会費1500円(事前申込の女性・学生 1000円)だそうです。
100席(に増えた)もあるので、埋まるか心配で、恥ずかしながら宣伝です。
会費1500円(事前申込の女性・学生 1000円)だそうです。
100席(に増えた)もあるので、埋まるか心配で、恥ずかしながら宣伝です。
突然ですが、シアターテレビジョンの宮脇淳子先生の番組「世界史はモンゴル帝国から始まった シーズン2」に出演しました。
主に本の紹介です。
その放送時刻をお知らせします。テレビ映りが大変悪いので(実物はもう少しましだといいたい)、お恥ずかしいのですが、
よろしければご笑覧ください。
■ウェブ配信:シアター・テレビジョン 無料ネットテレビ「ピラニアTV」http://www.pirania.tv
■放送:スカイパーフェクTV! 262ch 「シアター・テレビジョン」
■番組に関するお問合せ:シアター・テレビジョン03-5114-8886(平日10時~18時)
■チャンネルURL:http://www.theatertv.co.jp
■番組名:世界史はモンゴル帝国から始まった シーズン2(各30分番組)
【放送日 放送時刻】
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放送日 |
放送時刻 |
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06月07日 |
14:15 |
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06月11日 |
11:15 |
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06月14日 |
12:55 |
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06月19日 |
10:30 |
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06月21日 |
20:00 |
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06月26日 |
21:25 |
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06月28日 |
23:30 |
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放送日 |
放送時刻 |
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06月03日 |
15:05 24:15 |
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06月05日 |
10:15 |
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06月07日 |
22:00 |
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06月12日 |
19:05 |
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06月14日 |
19:30 |
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06月21日 |
11:50 |
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06月25日 |
12:15 |
|
06月28日 |
11:15 |
■ごぶさたしております。福島香織です。本当はこのブログにログインするのに、ものすごく勇気がいりました。親不孝をして家を飛び出した娘が、ん十年ぶりに実家にかえってきたものの、敷居が高くて玄関を開けられない、みたいな。
■でも、こんな不良娘(もう娘という年齢ではないが)でも、まだ帰ってきていないのかな、と気にかけていてくれる方が2000人以上もいらっしゃると知って、ちょっと目頭が熱くなってきました。
■ブログを更新していない間、私が何をやっていたかといいますと、まず「失業者」を卒業いたしました。昨年の11月までは、私はパソナさまに再就職支援していただきながら、就職の道を模索しつつ、失業保険もちゃっかり戴いておりましたが、肝心の就活はどこにいってもと丁寧にお断りされてしまいました。中には「え、福島さんを雇用すると公安に睨まれるんじゃないの」とおびえる方も。冗談ですが。たぶん、冗談です。
■で、、失業保険を切れたのを機に、じゃあ、フリージャーナリストになってみるか、どっちにしても取材して原稿書くくらいしか特技ないし、と決意し、今年から自称「フリージャーナリスト」を名乗ることにしました。で、ジャーナリストを名乗るなら著書ぐらいないと困るやろう、ということでこのたび『潜入ルポ 中国の女 エイズ売春婦から大富豪まで』(文藝春秋刊)を上梓いたしました。
表紙も私が撮影した写真です。
■どんな本かというと、半分以上が北京特派員時代に取材した「中国の女」たちのショートストーリィであります。
第一生は河南省エイズ村にお忍びで言ったときにであった、農村の女たち、エイズベイビー、売春婦、女衒たちの物語。農村の底辺の女たちの話です。
第二章は地方から夢をもって北京に出稼ぎにきた女性たち。でもやはり都会の低層に吹き溜まってしまう水商売の女たち、セクハラやレイプ、過重労働など厳しい環境で働く出稼ぎ娘、地方の偏見に耐えられず大都会にきたレズビアン、そういった人たちの横顔です。
第三章は女傑たち。中国のおしんと呼ばれた張茵や、重い下肢障害で小中高と行かせてもらえなかったのに、絵の才能を開花させ、日本に留学して漫画家になった胡蓉や、安全部の訊問に耐え抜いた女性人権擁護活動家、マギー・ホウや、チベット女流作家のツェリン・オーセルさんといった強い女性のインタビュー。
第四章は文革世代の女流知識人と80后の女流作家の意識などを比較して書いてみました。
■この出版に会わせて、ニコニコ動画でインタビューなんかにも答えてますんで、よかったらみてね。(笑うなよ~)
■で、実はもう一冊あるんです。フリージャーナリストを名乗るなら、せめて著書は2冊くらいないといかんやろう、と思って今年1月に急いで書きました。扶桑社新書『中国のマスゴミ ジャーナリズムの挫折と目覚め』。これは3月1日ごろに書店に並びます。
■マスコミにいた人が、たとえ中国相手でも「マスゴミ」って呼ぶのどうよ?とお怒りになられた方、とりあえず読んでいただければ、なぜこのような不届きなタイトルがついたのかもご理解いただけるかと。編集を担当してくださったOさんは、最初笑いながら読んだけど、最後は泣けた(たぶん感動で)とおっしゃってくださいました。中国の報道環境を紹介しつつ日本のマスコミの状況を顧みる本であります。
■ちなみにこの本は1月に2週間北京に行って取材し10日で書きあげた特急仕上げ本です。そんなあわてて書いていい本できるのかよ、と思われるかもしれませんが、それだけ喫緊の話も入っているので、新鮮さと勢いには自信があります。というか、これで自信つきました。原稿用紙300枚くらいなら1週間あれば書けるんだな、と。Oさん、厳しい締め切り設定ありがとうございます。
■いずれにしても、ジャーナリストを自称する以上、これからも本を出していかねばならないと思うのですが、なにぶんこの出版不況のおり、最初の本が売れないと次の企画が通りません。1000冊でも裁断機にかかるようであれば、もう二度と紀尾井町にも浜松町にも足を踏み入れられないと思います。一回くらいは重版にならないと。
■というわけで、本買ってやってください。久しぶりに実家に帰ってきたら、金の無心だった、というまるで不良娘(もはや娘でない)のまんまの言い草で本当に恐縮です。
■ちなみに目下、私がどんなことをやっているかといいますと。
とりあえず日経ビジネスオンラインさんのところで連載やっています。これもページビューが少ないと、連載きられるみたいです。読んでやってください。http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110118/218009/
■今週発売の週刊文春のグラビア記事の構成もしました。
友人のスペイン人ジャーナリスト、ヘリベルト・アラウージョ君のインタビュー「中国が世界を喰い尽す」です。
■あと、金美齢さんの主宰する「美齢塾」のお手伝いなんかもときどきしています。
■あと、辞書つくるの手伝ったり、雑誌の記事かいたり、翻訳手伝ったり、なんかフリージャーナリストというよりアルバイターみたいな感じで生活費稼いでます。取りあえず、一カ月から二カ月に一度は中国とか台湾とか行って取材もしています。取材して本書いて生きていけるようになるべく奮闘中です。
■そのうち、ちゃんとメルマガとかブログ運営とかきちんとやろうと思っていますが、もうちょっと準備にかかりそう。ここにも、もう少し頻繁に帰ってくるようにします。普段、こいつどんなことやってんのかな、と思われる方、Twitterの方ものぞいてやってください。一日一回くらいは呟いています。
http://twitter.com/で@kaokaokaokaoをフォローしてやってください。
■それでは、今後とも生温かく見守ってやってください。とりあえず、きちんとご飯は食べられています。
■1989年の天安門事件のときの学生指導者のひとり、ウーアルカイシさんが、天安門事件21周年の4日、東京の中国大使館に侵入しようとして、日本の警察に建造物侵入で現行犯逮捕された。結局不起訴処分になったけれど。このニュースを聞いて、日本の人は何を感じただろうか。天安門事件の記憶が風化するなか、体を張ったパフォーマンスと思った?あるいは、馮正虎さんの事件を思い出して、民主活動家がまた日本でトラブルを起こしたと思った?あるいはウーアルカイシってだれよ?とか。
■ウーアルカイシさんはウイグル族なので、正しい名前の発音はウルケシ。しかし、中国語で会話すると呼びかけはウーアルカイシさん、となるので、そのまま慣れている方で呼ばせていただく。本人はどっちでもいいそうだ。
■天安門事件当時は、まだ面影に幼さなさものこる青年で、ハンストで倒れて担ぎこまれた先で李鵬首相と会見した話とかは、日本でも報道されたから、ああ、あの人と、当時のニュースに関心をもっていた人は思いだすだろう。そういう人は、ウーアルカイシ、肥ったなあ、と思ったかもしれない。
■私はというと、彼が逮捕後、「劉暁波と一緒に監獄にはいりたい」「高齢の父母にどうしてもあいたい」と警察に語ったときいて、天安門事件の亡命学生指導者たちの心の奥底の悔恨と望郷の念にふれた気がした。彼は6月4日の鎮圧後、香港経由でフランスに亡命、曲折をへて、台湾にわたった。「反革命宣伝扇動罪」で指名手配を受けている。
■いまは中華民国籍を取得し、台湾人の奥さんもいる。ファンドマネージャーとして、政治評論家とし成功も収めている。民主化運動の闘志としての尊敬も得ている。その彼が今の暮らしをすてて、劉暁波さんと一緒に収監されたい、祖国の両親に会いたいと切に願っている、というのだ。
■ウーアルカイシさんが逮捕後に弁護士を通じて発表したメッセージ全文はこうだ。
■「私は、現在の中国情勢について、悲しく感じる。
原因は、中国政府が歴史と向き合わず、将来に向き合う気持ちもないことである。
中国市民も麻痺しているように見え、そのことも悲しく感じる。しかし、実は中国市民はそれほど麻痺しているわけではない。
劉暁波やフォン正虎などの維権人士や、数千数万のネット上で活動する人々は、中国政府の圧力に対して怖い気持ちはあるものの、それぞれの小さな力を尽くしている。
私たちは怖がる必要はない
今日私が中国大使館に乗り込んだということを、劉暁波にも知らせたい。本当は、私も彼と一緒に収監してほしいのだ。
村上春樹は、イスラエルの文学賞を受けた。スピーチで「二つの選択がある。すごく大きい壁と、壁にぶつかる卵とがある。どちらを選ぶかと言えば、私は卵の立場に立つ」というようなことを村上は言った。
私は、今日(東京で行われた天安門事件祈念)集会に行かれないが、私は卵として壁にぶつかろうとしているのだ
私が、今日収監された状態で送りたいメッセージは、「大きい壁を破る卵は、いつでも産まれてくる」ということだ。
皆さんに対するメッセージは、以下のとおりである
――強く生きること、そして、落ち込まないこと――」
■彼は逮捕前に共同通信にこう語っている。
■「帰って、裁判の過程で身の潔白を証明したい。また父母が高齢で、私が亡命してからあっていない。ものすごく会いたい。」
