、その遺体の浮いた河の水をくんで、メシを炊いた。炊きあがって鍋のふたをあけると、メシ(たぶん雑穀)が銀シャリに変わっている。うぉお、銀シャリになってるぞ!と思って喜んで目を近づけてみると、それは全部ウジだった…。というような話をきいた。

 

 

■なんの罪悪感もないように、笑いながら、水路に泳いで逃げ込んだ「チャンコロ」の頭めがけて石を投げた話などをするので、そのうち、そばに座っていたネエヤが聞くに耐えないという顔をして、夫の膝を打った。そこで、南京の話は終わりになった。そのとき以来、私は旧日本軍が南京戦において捕虜の大量虐殺を行ったというのは事実だろうと思っている。

 

 

■一方、北京勤務時代に私は中国共産党の宣伝工作というものも、いろんな機会で見知った。南京事件の証言に使われている写真の多くがフェイク写真であるというのは、おそらくそうだろうと思う。実際、今も中央宣伝部の指導によるフェイク写真やフェイク報道フィルムらしきものは相当あり、いくつかはそれがフェイクであることを関係者に聞いたこともある。南京事件の犠牲者30万人という数字について中国人学者の中でも疑問を持っている人はいる。学者やナショナリストの中には、中国共産党が人民の犠牲を悼むより、南京事件を含む日中戦争の歴史を外交カードとしてしか考えていないことに憤りを感じている人もいる。

 

 

■陸川監督の最新の南京映画「南京!南京!」で冒頭部分に国民党軍の奮戦ぶりを描き、国民党軍も一応南京市民を守ろうとしたんだというエクスキューズの描写をあえて入れているが、国民党軍にはたして南京市民を守るという意識があったかどうかを論じるのは、中台関係が好転した今となってはタブーの話題だという。南京虐殺まぼろし派が言うように国民党軍兵士がわざと放火したり略奪しながら逃亡したという事実があるかどうかは知らないが、すくなくとも便衣兵という形で市民の中にもぐりこむ、つまり非戦闘員を盾にするという戦争ルール違反をやっていた。

 

 

■しかも南京の守備責任をまかされていた司令官の唐智生将軍が南京死守命令だけ出して、自分はすたこら先に逃げていたので、命令系統はずたずただったという。南京市に攻め込んできた日本軍は上海戦で徹底抗戦にあって冷静さを失っていたといわれる。兵站も整わないうちに追撃に追撃をかさねるという戦略的にありえない無茶な戦をして南京まできたのだから、南京を陥落させた瞬間一斉に軍規のたがが外れたという考え方もある。そう考えると、南京攻略戦というのは、日中ともにルールもへったくれもない戦争の在り方としては最低最悪の状況であったかもしれない。

 

 

■つまり、旧日本軍がハーグ陸戦条約といったいわゆる戦争のルールを逸脱する行為を行い、それは大量虐殺とよぶべきであったという意見も、「南京大虐殺」がある時点から中国共産党の政治宣伝、外交の道具として利用されるようになり、それにともない表現に虚構や誇大が加えられているという意見も、ともに歴史の真実の一面を示すものかもしれない。

 

■しかも、当時の中国における戦争の在り方というのは、日本軍に限らず国民党軍側も無茶苦茶で、1938年の黄河(花園口)決壊作戦のように日本軍の進軍を阻止するために堤防を決壊させて、村々を水没させ農民数十万人の犠牲を出すこともいとわなかった例もある。そういう状況で数万規模の虐殺は南京にかぎらず、けっこうあって、中国側も当初はとくに大事件という意識はなかったかもしれない。だから調査や記録がちゃんとできておらず、今に至るまで、事件のディティールで論争がおきている。だいたい捕虜の大量処刑があったのなら、その捕虜の名簿が国民党軍側資料にのこっているべきだろう。それがないって、すごいずさんさな軍隊だったんだな。中国人が靖国神社にいって、特攻隊の顔と名前と生没年がきっちり残されていることに、ある種の感動を覚えるというのも、わかる気がする。

 

 

■ちなみに河南省の一部の村では、大飢饉にもかかわらず容赦ない徴発をし農民を苦しめた国民党軍への怨念をくすぶらせ、旧日本軍に対してはむしろ農民を助けてくれた、食糧をわけてくれた、生まれて初めて食べたアメは日本兵がくれた、といったよい印象の証言があるそうだ。私が直接聞いたわけではないが、作家・劉振雲さんをインタビューしたとき、彼が現地でそういう証言を多く聞いてきたと話してくれた。

 

 

■歴史の真実というのは一つではない。勝者の歴史が一般に正史といわれるが敗者の歴史もひとつの表にはでない真実だろう。それとは別に個人個人の体験に基づく記憶の歴史がある。南京の大虐殺は日本人の本性が悪鬼畜生であったゆえに発生し、長崎・広島への原爆投下は早期戦争終結のために必要だった、とするのは勝者の歴史だろう。だが、それに異論を唱えたい敗者の歴史もひそかに存在する。個人の記憶の歴史も、ほんの一年のタイムラグ、揚子江河畔と黄河河畔という土地の差があるだけで、一方には旧日本軍の残虐非道を歴史の記憶として胸に刻み、一方には旧日本軍は水没する村から自分を救助してくれた命の恩人という記憶が残っている、というように多様だ。

 