■この流浪の学生指導者にもっと話を聞きたい、と思っていたところ、7日に有楽町の外国人記者クラブのバーにいるから、会えるよと教えてもらったので、行ったのだった。結果からいうと、サシで会話できる時間はなくて、台湾記者の会見にまぜてもらった(しかも途中から)だけだった。でも、たぶん公式メディアで報道されているより、深いことが分かると思う。逐語訳じゃないし、ひょっとして意味を取り違えているところもあるかもしれないけれど、しかし言葉の端々から彼の望郷と悔恨と闘志が伝わってくるのではないだろうか。
■高齢の両親に今一度会いたい
流浪の学生指導者の望郷、闘志、悔恨…
日本の警察ってこういうときだけ優秀すぎる!
■ウーアルカイシ氏釈放後の記者会見(台湾メディア用 6月7日@有楽町の外国人記者クラブ、ところどころはしょってます)
■両親にあえるなら、投獄されてもいい
ウーアルカイシ:私はなんとか父母を国外から出そうといろいろ方法ためした。去年、中国政府に父母を国外にだすよう懇願したが、だめだった。それで去年から、むしろ私が中国に帰ろうと決意しました。去年マカオから入国しようとして失敗して台湾に飛行機で送還されて、台湾についたとき、私が言った一言は「家に帰る努力はぜったいやめない」ということ。
ことし、6月4日がめぐってきて、私はひとつの決心をした。実際、今回日本にきたのは日本経由で中国に戻ることが目的だった。
それで東京発北京経由バンコク行きの中国国際航空のチケットを買った。本来の計画では、トランジットのとき、中国当局に自首するつもりだった。父母にあえるなら、投獄されてもいい。監獄で面会する方法を望んだ。
■父母を監獄にまで来させて私と面会させるなんて、やはり非常に非常に残酷なことだとは思うが、ほかにどんな方法もないという気がした。それで成田空港で中国国際航空にチェックインしようとしたとき、搭乗名簿から私の名前が取り消されていることを告げられた。ネットで買った電子チケットでちゃんと確認済なのが取り消されているなんて、聞いたこともない。いったい何が原因なのか。それで、私は日本で行われる天安門事件21周年記念行事に参加することにしたのだが、その行事には中国大使館前で抗議活動をすることも含まれていた。
■鉄門がゆっくり開いて、チャンスだと思って
■大使館前にいくと、私は前で警備している日本の警官にきいた。「大使館のどこから中国の“領土”がはじまるのか」と。日本の警官は中国語で「この柵の内側から中国の領土だ」と答えた。なら、この中は中国の法治が及ぶところだね、と思ったよ。心の中ではこの柵をこえれば、21年ぶりに私の国に帰れるのだと思った。本当に柵を越えて帰ろうと決心したのは、一台の車が大使館に帰ってきたとき、警官が門を開いて車を進入させたとき。大使館の電動の鉄門がゆっくり開いていく。そのとき、チャンスだと思って。身をひるがえして門に走りこもうとした。
■もし、大使館内に入り込めれば、日本の警察もなにもできなかっただろう。でも実際どうなったかは、テレビでみなさん見たでしょ?二層の柵をこえたあと、5、6歩踏み込んで…。またもや大勢の警官にこんなに“お世話になった”よ、昨年(マカオ)とよく似ている。それで6月4日に逮捕されて、6日に釈放されたとき、門のところで私は、私を収監していた警官にこう言った。「日本政府が私に64(天安門事件)記念日このような独特な方法で過ごす機会を与えてくれたことに感謝します」。去年はマカオの留置所にいて、今年は日本の留置所にいた。もう私の伝統になったね。(笑)
■裁判で21年前の対話の続きをするんだ
■21年前の私のスローガンは「中国政府は学生と対話せよ」だ。対話とは、私には語る権利があるということ。政府と違う意見、立場を表現する権利があるとういこと。対話とは、民主、自由の象徴だ。天安門事件当時、私たちは対話をもとめ政府のところにいったが…。21年以来、中国政府はどのような対話も受け付けようとせず、六四の虐殺の事実にも向き合おうとしない。
■もし、私が中国に帰ったら、そして中国に(指名手配容疑と)同じ容疑で逮捕されたら、おそらく起訴状をつくるときに、私は21年前の対話の続きができるのではないか。この努力は今回失敗しても、今後もつづけていきます。がんばりつづけていきます。
(以下質疑応答)
■日本の警察は誠実で丁寧だった
Q:日本の警官があなたを逮捕したのは、中国大使館側が関与していると思うか?あるいはあなたがウイグル族なので、それが関係あるのか?ふつうなら柵をこえたくらいで逮捕しないでしょう。
ウ:今回の場合、柵をこえただけでなく、警察の包囲網を突破しようとしたから状況が違う。しかし、現場の警官は単純に法を執行しようとしただけだと思う。警官は私がウイグル族だということもしらないだろう。中国大使館が事前に日本警察と連絡を密にとっていたということは、私には信じられない。私が大使館前にいったのは午後一時半くらい、大使館に突入したのは二時半ぐらい。その一時間の間に、中国大使館が具体的な私個人の行動をつかんで対応するのに間に合わなかったのだと思う。もし策略をめぐらすことができるのであれば、もとハイレベルな対応をしている。策略をめぐらした、というような状況ではなかったと思う。
Q:釈放されたとき、起訴されなかったのか。送検されなかったのか。
ウ:警察に収監されたあと、起訴されずに釈放された。
Q:では、なぜ帰国(台湾に)できないのか。
ウ:別に帰るなとはいわれていない。ただ、私がここに残って、警察の調査に協力したいだけだ。私は自由だ。
Q:いつ帰るのか?
ウ:今回の訪日では、たくさんの友達とあった。収監されていた間も、いろんな機関、民族問題関係とか民主関係とかの職員との面会がアレンジされた。彼らもいろいろなイベントや人と会う機会を用意してくれているので、あと数日は日本に残るつもりだ。本当ならもっと早く帰るべきで、妻や息子には申し訳ないけれど。
Q警察との関係は。
ウ:もうないだろう。でも、もし捜査への協力を個人的に頼まれれば、もちろん協力する。本当なら、私の容疑には多くの保釈金(?)が必要なんだが、今回の警察の態度は、非常に誠実で丁寧だった。警察には、もし、日本政府が私の考えや立場を理解したいと思うなら、私の考えを通じて、私がやりたいことを理解したいなら、よろこんで協力したいと伝えた。警察と過ごした時間は非常に愉快な時間だった。通訳の人も「警察がこんなに礼儀をもって、お茶をいれたりする容疑者は今まで見たことがない。非常に珍しい状況だ」と言っていた。
■情報の開放が時代の潮流だ
Q今後は何するつもり。
ウ:やり遂げられたときにいうよ。マカオで失敗したとき、来年は日本でやるよといったら、今年成功するチャンスはもっと微妙だろう?
Q:中国は今後も六四に対して弾圧を続けていくと思うか?
ウ:今は六四のことを調べようにも、情報が開放されていないのが一番の問題だ。情報の開放は今の潮流だ。この潮流は逆流することはない。阻むこともできない。この数年、ネット上で天安門事件のことを討論することが増えている。09年の20周年にはグーグルの検索サーチで一番多い検索語は「六四事件20周」年だった。二番目に多かったのが「天安門事件」。
ツイッター上で私のフォロワーは1万以上で、天安門について議論しているが、ほとんどは国内のネットユーザーだ。天安門事件について長年弾圧されているから、話さないようになっているということはない。遅かれ早かれ、六四の事実はあきらかにされる。
そのとき中国政府が直面するのは、私を帰国させて父母に合わせないとかそういう簡単な問題ではない。
Q天安門の亡命者で帰国したいという人多い。今後はもっと団結、協力するつもりか。
ウ:去年、今年の活動は全部、われわれが団結してやったことだ。昨年のマカオの事件のとき、声明文を発表したのも、王丹とか海外の仲間たちだ。お互い連携しあっている。今年も、1、2カ月前に電話で柴玲や王丹と、帰国問題を話し合った。
■民主化運動は経済発展に埋没しているわけじゃない
Q:中国経済がこんなに発展したことで、海外の民主活動はマイナスの影響をうけているか。中国の発展は中国により大きな権力や自分の立場の発表の場を与えているが。
ウ:以前に私は原稿を書いたことがあるけれど、1992年から中国政府は庶民にある「教育」をしている。つまり、政府は庶民に金儲けを許可する、ということ。政府は、庶民に対して経済活動の制限を緩和するということ。しかし、これはけしからんことで、庶民のポケットのなかを政府が許すとか許さないとか、どうしていえるのか。
経済の自由と政治の自由はともに、天賦の人民がもっている自由だ。どうして、だれかがわれわれの経済の自由を認める、なんていう道理があるのか。そういう、むちゃくちゃな教育を庶民は受け入れさせられている。
経済発展後どうして、天安門事件が再び発生しなかったか。どうして天安門事件に対する抗争がおこならなかったか。自由というのは非常に微妙なものだ。われわれは過去、経済の自由がなかった。今あるから、今はそれだけを味わえばいい、と思う場合もある。しかし、それは情報が開放されれば、情報の自由が経済の自由に勝ることを知るはずだ。情報の自由がより経済の発展をもたらすと。
毎日新聞の取材を今朝(七日朝)うけたのだけれど、そのとき報道の自由についてきかれた。私は冗談っぽくいったよ。街中で報道の自由を叫んだり、報道封鎖を突破しようと叫ぶ大学生や知識分子はいない。数百の県、単位が批准した新聞雑誌の中に、民主の理想を掲げて情報統制に挑戦しようとするものはいない。彼らは利益のためにやっている。でも利益を求めれば、必然的により公平な利益をもとめ、より緩和された自由な公平な正義のある社会環境を求めるようになる。道理は簡単だ。金儲けをゆるす、といえば、もっと公平に金儲けができる環境をもとめるし、不公平に金儲けするやつは懲罰を受けるようになる。すくなくとも情報の開放、法治をさけぶようになる。これが経済発展が始まって以来、中国で起きている状況だ。
過去、中国は全面的に情報統制していた。しかし、四川大地震のとき、中国の小さな新聞社、テレビ局を統制しきることはできなかった。共産党がメディアをコントロールしようにも、しきれなかった。情報の統制はこんな風にして、突破されてきている。
法律の例をあげれば、経済上の法律は一流だ。数も台湾を超えている。中国は法治国家じゃぜんぜんないが、経済上の法律はなかなかいい。だから経済と政治が衝突したときたとき、少しずつ、政治の統制を突破していく。
民主運動は(自分たちのような)反対派の活動だけで進んでいくわけじゃない。現在の中国民主化運動は、けっして急速な経済発展に埋没しているわけじゃない、ということに気づいてほしい。
■馮正虎の影響は受けたよ、もちろん
Q馮正虎氏が成田空港に籠城したことが、今回、日本から帰ろうと考えるきっかけになったのでは?
ウ:もちろん、そういう面はある。しかし、馮正虎の要求も帰国。亡命者の帰国要求は相互に影響しあっている。もちろん馮氏の帰国努力も。
Q:でもあなたは台湾のパスポートで、馮さんは中国パスポートだからあなたの方が複雑だ。
ウ:そうだ。
Q:奥さんはあなたのそういう行動に賛成していますか。
ウ:彼女が私に嫁いだとき覚悟しているはず。結婚したとき、香港メディアも彼女にインタビューしている。女房は「結婚を決めたときから、監獄に送られることを覚悟している」と答えている。
民主活動家が何かすれば、必ず家族を傷つける。だから私は妻の支えに非常に感謝しています。台湾女性は大したもんだ。
■最後の自由な時間を美しい日本の寺で過ごそうと
Q:法律上は起訴されていないので、今後日本に来ることは問題ない?
ウ:法律上は問題ないけれど、入管は法律に従って判断するわけじゃないから。今回はビザなしで日本にきたけれど、この政策はあと数年前からはじまったばかり。私が最初に日本にきたのは1989年、二度目が1997年。二度ともビザが必要で、そのビザは非常にとるのが難しかった。中国側からの大きな圧力もあった。
このときの経験からいって、入国の許可がでない可能性はあると感じた。私は非常に日本がすきだから、また来たいよ。
最初にきたとき、日本の寺が気に入って。とてもきれいで、中国の寺と全然違った。中国も北方と南方では違うけどね。6月3日、本当なら飛行機で北京に向かうつもりだった。飛行機の時間は午後7時。その朝、起きて私の心は非常に複雑だった。きょう、飛行機で北京にいって自首するんだ、だから今日は最後の自由な一日だ、そう思った。では、最後の一日をどうやって過ごすかと考えて、成田山新勝寺に行ったよ。そこで書展をやっていたので、書展をみたり。それが最後の自由な時間の過ごし方としては悪くない。けど、翌日中国じゃなくて日本警察に収監されちゃったよ(笑)。
ウ:中国共産党はわれわれが六四を忘れればいいと思っているだろうけど、われわれの答えは明確だ。決して忘れない。忘れないことはわれわれの責任なのだ。
■指名手配しているのに自首を受けつないおかしさ
ウ:中国政府は指名手配の容疑者が自首しようというのにそれを許さないのはおかしい。六四の対話を求めているのに、メディアをコントロールして報道させない、これもおかしい。学生が街中ででもをして軍隊で鎮圧するのもおかしい。こういうおかしいこと(荒謬)に、われわれは抗議の声をあげてきた。しかし、中国共産党はこれを、道理にかなったことではないと言っている。だから、今回、私が中国大使館に突入しようした。
日本の一部の民衆は、この事件のおかしさに気づくだろう。私のおかしさではなく、中国政府のおかしさを。自ら指名手配をしている人間が自首しようとしているのに、これはどういうことだろうと考えてもらえるとしたら、私の目的は達成した。
■私は今も劉暁波の学生で親友だ
ウ:劉暁波と一緒に監獄にはいりたい。今の状況で監獄に入ることはひとつの抵抗であり、知識分子として、独立した精神を表明する方法の一つが、監獄に入ることだと思う。劉暁波はその精神を示している。私は劉暁波にあなた一人ではないと伝えたい。21年前、私は劉暁波の学生と親友だった。21年後、監獄にいるときも私は彼の学生で親友だ。共産党に、劉暁波は一人じゃないといいたい。彼に続きたい仲間は私以外にもいっぱいいる。
(以上)
■最後に別れ際に、私は連絡先をわたし、少しだけ会話した。
「あなたは、劉暁波と一緒に収監されたいというけれど、今の自由な暮らしは惜しくないの?」
すると彼はこう答えた。
「もちろんおしいよ。この体型をみれば、私がどれだけ自由を謳歌してきたかわかるだろう?」
■この最後の一言に、彼の罪悪感と悔恨を見た思いがした。彼は本気で自首して、今までの国外で天安門事件の元学生指導者という肩書でえた名声と富を清算したいのではないか。そうでないと、彼が本来望んでいた民主化の闘士の姿に戻れない、と。
■正直いうと、国内の中国人から、ウーアルカイシ氏は要領がいい、うまいことやりやがったと、ねたみ半分批判半分の声を聞かないこともなかった。でも、彼の中では、複雑な気持ちがずっと渦巻いていたのかもしれない。
■私は、心底、大使館警備にあたった日本の警察の優秀さを残念だと思うよ。セカンドチャンスがあるなら、ちょっとスキをつくって彼に中国大使館の鉄門の中に滑り込ませてやってくれ、といいたい。中国政府が指名手配している容疑者が大使館に自首しようというのを日本が妨害する必要もないんだし。それに、21年前の李鵬首相と学生の対話の続きが見ることは、一部中国共産党の当事者以外の中国人、そして当時の衝撃的映像の記憶をもつの多くの外国人が望んでいることじゃないだろうか。
■中国人的にいうと、菅新首相は
火爆?実務主義者?経済通?
■江瑞平・外交学院院長助理の見方(CCTV「環球財経オンライン)
対中政策は、鳩山とそう変わらんよ、たぶん。
http://news.sina.com.cn/pl/2010-06-04/180820413645.shtml
■菅直人が首相に選ばれたのち、国会で一連の法案を通さなければならない。その中には、日本経済の構造と体制の改革が推進されるか否かを左右する法案もある。時間が非常に緊迫しているので、国会で統一した結論を形成することはできないだろう。労働派遣改正法案、地球温暖化対策、新経済成長戦略など、国会の審議をすんなり通るかどうか、すんなり実施できるか。彼の構造改革と体制改革が順調に推進されるかどうか、日本の未来を決定する経済発展の鍵である。この方面の彼の挑戦は大きい。
■これら政局を通じて、国内国際的投資家の信用が損なわれるかもしれない。投資家は日本の首相が頻繁に変わり、五年の間い五人の首相が出るようななかで、国内の体制、制度が変化し、どのような影響をもたらすか、わからない。日本経済は全体として比較的状況はよく、とくに今年の第一四半期は非常によかったが、これが安定するかは非常に心配だ。
■中日関係、中日経済貿易にどのような影響を与えるのか。
まず、中日政治関係でいえば、菅直人の登場は根本的に変革を与えることはない。鳩山であれ、菅直人であれ、対外戦略においては非常に対中関係を重視している。鳩山内閣は日米関係にやや問題をもたらしたが、菅直人は外国政策において、対米、対中政策を微調整して、鳩山の轍を踏むことは避けるだろう。
■菅は「日米関係は依然日本外交の基軸であり核心だが、同時に対中関係は日本の未来を内示している」と言明している。靖国神社など問題においては、かれは対中友好的態度を保つだろう。鳩山と同様、中国政府、党と非常に密接な個人的関係もきずいている。このような状況で、中日政治関係は影響を受けない。中日関係は安定的に発展していくだろう。(菅は親中派だよ。バリバリ左派だから靖国問題とかおきないし、ひとまず安心)
■中日経貿関係については、貿易投資ともさらに拡大発展するだろう。日本経済の回復は、こ二頭だて馬車によって推進される。つまり、日本の経済刺激政策、そしてもう一つは、「中国特区」と日本人がよんでいる対中輸出の早い成長である。(どっちにしても日本経済は中国だのみだから)(後略)
■香港フェニックスネットより。菅直人新首相の紹介。
菅は「反官僚政治家の代表」「実務主義者」「雄弁家」でも「火爆」。(中国人的にはすごいほめことば!)
http://news.ifeng.com/world/special/jiushanzhizhengweiji/content-2/detail_2010_06/04/1587957_0.shtml
■菅直人は63歳、1970年東京工業大学応用物理学部卒業、
特許法律事務所長などを務める一方、市民運動に身を投じ、1974年、著名女性運動家、市川房枝の勧めで参院議員選挙に出馬。市民運動家から首相の座に上りつめた例は日本ではほとんどない。(温家宝と同じく親民宰相なんだね。バリバリ左派だ)
■1976年、菅直人はしっかりした支持基盤もないことから、衆議院選挙で落選。このご3度落選経験がある。1980年に社会民主連合の候補者として東京第18選挙区で初当選。この後10回当選している。
■1994年菅直人は新党さきがけに入り、1996年の自社さ連立政権で、厚生労働相をつとめ、日本国民がよく知る政治家となった。当時、不潔な輸血用血液がエイズ感染をもたらした問題で全国的に大騒ぎだった。官僚が過失を認めず、官僚同士でかばいあいをするなか、菅は調査チームを組織徹底調査を行い、エイズウィルスが血液の中に存在していたという最初の報告資料の隠ぺいを明らかにした。(なーんだ、日本も中国と似たような問題あったのか)
■このため、この問題は行政上の過失と認めざるを得なくなり、死者と患者に賠償金が払われた。こののち、菅は死者の遺影にひざまづき合掌、公開謝罪する様子がテレビで流され、全国の視聴者を感動させた。(温首相もこういうパフォーマンス好きです)
■彼は反官僚政治家の代表となり、民衆の人気が非常に高くなった。これらの出色の行動から「もっとも首相にふさわしい政治家」と呼ばれるようになった。
■1996年9月に同時の自民党と連立していたさきがけを離れ、鳩山由紀夫と一緒に旧民主党を設立、鳩山が党代表を務め、菅が政務をしきった。その後、1998年、現在の民主党を設立、党代表となった。2003年、民主党と当時の小沢一郎を指導者とする自由党が合併。菅と小沢、鳩山のトロイカ体制ができた。性格上、八方美人と呼ばれる鳩山と違い、菅直人は果敢に話し、果敢に実行するタイプで、「激昂しやすい(火爆)」とみられている。
菅は雄弁家で、国会弁論では、弁が立つ小泉純一郎にも相手にならず、政策上の譲歩を認めざるを得なかった。「敵の弱点を見つける能力がある」と評されている。
■彼は官僚機構の改革を主張し続けている。かつて彼の親友は「菅直人は実務主義者であり、オリーブをくわえた平和のハトではない」と評した。菅は普通のサラリーマン家庭に育ち、特殊な社会関係もない。彼のような普通の人間が首相のような重大職責をになうということは、日本政治にとって、相当ポジティブな事件である。
■CCTV新聞チャンネルのニュース(いい加減なヒヤリングですんません)
新首相は経済通でざっくばらんな反官僚
http://news.cntv.cn/world/20100604/103464.shtml
■日本の新しい首相は「経済通」。素直で思ったことを率直に口にする反官僚政治家であり、日本の人々を正しい方向に導くと約束しました。(ちょ、誰が経済通だといっているんだ?)
(資料映像)
今年63歳の新首相は1980年に衆院議院に初当選し、1996年、小沢一郎、鳩山由紀夫と一緒に民主党を設立、トロイカ体制をつくりました。彼は普通のサラリーマン家庭に生まれ、なんの後ろだてもないのに、実行する大胆さがありました。1996年、厚生大臣をつとめ、輸血によるエイズ感染問題で、政府を徹底的追及しました。その後、自ら被害者の前で謝罪しました。これで庶民の人気が沸騰しました。反官僚とざっくばらんな性格は、民衆に深い印象をのこしました。鳩山内閣では副総理をつとめ、財務大臣も兼任しました。その着任前に日銀に対しデフレに対応するよう要求しました。また消費税引き上げによって福祉を充実させると主張しています。このように経済通とみられている新首相は、長期的には財政の健全化をめざすと訴えています。(日銀にデフレ対応を要求するって、経済通というより、中央銀行の独立を無視しているってことじゃ。あ、中国的には普通か)
(資料映像)
新首相は政治理念上は左派で、中国との良好の外交関係を発展させていくべきだと主張しています。2005年10月に、もし首相になったら、中国、韓国、シンガポールなどアジアとの外交をより重視していくと発言しています。
米国雑誌:「外交政策」を引用する形で
「菅直人は日本が必要としている強いリーダーではない」
http://news.sohu.com/20100604/n272567514.shtml
(前略)
菅直人自身が、前任者より経験が豊富と自慢していても、執政風格も違うし、彼のせっかちで自己的特性はおそらく日本がいま必要とする、長期政権を担える首相となるような自分ではないだろう。
(中略)
■投資家とアナリストの知るところによれば、菅直人は財政保守派(財政規律派)だ。過去六カ月、彼は日本の債務負担を軽減する努力をずっとし、停滞中の経済の振興に取り組んできた。彼は日本が積極的に財政立て直しに入るべきだと呼びかけ、もし、それができなければ、ギリシャは日本の明日になるやもしれないと訴えた。しかし、短期的には、財相として大きな成果はえられなかった。(財政健全化をうたっても、所詮なにもできなかったし)
■菅直人は伝統的左派の平和主義者である。日本の軍事は国連の旗の下でのその機能を発揮できると提唱し、アメリカが要求したイラク派兵にも反対した。
■菅直人の出自は、有利なポイントだろう。菅直人が今日の成功をおさめたのは、完全に個人の奮闘の結果であり、彼の権力への道は平たんではなかった。若いときは科学者になりたかった。彼は東京工業大学で物理をそあめ、1974年に特許局を自分で運営、その後市民活動家をへて、政治に足を踏み入れ、1980年に衆院議院になった。
■90年代、菅直人は国政の舞台に出始め、衛生大臣(厚生大臣)となった。政府が隠ぺいするエイズウイルス感染血液が国家の輸血用血液庫に交じっていたというスキャンダルを暴いた。
■その後、菅直人本人もスキャンダルに巻き込まれる。1998年、テレビキャスターとの関係が暴露され辞任、同時に国民年金未納も認めた。五年後、菅直人は国民年金スキャンダルで、民主党代表を辞任。これで菅直人は徹底的に懺悔し、髪をおとし、お遍路姿で四国88カ所を回った。この種の策略によって、彼は民主党内で高い地位を保ち、鳩山由紀夫内閣の副首相と財相を務めることになったのである。(お遍路作戦のおかげで生き残った。なかなかの策略家よのお)
■官邸では陰で「狂暴菅直人」(イラ菅)ともよばれるが、民主党内と全国の他の党派の政治家との関係は良好で、厳粛な政策マンとみられている。彼が生き残ってきた秘訣はなにか?たとえスキャンダルの中にあっても、正直誠実なイメージを突出して示し続けることだった。人民日報はかつて、こう彼を評した。「官僚政治と官邸の取引が横行する時代にあって、菅直人の透明政治は全く空前のものであり、彼の正直さはメディアと大衆から称賛されるに値する。」(人民日報さまにほめられてもねぇ~)
■改革のプロセスにおいて、鳩山が得た進展には限界があった。しかし菅直人首相の場合は「職業訓練」に必要な時間はさらに少なくてすむし、前任者が犯した初心者的ミスは避けることができる。彼に必要なのは、政治悟性と求心力だ。鳩山由紀夫と小沢一郎の二人の傑出した指導者がいなくなったあと、民主党は混乱に陥るだろう。彼らは次の政権でもさらに大きな影響力を発揮したいと切望するだろう。(鳩山の二の舞、ということはなかろうが、小沢がいるから大変だな)
■小沢一郎の辞職も、菅直人の指導力形成に対する挑戦となるだろう。献金スキャンダルにからみ、小沢一郎は一度民主党の負担となった。しかし、彼の辞職は大きな損失であり、小沢一郎は党内を団結させる重要な力であった。多くの人が、小沢一郎こそ、民主党を率いて権力の荒野をゆける唯一の人選であり、2009年の衆院選の成功は、その名声を確固なものとした。
■彼の指揮がなければ、前社会党と若手実務主義者と自民党からの流れものの寄せ集めの民主党は混乱に陥っていただろう。