■しかし、そういう多面的な歴史のどういう部分を国家レベルで強調するかは、もう歴史の真実うんぬんではなく、外交テクニックの問題として考えるべき部分が大きくなってくるだろう。建前では歴史の真実と言い続けるべきだとしても。

 

■日本人は謝っている人間に対して、それ以上強く言えない性分の人が多いせいか、どこかに謝ってしまえば許される、それ終わり、という感覚がある。反省することが美徳という感性は、反省して謝罪すれば過去を洗い流して新しい関係を始められるという思いがあるからではないだろうか。

 

■しかし、現実の交渉の多くにおいて、反省や謝罪はマイナスに働く。特に国の外交は、相手の弱みにつけこんで自分を有利にもっていくことに双方が力を尽くすのであり、その本質は硝煙のない戦争といわれるのだから、国家として謝罪するというのは戦争で負けるのと同等くらいに考えた方がいいんじゃないか。戦争も外交も逃げてもいいけど、負けたらこまる。反省は、次に矛先を交えるときに同じ失敗を繰り返さないために行うもので、相手に弱みを見せることとは違うはずだ。

 

 

■日本はかつて戦争にまけ、戦争責任者を処刑し、敗戦国という立場で勝者の歴史、勝者の論理に従ってきた。戦後60年以上たって、ようやく敗者の歴史も言い始めていいかな、という感じで「新しい歴史教科書」のような運動も起き始めたが、それはまだ主流ではない。日本人の多くはやはり鈴木氏のように「いばるより、少々自虐的な方がいい」という感覚だと思う。そういう感覚は、ある種の日本人の美意識として同感の部分もあるが、同時に日本人はまだ負けることに懲りていないのだ、とも思った。つまりあの戦争の戦後60年は日本人にとってさほどつらく厳しく屈辱的なものではなかったのだ。アメリカさまさまだね。

 

■もし、戦後統治を行ったのが旧ソ連か中国で、国民みなが長きにわたって辛酸を嘗めつくしていたら、自分たちがアジアを侵略した歴史より、原爆実験を国内の二つの都市で行われた記憶の歴史の方が強烈に残っているだろうし、自虐的反省より二度と戦争(外交)に負けるまいという思いの方が強かったのではないか。中国の外交姿勢にしばしば絶対負けてなるものかという気迫を感じるのは、中国自体が第二次大戦の勝者の記憶より、列強に侵略されもてあそばれた敗者としての屈辱の記憶の方が強いからだと思う。

 

中国は、だからあらゆる方面で自国が国際社会で優位にたてるように戦略を考えている。日本で上映されることが決まった陸川監督の最新作「南京!南京!」なども一種の国際社会に対する情報戦だと、私は見ている。自国に有利な日中間の歴史認識を国際社会に広めるのは対日外交戦略としては大きいプラス作用が見込めるはずだ。

 

■私は自分が、南京攻略戦の現場にいた旧日本軍兵士の目撃証言を聞けばショックを受けるし、それを語る表情に罪悪感がみじんも浮かばねば嫌悪を感じる。被害者の子孫の中国人から私の祖母はこういう目にあったのだ、と聞けば、私自身が罪悪感を感じ、恥いってしまう。個人の記憶の歴史に対面したときに生じるもろもろの感情を素直に表現することは、人間として守られるべき自由であり誰に阻止されるものでもない。武田監督のドキュメンタリー映画に心を揺さぶられるのも、彼の撮った作品が個人的な動機から始まり、個人的な目線で歴史を問う姿勢を崩していないからだろう。でもこれが、国家の歴史観といった大仰な視点で描かれたものであったら私は受け入れられただろうか?

 

 

■もし国家として歴史を語るとしたら一部の証言をとりあげて、日本人は中国にこんな悪いことをしました、申し訳ありませんでした、という一言で自国の立場を言い表していいものか、と思う。もちろん面と向かって日本は悪くないやい!といえば、それは相手国の感情を害するし、日本は過去の歴史を反省していない、というお決まりの言葉で国際社会から非難される。それをさけつつ、うまく日本に有利な歴史観、あるいは外交的立ち位置というのを形成するのが文化発信という名の情報戦略だと思うが、どうだろう。

 

 

アメリカはハリウッド映画などの文化発信、情報戦略で、アメリカの正義、自由、民主というイメージを国際社会に根付かせてきた。それを今、学ぼうとしているのが中国だ。中国映画に非常に詳しい水野衛子氏は近日発売のキネマ旬報「中華電影完全データブック」で「中国が次のハリウッドになる可能性」で言及しているそうだ。そういや、NHKもそんな特集してたね。これには反論も聞いているので、いつか改めてまとめよう。

 

■というわけで、国家としての歴史認識が「いばるより自虐的な方がいい」というのとは違うのではないかと思う。それは外交という戦争に戦わずして負けるようなものではないか。しかも、今後の「硝煙のない戦争」で戦勝国になるかもしれない国は、かつてのアメリカにように甘い統治をしてくれるとは限らない。彼らはかつて日本に侵略されレイプされたという記憶を持ちつづけているかもしれないのだから。

 

■南京映画が国内でも上映されればいいと、私が思うのは、たんなる表現の自由の問題だけでなく、これら映画を見れば、日中が国家として真の友人になれるという甘い幻想が吹っ飛ぶだろうという点だ。いろんな意味で、有意義な映画祭だった。

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