■当然、今の日本は多くの問題に直面している。首相として菅直人は財政規律をまもりながら、高齢化問題や衛生医療、年金への支出を増加させなくてはならない。おそらく国防予算は削らねばならないだろう。しかし韓国哨戒戦の沈没や中国軍事実力の増強などに伴い、これらの政策は実現できないだろう。
(中略)
■1991年から日本は13人の首相が登場し、そのうち2年以上の任期をつとめたのはわずか3人だ。菅直人はおそらく同じではないだろうが、彼の周囲が敵意で一杯の環境であることはなんら変わっていない。よっぽどの意外な事情が発生しないかぎり、日本人はさらに多くの首相交代に慣れる必要があるだろう。
(以上)
■菅首相って、ひょっとして温家宝タイプ?温首相も親民宰相、草の根宰相ってよばれて、民のために涙ながしたり、火爆(激昂)してみせたり、「庶民の味方」パフォーマンスうまいです。しかも、経済通っぽさをアピール。でも党の長老らからは無能、とか陰口いわれて、ときどきあからさまにやる気うしなっている。気があうかもね。
さて、「中国メディアの菅直人新首相評は、あたっていると思う?
■今年にはいってipodの城と呼ばれていた富士康国際の工場(富士康国際は台湾の鴻海科技集団の中国法人、工場は深センにある)で工員が次々自殺していることは、すでに報道されているのでご存知の方も多いだろう。今のところ、13人(16人という説も)が連続して自殺(うち10人死亡、3人治療)事件が発生し、ネットでは「自殺するなら富士康へ」なんて、ブラックジョークがあふれている。
■富士康といえば、私が北京に駐在していた2006年ころ、汗血工場(労働搾取)の実態を勇気ある中国人女性記者(第一財経日報)が現場取材してルポを発表したが、その記者に対する企業と当局による圧力問題も発生、最終的には微妙な手打ちで、うやむやになったという事件があった。http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/33850/
■その後、労働法が改正され、労働条件も最低賃金もそれなりにマシになって汗血工場はずいぶん減った、というふうに思いこんでいたところに、この連鎖反応のような自殺である。
■富士康の自殺事件を順をおって記すと
2010年1月23日未明、19歳の工員・馬向前が飛び降り自殺(不審死といううわさも)
3月17日、工員・田玉、飛び降り自殺、入院治療中
4月6日、工員・饶淑琴飛び降り自殺、入院治療中
5月6日、男性工員・盧新がバルコニーから飛び降り自殺
5月27日未明、25歳男性工員が手首をきって自殺未遂。
27日12時 2人の工員が相次いで飛び降り自殺。(未確認ツィッター情報)その一時間後、16人目が飛び降りようとして阻止された。(未確認ツィッター情報)。
14、15、16人目の自殺は公式報道にはないが、掲示板などに飛び降りようとしている人の写真が。http://tieba.baidu.com/f?kz=784208440
■26日には、鴻海集団の郭台銘総裁が深センの現場にやってきて記者会見し、連続自殺が工場内の労働環境と関係あると認めた。その24日に、彼は富士康の労働条件は悪くない、と発言したが、その翌日また自殺者がでたので、あわてて現場にきて、前言を撤回したのだ。
■26日から屋上に自殺防止ネットが張り巡らされて、巡視が強化された。また、工員の間で「相親相愛グループ」といったコミュニケーション組織が設立され、6月1日からラインの工員の基本賃金は1200元に引き上げられた。だいたいどの工員も30パーセントの賃金アップになるもよう。ようやく本格的な自殺防止策に動き始めた感じだ。
■しかし、これで自殺はとまるのだろうか。自殺の本当の原因は何か、ということは解明されていない。当初は自殺の原因は恋愛問題とか、一人っ子政策下で育った若者の精神が弱くなって、閉鎖的な工場での長時間労働に耐えられなくなったからだ、といわれていた。また何十万人もの従業員をかかえる同一企業内で13人しか自殺していないんだったら、日本やアメリカの平均自殺率より、中国の自殺率より、低いじゃないか、というような意見もあって、富士康の工場の労働条件がとくに悪いわけではない、という主張も多かった。
■確かに富士康の給与明細(華商ネットなどで公開されている)をみれば、基本賃金は月21日勤務で賃金アップ前でも基本月給960元(深センの法定最低賃金は950元)で、地方の中小紡績工場や縫製工場でありがちな賃金未払いの問題もない。残業138時間というのはきつそうだが、この残業代だけで1300元くらいついているので、サービス残業を強要する悪徳企業に比べるとよっぽど良心的だ。工場内にはネットカフェなどもあり、清潔でたぶん見学したら、なかなかいい工場じゃん、と思うかもしれない。
http://www.forex.com.cn/html/c326/bagua/2010-06/1777702.htm
■しかし、5月の自殺の連続ぶりをみると、いくら五月病の時期とはいえ、どうみても、工場に潜在的不満を持つ人たちの悲劇的抗議活動にしか思えない。あるいは、注目集めている今なら、たとえ自殺しても家族に対する慰謝料が増額される可能性が高いという期待もあるかも。自殺者に対する慰謝料は最高25万元、炭鉱事故の慰謝料でも8万元ぐらいがふつうだから、かなりいい。「死ぬなら富士康」というコピーがネットで流れるのはこういう意味もある。
■香港や中国のメディアが報じたところによると、富士康の問題点は、やはり労働環境にあるらしい。とくに南方週末の見習い記者、若干22歳の劉志毅氏が書いた「潜伏富士康28日手記」などを読めば、たしかに人間味のない狂気をもよおしそうな労働環境であることがかいまみえる。劉氏はいわゆる臥底(潜入記者)として28日間、富士康のライン工場で働いたのだ。
■簡単に富士康について説明すると、アップルやHPやモトローラーなどの委託をうけてスマートフォーンやパソコンの組み立てを行う工場を中国南部に約20もち80万人を雇用している。富士康の工場前には就職希望者が、毎日千人以上も並んでいるそうだ。
■自殺が続出した深センの工場は広さ3平方キロで、42万人が働いている。午前6時起床、宿舎から集団でシャトルバスにのって工場にいき、まっしろな静電服と帽子といった制服をきて、8時にタイムカードをいれて職場にはいる。ふつうは夜の8時まで仕事をする。
■私語は厳禁。もちろん仕事中にアメをなめたり、ガムをかんだりというのも厳禁。精密機械を扱う工場らしく、秒単位で仕事時間がはかられ、部品の数なども厳格に管理されている。そういう緊張間の中で、食事時間以外、ほぼ12時間の単調だが神経の使う労働が続く。最初に自殺した馬向前の姉の馬麗群も同じ工場で働いていたが、香港のフェニックステレビの特番のなかで、こうかたっている。
■「熟練工の条件として、まず完全服従。余計なことを考えず、自分自身がロボットのように正確に間違いなく仕事をしなければならない」「仕事をミスすれば、始末書を書かねばならない。ときには同じラインについた同僚100人以上が仕事が終わったあと始末書をかかなければならないし、その始末書は賃金に影響する」。iphoneのような高価な商品を取り扱うので、一つでもなくなったり、部品がたりなかったりすると大騒ぎになるわけだ。
■5月6日に自殺した工員・盧新はパソコンに傷がないかを確認する仕事で2秒で1台のパソコンをチェックしなければならかった。もし、チェック漏れが一定の割合を超えた場合、罰則があり、あまりにひどい場合は賃金を減らされるという。
■劉記者のルポによれば、工員にはきょうびの大卒就職氷河期の影響のせいか、大卒者もいたという。上司を「老闆(ボス)」、同僚を「屌毛(男性の陰毛を意味するスラング)」というののしり言葉で呼ぶのが慣習だったという。つまり同僚の名前など知らないし、知っても名前で呼ぶことのない、そういう希薄な人間関係の世界ということだ。
■工員は毎月はじめ、残業希望書というのにサインすれば、法定残業時間(1か月36時間)をこえて残業してもよいことになっている。最初に自殺した馬向前は、残業残業で月に2日しか休まなかったそうだ。姉が証言している。基本給だけでは生活がなりたたない。もし、病気などして仕事をよけいに休むようなことがあれば、その月、翌月と残業を許してもらえないそうだ。残業しなければ、物価の高い深センでやっていけるだけの賃金を得られない。
■劉記者は語る。「誰にせかされるのでもないのに廊下を速足で歩き、飯を急いで食べる。まるで、工員そのものが部品のように、ラインの上をながれている」
■自殺した盧新は日記(ブログ)を残していて最後のページは2009年10月26日に更新されている。
「公務員になって、西部建設を支援するという夢は捨てたよ。金のために会社にきて、結果は運命のいたずら、というべきか、なんの発展性もない。ものつくって、金にはなるけど、命と未来の浪費でしかないよ…、ああ、本当に後悔している…俺は人生の第一歩を間違えた、途方にくれているよ…」
■こういう中国、香港メディアの報道をみて、私が個人的に感じるのは、世界の工場とされてきた中国の労働力の質があきらかに変わり始めている、ということである。盧新のように、公務員になりたかった、という夢をもつような人が組み立て工場に就職するようになってきたわけだ。
■かつて、中国は山のように余剰労働力があり、とにかく身を粉にして金を稼い故郷に送るのが目的だった人が圧倒的に多かった。労働問題というのは、自分の名前くらいしか書けない人が、いい加減な契約書にサインさせられ、安い賃金で思いっきり使い倒される。そういうものだった。病気になったりけがをしたら、わずかな見舞い金で解雇され、ときに賃金を踏み倒され、ちょっとの失敗で高額の罰金をとられ、労働者の権利があたまから無視される。最低賃金以下の賃金の工場などいたるところにあった。
■だんだんそういう搾取型の労働でもいいから、とにかく現金収入がほしいとだけの出稼ぎ農民が減ってきた。ひとつには一人っ子政策のおかげで、若者の数が減少傾向にあること。もうひとつは進学率があがり、教育水準が高くなって、いわゆる工場労働者向き(?)の無知だがタフな農民が減ってきた。
■さら工場同士の競争が激しくなり、熟練工を奪い合うようになってきている。とくに広東省のような工場集中地域は、賃金面だけでなく、工員の宿舎が冷暖房完備で一人に一つのコンセント(携帯電話の充電用)はなくてはならない。でないと人が集まらない、という風に、雇用の条件がどんどんあがってきている。昔のような穴倉に蚕棚みたいな宿舎はもうほとんどない、と現地で働く日系企業の人から聞いた。
■というわけで、工場の賃金や宿舎の環境はずいぶんよくなった。大卒者でも働いてもいいかな、と思うほど。だから、工場で働く若者の質は、昔よりも教育水準が高くなっているはずだ。教育水準が高いということは、いろいろ深くものを考えてしまう。毎日、毎日、心身ともにすり減らすように働いて、未来には何が待っているのか、とかブログでマジでつぶやいてしまうような教育水準の高い労働者が増えている。
■そう考えると、中国の製造工場現場で、従業員に対しては、今までのような、とりかえのきく安価な労働力という考え方では通用しなくなってくるだろう。企業は工場労働者に対し、人に対する尊厳をもって向き合わなくてはならなくなってきた。それは単純に賃金アップだけでは解決しないはずだ。
■時期同じくして、広東省仏山市のホンダ系の部品工場で賃上げ大規模ストが発生し、5月31日は、工場側の政府系労組とスト決行中の従業員数百人規模の衝突があったとも報道された。これは1日に基本月給2000元が2500元に賃上げ(24パーセントアップ)されることが合意され、ストは成功におわった。
■富士康に比べれば、なんと正攻法な戦い方だろう。これは、おそらく日系企業の方が、声をあげて主張すればなんとかなる、という人間らしさというか、スキがあったのだろう。ホンダには申し訳ないが、ストすれば公安に武力鎮圧されるような企業より、どうにもならなくて自殺しなきゃ環境が変えられない企業より、よっぽどまっとうな企業だと思える。
■連続自殺とストの件を結びつけるのは少々むりがあるが、ともに広東省の工場労働の在り方が転換期に入ってきたということを、知らしめる事件だと思う。
■最近は手軽なツィッターばかり開くので、ブログの方が完全に放置していました。ほんとうに、おひさしぶりです。でも、いつまでもイザブログにいるというのも、ちょっと別れた彼氏の家に居座っているような居心地悪さを感じますね。かといって、これっという引っ越し先は見つからず。中国でも必ず開けるサイトでないと困るし、物色中です。
■さて、極東地域がにわかに緊迫してきた今日この頃、北朝鮮がらみのテーマでも書こうかなあ、と思っていたのですが、偶然、東京で、上海万博関係者の中国人とお会いして、またもや万博の悪口で盛り上がってしまいました。万博に企業としてかかわっている中国人自身が「上海万博は国家の恥ですよ!」「大失敗」と怒っているのだから、よほどひどい、ということですね。というわけで、先日、参観してきた上海万博の裏話がテーマです。上海万博についての原稿は、月刊「WiLL」にも書いてますんで、よろしければ、みてやってください。

↑中国館予約券の争奪戦があった直後なので、警備がものものしいです。
■上海万博は国家の恥!とある中国人企業家の言
どこがベターシティ、ベターライフよ~?
■5月1日から1週間ほど上海にいってきた。北京五輪を見たのだから、上海万博もみないとね。で、1日と3日の2日間かけて、会場をいろいろ見て回ったのだが、第一印象は、なに、この手抜き万博?というところか。別にケチつけにきたわけではないが、上海万博はその会場設備運営費286億元、日本円になおすと3900億円、愛知万博1900億円の2倍の金をつぎ込んだお高い万博のはず、である。しかし、とてもそんな金がかかっているようにとても思えない、いいかげんさ、なのだ。
■たとえばね、こんなところ。



↑というか、3日になっても、まだペンキ塗り終わっていないし。

■知り合いの中国人企業家によれば、開幕そうそうに水道管は破裂してロシア館のまわりは水浸しになるし、それで一部飲食店が一時営業停止においこまれるなど、もうさんざんだったとか。
■その事実を事務局側に確認しようとしたんだけれど、当然、答えてくれるはずもなく。ただ、水道管が破裂したときの事務局の応対の悪さなどに、チェコ館がブチ切れて、事務局側に5つの改善点を要求するメールを送り、改善されなければ閉館も辞さない、と伝えたというニュース記事があったから、水道管破裂は本当にあったんだろう。
■「なんで開幕早々に水道管が破裂するの?」と聞くと、その中国企業家は「そりゃ工事が手抜きだから」。「万博史上最高のお金をかけて、手抜き工事?」と聞けば、「あなたも中国が長いのだから、だいたい想像つくでしょう。中国では、そういうときのお金は、建材費だの工事費にはまっすぐいかないものだ」
■ということで、多額の費用はかかっているものの、会場の水道管と同じくいろんなところで金が漏れているもようである。まあ、中国では結構当たり前にある状況なのだが。
■ちなみに、私の知り合いに、北京アジア大会のためのオリンピックセンタースタジアムの建設に携わった関係者がいるのだが、彼によると、こういう国家プロジェクト関連建設については、特別安値で、しかも若干多めにセメントや鉄骨が提供されるとのこと。だから建設関係者は、その安値のセメントなどを市場に横流しして、市場価格との差額をポケットにいれてしまう。その結果セメントが足りなくなって砂を混ぜたりしてしまうものだから、設計段階で想定されていた強度が保てなくなったとか。「結局ポケットマネーにと思っていた金は、完成時に耐震審査などを行う担当者への口止め料に全部使ってしまったから、もうけにはならなかったよ」と、笑っていた。1990年の話なので、もう時効、と彼は思っているようだが、はっきり言って笑い話じゃないよねぇ。
■万博に話を戻すと、客の少なさとその消費能力の低さとマナーの悪さも、出店関係者の苛立ちの原因の一つらしい。入場者数が少なくて、当初の予想の会期中のべ入場者数7000万人、1日平均38万人という目標を大きく下回りそうだというのは、すでに報道ずみだが、事態は相当深刻らしい。

↑舞台の上では、京劇ダンス?が披露されているも、観客はほとんどなし。だって暑いんだもの。
■その企業家いわく「私たちが飲食店を出店するさいには1日3000人から4000人が入る規模にしてください、と運営側から指示されていました。なのに、実際は1日数十人ぐらいしかはいりません。私たちの店ではないですが、4、5日と2日つづけて客がゼロというところもありました。会場内には90以上の飲食店が出店していますが、5月が黒字になりそうなところはたった3軒ですよ」
■しかもいわゆるテナント料は上海の繁華街の3倍という高さ。そのテナント料の高さを価格に反映させると、こんどは入場者から「ぼったくり!」という批判がでたので、運営側は20~30パーセントの値下げを通達してきた。さすがに、売上の9パーセントの「上納金(中国語では税と表記されている)」は3パーセントに値下げされたが、「ぼったくり!と言いたいのはこちらですよ。1日3000人の客がくるとか、甘いこといっておいて、高い場所代とって、これじゃ当局による詐欺でしょう」
■しかも、しかも。「冷蔵庫の温度とか、売れ残りの処分とか、在庫のチェックはすごくきびしい。それは、違反が見つかると罰金をとれるからですよ。客はこないのに、チェックは厳しい。だから私たちは毎日、何千元分もの売れ残り食品を廃棄しています。生ビールなんかも毎日捨てているんで、従業員らに、もう好きなだけ飲め、っていってますよ」。法外なショバ代、罰金、上納金。やることが、ちょっとヤクザである。
■私が入場した1日は入場者は20.8万人。この日は指定日入場券という日付がついた入場券でしか入れないそうだが、1日の日付入り入場券は実は35万枚がさばけていた。とすると15万枚分が来なかったということだ。当初1日のチケットは売り切れで手に入らない、ということでネットでプレミアまでついていた。しかし30日ぐらいから、チケットが余っている、という連絡が携帯電話ショートメールで旅行社から流れだした。けっきょく、値がつりあがると思って誰かが買占めていたのか。あるいは、関係者や企業がまとめ買いしてわいろ代わりに配ったのか。いずれにしろ、そのチケットは本当にほしい人の手にはいかなかった。それよりも、消えた15万枚分のチケット代は、どこがかぶったんだろう。お金の流れが本当に不透明だな。
■しかし、その予想を下回る入場者数の1日でさえ、中国館の予約券の争奪戦があり、人々は並ばず、米国館では、長時間並ぶのにいら立った群衆が黒人の係員に詰め寄る場面もあった。

↑アメリカ館の前で、早く中にいれろ、と係員にいいよる参観客。この男性が、一瞬、柵に足をかけ、力づくで乗り越えて入館しようというそぶりを見せたので、カメラを構えたが、結局、このあと流暢な中国語を話す黒人女性が登場し、ハンドマイクで「みなさん、ご協力をお願いします」と丁寧に説得して、群衆をなだめた。でも、待っていらいらしているに参観者の間からは「アメリカよ、大国の名誉はどうした!」みたいなヤジも飛んでいた。
■中国人企業家に、「入場者数が少ないのに、パビリオン前で混乱があったのはどうして?」ときくと、「それは、もう中国人の民度が低いからだよ!」と。あなた、そんな身も蓋もない言い方は…
。
■日本人は、比較的忍耐強い国民性らしく、炎天下や雨の中でおとなしく並ばされても、それでブチ切れて暴れる、暴言を吐くことはあまりない。というか、うまいラーメン屋などで長蛇の列ができたり、ipad発売日の2日前からすでに並び始める人がいるのをみると、むしろ並ぶのが好き?
■だが、その企業家にいわせれば、「中国人は並んで待つことが大嫌い。あんまり待たせると、暴れだす」。18日にドイツ紙が報じたところによると、数時間並んだ来場者が強行突破しようとする場面も発生し、苛立ちが高ぶった来場者から「ナチスだ、ナチスだ」との罵声が。この混乱ぶりにドイツ館は運営サイドに抗議し、保安員の増員を要求したそうな。私はドイツ語が読めないので、中国語に翻訳されたこちらのサイトから。
■その企業家はさらに言う。「入場者はほとんどが、地方からきたおのぼりさんや低層の暮らしの人。はっきりいって、マナーもルールもあったもんじゃない。飲食店に入ってきて席に座っても、商品は一切注文せず、パンだのゆで卵だのきゅうりだの、自分で持ち込んだ食品を食べるんです。しかも、そのゴミを店の床に捨て散らかす。トイレは会場に十分たくさんあるのに、わざわざ飲食店の前で子供におしっこさせたりするんですよ。で、その汚物をうけた新聞紙などを店のゴミ箱にいれたりする!」

↑インド(ネパールだったかも)のパビリオンの中の池には、確かにけっこうゴミが浮いている。

↑お年寄りには過酷な昼間の万博。疲れるとどこでも寝てしまいます。

↑高架歩道の上からみると、歩き疲れた人が芝生の上にごろごろころがっています。

↑赤ちゃんを連れてくるところではない!真夏になったら熱射病で死んじゃうよっ。
■私もときどき不思議に思うのだが、中国の地方の人はなぜ、場所を選ばずに子供におしっこさせるのだろう。私は北京の地下鉄のゴミ箱の中に、7歳くらいの女の子を抱えあげておしっこさせるお父さんとか、王府井の東方広場というおしゃれなショッピングモールの人通りの多い噴水前で、5、6歳の女の子のパンツをおろすお母さんとか見かけると、どういう神経なのか、と思う。長時間並ぶのに我慢できず暴言吐くくせに、こういうマナー違反にはみんな寛容なのも、不思議。
■私が入場した1日、3日はまだ開幕したてで、さほどゴミの散らかしは気にならなかったし、何より食品、飲料の持ち込みは禁止されていたはずだが。しかし今はそんな状況なんだな。
■入場者数については、上海市側が各小中学校に、修学旅行の時期を例年より少し早めて、万博に必ず行くよう通達しているので、最近は少し復活しているそうだ。また、上海在住者については、外国人や出稼ぎ者を含め、一世帯に一枚チケットと200元入りの交通カード(スイカみたいなもの。地下鉄、バス、タクシーに使える)を配布することが決まっている。
■一世帯に一枚チケットを配れば、お父さんは頑張ってお母さんと子供の分のチケットを買って家族で万博見学にいく、と期待しているらしい。まあ、これも一種の動員だよね。学校が夏休みに入れば、こういう動員効果は徐々にあらわれ、入場者数自体は増えるだろうけど、聞けば、チケットもらって家族でいこう!と喜んでいるのは、どちらかというと、地方からの出稼ぎ者家庭で、その企業家たちが期待する消費能力の高い客ではなさそうだ。その人たちのマナー水準を考えると、万博会場がますますカオスになりそうな予感?
■私自身は中国の人が並ばないとか、いたるところで子供におしっこさせるとか、車の窓からタンをはくとか、実はあまり気にならない方。私だって、上海の地下鉄にのるときは、死に物狂いで乗るし、下町の里弄や胡同でなら、子供のおしっこくらいで目くじらを立てるほうが大人げないかも?という気になる。上海という中国の国際社会に向かって開かれているショーウィンドーに並んでいる物価、ルール、マナー、ライフスタイルが、地方の中国人(上海人庶民も含め)にとって必ずしもベターライフというわけではないだろう。
■ベターシティもベターライフも、結局、その人の生きてきた環境、歴史、収入などに応じて、ものすごく多様な価値観なのだ。行き届いたサービスのこじゃれたレストランで500元するワインを飲みながら晩餐を楽しむのと、食べカスをテーブルのしたにぺっぺっと吐きながら1リットル20元もしない紹興酒を飲むのと、どっちがベターシティでベターライフかなんて、人によってぜんぜん
違うだろう。
■結局上海万博は、誰にとってのベターシティ、ベターライフなのか、そのあたりを全く考えず、とりあえずやっとけ、という感覚でテーマをきめたフシがある。だから、出店企業側にはさも、中産階級以上がターゲットで、場内で20元のジュースや40元のカレーをたべてくれるような生活レベルの人がいっぱい来るようなことをいっていた。
■しかし実際は、そんなお金に余裕のある人は、万博にいかなくても、上海市内のこじゃれたレストランで、カレーでもフレンチでもイタリアンでも食べることができる。(しかも万博で食べるよりおいしくてリーズナブル)。万博に行きたい人はやはり庶民なのだ。
しかし、その庶民を楽しませ満足させようとは、万博運営サイドはハナから考えていない。パジャマでの外出禁止令を出したり、上海庶民がなじんでいるベターライフを否定もしている。なにより、その庶民1万8000世帯をけっして十分とはいえない立ち退き料で強制的に立ち退かせて、そこを会場にして中産階級以上をターゲットに設定した万博を開催しているんだから、そういう庶民から言わせれば、どこにベターライフがある?
■結局、誰のために万博を開こう、というようなことを実はあまり考えていない。中国のまだまだ貧しい人々に、明るい未来のベターライフを感じてもらおう、というのでもないし、納税者たる企業らにビジネスチャンスを提供してベターシティをつくってもらおうというようなものでもない。あえていえば国家のメンツのためなのだろうが、この手抜きぶりをみれば、国家のメンツというのも、建前のような気がする。
■国家のメンツのための上海万博ということを正当な理由として、長年そこに住んでいた人たちを土地から追い出して、血税を使って会場を設営し、企業にテキトーなおいしい話をいってぼったくり、張りぼて万博を開いただけではないか。
■運営サイド、上海市にとって本当の目的は、万博終了後の黄浦江両岸の一等地をコネのあるデベロッパーに売りさばいてがっつりもうけることなんだろう。万博自体は、むしろ、おまけ、というわけだ。なら手抜きになるのも仕方がないか。中国の権力サイドにとっては、絞りとれるところから絞りとり、私腹を肥やすというのが、昔も今も変わらぬベターライフ、ということだ。

↑万博会場となった地域にもともと住んでいいた人たちが移転させられた居住区にいくと、昔ながらのパジャマでのお散歩姿をみかけた。これもこの人たちにとっては、ベターライフ。
■だから、立ち退き問題で人々の法律支援をしてきた人権活動家の馮正虎さんが万博に行こうとしたら、阻止されたのかもしれないね。彼は、上海市官僚の腐敗などをさんざん舌鋒鋭く批判してきた人で、そのせいで日本から上海に帰国しようとしたとき、浦東空港からの入国を妨害され、成田空港で3カ月以上も籠城していたことはすでに報道ずみ。
■馮さんは、自分のお金で400元の平日3回入場券を買って、21日に万博見学にいこうと家をでたら、私服警察2人に警察までつれていかれて、「万博には行けません」と言い渡された上、23日夕方まで、ホテルに軟禁されたそうだ。あいかわらずだなあ。
■と、さんざんこきおろしてしまったが、上海万博がまったくしょうもない、行く価値ないものか、というとそうでもない。昼間にパビリオンで並ぶのがしんどくてかなわない、という人は、17:00から売り出される夜票(ナイトチケット、90元)で場内をぶらぶらするくらいの気分でいれば、ストレスもない。各国パビリオンのライトアップ(とくにヨーロッパエリア)はけっこうキレイだよ。浦西側の河沿いに近いバーで夕風に吹かれてビールのみながら、ぼんやりするのとか悪くない。

↑夜景はなかなか。

↑パビリオンも夕暮れに見る方がきれいだし、すいている。
■6月には万博ジャパンウィークが開催され、期間中SMAPも来るほか、いろいろ目玉イベントが用意されている。歌舞伎の坂東三郎さんと京劇の梅葆玖、能の関根祥六さんが共演する「万博祝賀、日中演劇名優公演」が6月10~13日の19:30から上海蘭心大戯院で催されるそうなのだけど、千秋楽の歌舞伎「楊貴妃」(玉三郎)、京劇「貴妃酔酒」(梅葆玖)、能「楊貴妃」(関根祥六)の競演は、実は個人的にすっごく見たい演目なのだ。(でも、ちょっと行けそうにない)。興味のある人は、Twitterの@kaokaokaokaoで連絡くれれば、チケットの問いあわせ方法を教えるよ。
■ところで、鳩山首相は、本当に6月の万博ジャパンウィークにあわせてに訪中できるの?それどころではない、という雲行きだねぇ。

↑安いコピーの海宝くんグッズ。パクリ商品を安く買うのもベターライフ?だいたい本物の10分の1以下の値段です。

↑せんとくんのパクリ?じゃないよね。

■今、北京におります。本当なら全人代のホットなニュースを、というところなのですが、私が注目していた農村戸籍統一への動きは、ほぼ完全にぽしゃりましたので、いまひとつ、関心が薄いです。中国のアパルトヘイトといわれたの農村戸籍の廃止を訴える地方紙13紙の合同社説(1日付)、あれは何だったんでしょうね?私は絶対、中央指導部のアドバルーンだと思ったんですが、編集責任者解任という事態になってしまいました。北京にいる間に、関係者に背景をきけたら、きいときますよ。
■今、北京のデニーズでお替わり自由の珈琲のみながら、無線LANが使えるので、ひさびさにブログ更新しようかと思いました。人待ちです。で、本日の話題は、きのう、とある店で、たまたまお会いした役者の木幡竜さんのことです。誰や、それ、とお思いの方は下をクリック。
http://news.goo.ne.jp/entertainment/talent/M05-0355.html
■おや、このプロフィルはちょっと重要な点が抜けている。
こっちのインタビューも参考に。
http://j.peopledaily.com.cn/96507/97718/6715736.html
■そうです。このブログでも何度か取り上げている陸川監督の「南京!南京!」でいわゆる日本鬼子の伊田役を演じている俳優さんであります。私は役者という呼び方の方がぴったりくる気がしますが。現場でたたきあげって感じの人です。
■本当に偶然にあって、これ幸いと、もう記者でもないのにねほりはほりきいてしまいました。「南京!南京!」は4月にもいよいよ日本公開らしいですね。彼も、公開時には舞台挨拶などで日本にいくことになるでしょう。もう、その話題はいいわ、という方はあとはスルーでお願いします。
■私は個人的には「南京!南京!」の日本公開について、すごく気になっていました。このブログでも以前に紹介しましたように、なかなか手ごわい映画だと思うのです。何社かがアプローチしていたことは知っていました。日本のとある配給会社が行ったサンプル・ムービーの試写会にも言ったことがあるんですよ。
■ところで、配給会社に事前に渡されるサンプル・ムービーには南京事件で虐殺された人数として30万人ととか具体的な数字は全く出ていません。しかし、中国で一般上映されたり、国際映画祭で上映されたりした「南京!南京!」には最初にばーんと「30万人」という数字が出ているんです。それで、私はこの数字を加えたことで、この映画はやはりプロパガンダ映画だと思う、という考えを、木幡さんに言いました。
■以下、木幡さんとの会話です。ひさびさにICレコーダー、ノートを使わない記憶だけの書き起こしなので、細部はあやふやですが、こんな会話をしました。ネタばれ注意です!!
■福島「とある配給会社の試写会で、『南京!南京!』を見ました。そのときは、『犠牲者30万人』という数字は一切でていませんでした。でも、中国国内で上映されたものも、国際映画祭でも、最初に犠牲者30万人という数字が事実として書かれている。
私はそれを見たときに、この映画というのは非常にうまくできた、つまり今の国際社会が受け入れられる新しい形のプロパガンダ映画だと思いました。正直、ハリウッド映画も娯楽映画のようにみえて、かなり政治的な役割を果たしてきた。中国はそれを知っているので、今もハリウッド映画の国内上映について制限を設けているんです。
日本の配給会社が『南京!南京!』を買うかどうか悩んだおもな点の一つに、サンプルムービーについていない30万人という数字が、現実の上映では付けられているということについて、どう解釈したらいいか、ということでした。つまり、監督の本当の意図としては、この30万人という数字をつけたくなかったのに、中国共産党の指導により、この数字を入れざるを得なかったのか。それとも、本当は30万人という数字を訴えたかったけれど、日本で上映を成功させるには、この数字はとった方がいいと思ったのか。それによって、配給会社としては、日本で上映する場合、この数字を入れない方がいいのか、入れた方がいいのか判断が難しい、と。
戦争がからむ歴史認識の問題というのは、今の外交問題も左右するんです。だから、たかが映画だろ、とはいえ、国内外にどういう形で、ある戦争の歴史が発信されるか、というのはやっぱり国益にかかわってくる。特に、日本国内の場合、あんまり、戦争の歴史についてつきつめて考える人が多くないので、映画のような印象に左右されやすいと思うんですね。そういう意味では気になる映画です」
■木幡「陸川監督は30万人という数字は、映画に出すつもりはありませんでした。南京テレビのインタビューで、おそらくカットされたと思うんですけれど、陸川監督自身『30万人という数字は眉唾だ』と答えたんです。そばで聞いていて、そんなことを言っていいのか、と驚きました。さらに『これは戦争なんだ。戦争とは日中双方に犠牲者がでている。その中で行われた虐殺だ』とも言いました」
■福島「え~!そんなことまで、いったんですか。でも、実は私は映画がクランクインする前に陸監督にインタビューしたことがあって、確かに30万人という数字を入れるつもりはないということや、撮りたいのは戦争という極限の中で、普通の善良な人間がどういう風に狂気に染まっていくかだ、みたいなことを言っていました。南京攻略戦の戦略的な問題についても言及していて、この人、けっこう冷静に見ているなあ、とも感じた。でも、出来上がった映画をみれば、やはりプロパガンダだったな、と感じましたよ」
■木幡「僕は、今までにないフラット(公平)な映画だと思いました。ただ、30万人という数字を入れたことで、プロパガンダっぽくなった。そういう30万人にこだわるとこが中国がだめなところだと思いましたけど」
■福島「映画だけをみると、ちょっと、うるっとくるところもあるんです。たとえば、女性の描き方。ラーベのところにかくまわれている女性たちの中から、売春婦を提供しなければならない状況に迫られて、一人の女性が手をすっと上げるシーン。あれは、うるっとくる。あと主人公の日本兵士の角川が日本人売春婦に惚れて、本当に喜ばせたくて、お菓子とかお土産を持っていくのだけれど、彼女はお菓子をもらったあと、はい、どうぞ、と足をひらくんですね。最後まで売春婦としてしか角川に向き合わないシーンとか、ちゃんとせつない感じが描写できているなあ、と思いますよ。でも、映画に関する陸監督のインタビューや発言の中には、『南京大虐殺の事実を世界に知らしめることが目的』みたいなものもある。そういうインタビューをみると、やはりプロパガンダだなあ、と。映画としての、感動させるツボもあるし、政治的な意図もあるから、なかなか手ごわい映画だと」
■木幡「それなら、映画だけをみて評価してほしいと思います。正直、陸監督のインタビューや発言というのは、だいたい本気じゃない。たとえば外国メディアのインタビューには、これは戦争映画だ、というけれど、中国メディアのインタビューでは、これは愛国映画だ、と言っています。映画をみて、それをどう受け取るかは観客の問題なんですね。でも、そういう質問をするということは、観てわからないのですから、それなら、相手が理解しやすい説明する。正直、インタビューの答え方はその日その日、ぜんぜん違う」
■小幡「劉イエが早々に死んでしまったのは、撮影のおわりの方で決まったんです。こいつ、日本軍に捕まっているのに、生きているのへんだな、ころしてしまおうって。中泉君(主人公の角川役)ふくめ日本側の役者が結構がんばっていたので、日本軍兵士側をもっとフィーチャーしようということになった。台本なんて、ないのと同じですよ。伊田の最後も、どういう風にすればいいか、提案して、って監督に言われて。8カ月もフィルムまわし続けているんで、いろんなシーンを撮っているんです。劉イエの恋愛シーンとかもあります。あのフィルムだけで違うストーリーの映画が四本くらい作れますよ」
■リアリティのなさも演出?現代日本人風の演技に
■福島「日本軍の描写も違和感がありました。南京戦というのは上海から兵站も整わないまま追撃追撃で、ものすごく激しい戦をしてきた。南京入城の時点で、日本軍は激しい戦を戦いぬいていたのだから、生死の境目を知っている面構えになっているはずなのに、現代の日本の大学生がコスプレしているような、生ぬるい顔なんですね。日中戦争映画では、『鬼が来た!』に出演して、今NHKなんかでひっぱりだこの香川照之さんという役者が、迫力ある演技をしていたので、戦争の現場ってあんなかんじだよな、戦争で人を殺してきた人の顔って、必死で生き残ろうとする人間って、あんな感じだよなと、思うのですけれど、『南京!南京!』にはそういうリアリティがなかった。あと、当時の背景説明が一切ない。国民党軍の命令系統の問題とかも指摘されていなくて、虐殺、強姦シーンが延々と続く。だから逆に作りものくささ、プロパガンダ臭を感じたのだと思います」
■木幡「陸監督からの演技上の要求は、最初から人を殺したことのある人間の顔をしないでくれ、ということでした。普通の人間が、極限状態で狂気に陥ってくゆく、という変化を描きたい、というのが趣旨でしたから。リアリティということを言いだすと、角川の自殺だとか、全部ありえない話ですから」
■福島「なるほど。映画に出てくる日本兵の顔は、北京でも見かける普通の日本人と同じ顔という風にして、普通の人たちが戦争の極限に陥れば、鬼畜のようになる、という表現を強めたかったんですか。あと、違和感を感じたのは、英霊のための祭を現地で執り行うシーンがあるですが、そのとき英霊にささげる舞が、なぜかどじょうすくい。それはないでしょう、と思いました」
■木幡「それは、実は監督なりの意図があるんですが、映画というのはいちいち説明するものではないですから」
■福島「実は、試写会は東大文学部の藤井省三教授と一緒に見たんです。そのとき藤井教授のこの映画への評価はけっこう高かったんです。祭のシーンも、おそらく監督は周作人の書いた、日本人と祭の論考などを参考にしたのだろうと。日本人は祭を通じて団結を強化し一体化する、その祭のトランス状態のなかで主人公の角川だけが一体になれない。そのシーンが、彼が最後に自殺する伏線になっている、と。
陸監督はおそらく靖国神社と祭のイメージ、その祭によるトランス状態と軍国主義の狂気を関連づけたかったんでしょう。私はどじょうすくいや和太鼓などで、そこを表現されると、靖国神社に対するとらえ方も、祭の解釈もずれていると思うんですけど、ひょっとすると欧米人には納得しやすかったのかもしれません」。
■今の表現統制下であそこまで表現できたのは奇跡
■木幡「あの映画は、正直、いろんな制限、プレッシャーの中で作られました。それはものすごいプレッシャーですよ。その中で、陸監督が表現したいものをすべて完ぺきに表現できたかと、いわれるとそうではないかもしれない。しかし、今の中国の状況下で、あそこまで、表現できたのは奇跡に近い。そこをもっと評価してほしいですね。
陸監督は検閲を通すため、今の制限の中で自分の撮りたいものを撮るために、メディア上でいろいろ発言するし、それが中国側が納得しやすいものであったり、欧米メディアに受けるものであったりするけれど、監督のメディア上の発言には何一つ本心はない。監督は僕たちにも、メディアに質問されたら、好きに答えていい、と言っています。批判もバッシングも宣伝活動の一環と考えればいいんだ、とも言っています。本当の答えは映画の中だけに見つけてもらえればいい。見つけてもらえなかったのなら、それは力が足りなかったわけで。
陸監督は、検閲やいろんな統制の枠組みの中で、自分が撮りたいものを撮っていくための立ち回りは非常にうまい監督の一人だと思います。中国では、そういう監督でないと映画がとれない。だけど、現場の人間の気持ちとしては、プロパガンダを作ったというのではなく、ただ映画を作った、という気持ちです」
■福島「木幡さん自身は、南京事件について、どういう理解なんですか」
■木幡「僕は、中国についても、歴史についても、ほとんど白紙でオーディションを受けました。採用が決まってから、図書館にこもって南京事件について資料を読み漁りましたね。それこそ、南京事件はなかったというものから、30万人説まで。正直、あったかなかったか、どのくらいの規模のものであったかなんて、わかりません。だから、自分がこういう戦場にいたら、どういう風に感じるか、この極限状態のとき、どういう心理になるか、想像することに徹しました。
ただ、南京には、家族が虐殺されたと訴えるお爺さんなんかもいるわけです。その人たちを前にして、虐殺はなかったとは言えなかった。日本人が、南京映画に日本兵士役で出演するために中国に乗り込むことが、どれほどきつい経験だったかはわかってほしい」
■福島「何が一番きつかったですか」
■木幡「上海での記者会見とか。中国メディアの取材ですね」
■福島「バッシングもありましたね。日本で上映されると、右翼のみなさんとかから、嫌がらせとかあるかもしれませんよ」
■木幡「それは、僕に直接来てくれる分にはかまいませんよ。僕は、間違った仕事はしていないと思っていますから。家族とか部外者に迷惑をかける行為だけはやめてほしいですね」
■福島「結果からみれば、国際賞もとって、木幡さんにとっては代表作となりましたね。以降、いい仕事が続いて、香港映画にも筆頭助演で出演したそうで」
■木幡「今年の終わりくらいに公開でしょうか。アンドリュー・ラウ監督のクンフー映画で、ドニー・イエンと女優のスー・チーを獲りあう役なんです。上海で撮影しました」
■福島「クンフー映画ですか。私、ドニー兄さんの大ファンなんですよ。最近ドーランが濃いって、注意してあげてください。ところでクンフーできるんですか」
■木幡「やったことありません。僕が映画中でやるのは空手なんですけど。もともとボクサーなんで、体はまあできている、ということで。でも、ゲロはくほど、体つくりなおしましたよ」
■福島「ひょっとして時代もの?クンフーVS空手で上海が舞台って、ひょっとして『ドラゴン怒りの鉄拳』のオマージュですか」
■木幡「『精武風雲』という映画です」
■福島「おお、では陳真がドニー兄さんですね。これは観なくては。若づくりしなくてもいいから、ドーラン薄めにしてほしい。日本にはブルース・リーのファンが今も多いですから、ヒットしそうな感じですね。おまけに、インファナル・アフェアのアンドリュー・ラウ監督とあれば、期待が高まります。ところでブルース・リー好き?」
■木幡「実はブルース・リー見たことないんです」
■福島「えーっっ!クンフー映画にでるのに、ブルース・リーしらないの??
『ドラゴン怒りの鉄拳』って、実は反日映画なんですよね。あまりに娯楽映画として完成されていたので、プロパガンダ色がふっとんじゃった。あの映画から感じられるのはあくまでクンフーアクションの素晴らしさとブルース・リーの個性であって、『日本人の悪者イメージ』じゃなくなっちゃっているんですね。
映画は時代と場所によって政治性を担うことを迫られますが、監督や役者さんたちの本心は、やはり、観客を魅了するいい映画を作りたいというところにあると思います。そういう情熱が政治性を超える映画を、中国の監督さんにはつくってほしいなあ」
(以上)
■てな、感じで、あとはいろいろと映画談議に華がさきました。木幡さんは元ボクサーなので、ボクシング映画に出たいといってましたよ。「明日のジョー」実写版の出演のお声もかかったそうですが、次の作品の出演とバッティングしたので断ったそうです。聞くところによると日本は、本格的アクションが撮れる監督がいないそうです。ボクシング映画って、撮影難しそうですよね。本気で殴りあって顔とか腫れたら、撮り直しってできなさそうだし。
■3日から上海にちょっといってきます。その前に片付けなきゃいけないことがあるので、ブログはまた一時休業。上海にいったあとに更新します。
■きょうも時間がありません。というわけで、またまた気になる中国ニュースでお茶を濁すことにいたします。きょうは、26日に金メダルに挑戦する浅田真央ちゃんについて、中国メディアがどんな風に報じているか、ピックアップ。
■新民ネットより:浅田は2位だったが贈られたおもちゃは多い・キムの「007」演技、全館熱狂
バンクーバー発:冬季五輪女子フィギュアスケートで、きょう(24日)、もっとも美しい対決があった。韓国のキム・ヨナと日本の浅田真央のショートプログラム対決だ。最終的には浅田のあとに演じたキムが78・50という記録でライバルを圧倒し、先制した。
(中略)
浅田のショートプログラムは「仮面舞踏会」のワルツの楽章の前半。22番目に出場し、観衆は彼女のリズムにあわせて手拍子をうった。プログラム終了後は拍手とともに、20以上のおもちゃ(人形?)、花束がリンクに投げられた。73・38の点数がでると、会場全体に拍手が雷鳴のように響き、多くの日本観客が立ち上がり拍手。日本国旗をふった。
(中略)
キムは黒の背中をみせたミニスカート姿。…浅田にくらべ、キムの演技はまったく遜色なく、演目終了後、現場のムードは異常に熱狂。無数の韓国旗が振られ、歓声と口笛が鳴り響いた。
パーフェクトな演技でキムは78・50というフィギュア・ショートプログラム史上最高得点を獲得。事故ベストをまた更新した。
浅田との最初の対決はキムが先制した。
(引用以上)
■成都商報:かつての銅メダリスト、陳露はキム・ヨナのボンドガールを絶賛
(引用開始)キム・ヨナは芸術的感化力が強烈で、高い技芸ですべての観衆を征服した。…かつての銅メダリスト、陳露は「キム・ヨナの演技は難易度、完成度とも非常に高く、技術点で(浅田より)優勢だ。しかも音楽にあった表情の舞、表現力、芸術の感化力(観衆を感化させる力)すべて要求された力を出しきり、技術点にくわえ芸術点があった」。「…キム・ヨナは映画の中のボンドガールになりきり、音楽の中で彼女の演じるイメージが、観客がもとめるボンドガールのイメージどおりであったか。もしイメージ通りであったら、つまり彼女の芸術表現力がすばらしいということだ。」
「…浅田は古典的であり、キムは現代的だ。キムの場合、技術、速度、完成度すべてにおいて素晴らしかった。二人とも難易度の高い演技で、男子の銀メダルに比しても劣らぬ素晴らしさだった。」
(以上)
■陳露はちょっと、キム・ヨナびいきのようです。
■法制晩報:ボンドガールがジンクスを破るか
(引用)
韓国フィギュアのチャンピオン、キム・ヨナは優雅でクールなボンドガールに変身。観衆の期待や圧力をものともせず、78・50というショートプログラム一位をとった。しかしキムはその一位に慢心することなく、「運気も非常に重要です。金をとるには神のご加護が必要です」と語った。彼女は演技の前に胸の前で十字を切っている。彼女は謙虚に「(祖国に)帰ったら(日頃の行いの)どんなところでも改めますから」と語っていた。
「私は、最近の冬季五輪の金メダリストがみな、世界選手権の金メダリストでなかったことをしっています。冬季五輪の金メダルはみな、人々を驚かせた。でも、今回、私は金をとりこぼしたりしません」と自信をみせた。
■(続き)最大のライバルは浅田真央。浅田は73・78の成績でキムを追っている。疑いなく、キムの金メダルを阻む最大の力である。キムはライバルを軽視していないが、自分の練習の成果を信じて自信を深めている。フリーでもベストの状態が続くだろう。もし、キムあるいは浅田が金メダルをとれば、二回続けて、冬季五輪フィギュアの金はアジア勢が奪取することになる。(以上)
■中国はメダル争いに直接かかわっていないから、報道ぶりはなかなか冷静だ。
■都市快報:邦女VS玉女
(引用開始)バンクーバー五輪でもっとも目の保養となった対決、それが女子フィギュアショートプログラムだった。…韓国の小女帝、キム・ヨナと日本の清純派玉女(玉のような美女)の金メダルをめぐる正面一騎打ちがなんといってもホットな話題だろう。この日韓美少女の戦い、邦女郎(ボンドガール)扮するキム・ヨナが5ポイントの優勢だ。
美女の雲集は自然と無数の注目をあつめ、フィギュアのチケットは数倍にねあがっている。バンクーバーの韓国料理レストランではなんと5000ドルでフィギュアのチケット売りますという広告がでた。よい席はブラックマーケットで一万ドルにまで跳ね上がっている。
(中略)
キムの人気は無敵だが、日本美女の浅田真央のことは彼女も認めていて「一生で最も重要な友人でありライバル」という。ともに1990年9月うまれ、身長も同じなら、体重も同じ。ともに天賦の才があり米国で訓練を積んだ。浅田の成績はずっとキムの上をいっていたが2007年からキムが上位にたちはじめた。五輪開幕前、日韓のファンはたがいにケンカしていて、ともに譲らない。(以上)
■ ちなみに、中国ネチズンの間では、どうやらキム・ヨナより真央ちゃんの方が人気があるようだ。百度の貼バー(掲示板サイト)にはキム・ヨナと浅田真央、どっちが美人?という掲示板があって1300以上の書きこみが。、「絶対猫(マオ)」「両方とも美人とはいえないけど、MAOの方がちょっと美人」「キムは素顔、ブス」とMAO人気優勢。あと、「キムはすごい、でもMAOのためにまけてくれ~」とか、「どうして中央テレビはキムの方を過大評価するんだ。俺の目にはMAOの方がすごくみえたぞ」とか、「ショートプログラム2位だったのは、MAOの実力というより選曲が悪かったとおもわないか」とか、そういう書きこみもあった。
■真央ちゃんは清純派のお人形顔の愛され妹キャラ。中国のネット兄貴は福原愛ちゃんにしても、こういうお人形顔が好みらしい。しかし、ネット上で、MAO,MAOとたたえられているのをみると、なんか歴史上の怖い人を思い出してぎょっとするなあ。
by nihonhanihon
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