■このブログでときどきリポートしてきた成田空港籠城中の馮正虎さんが、いよいよ籠城の日々に終止符をうつ。11月4日からかぞえて91日目の2日午後2時から、成田空港第一ターミナル南ウィングで「成田空港籠城終了記者会見(仮称)」を開くそうだ。
制限区域内の記者会見だから、一般人の私は会見には参加できないけれど、まあ、あとでいろいろ聞くからいいや。
■馮さんに電話できいたところによると、3日に空港を出て日本に入国したあと、とりあえず健康診断などして、その後、普通に航空券を買って上海に帰国する予定。具体的な日程はまだきめていないが、春節(2月14日)は故郷で家族とともに迎える、そうだ。「あたりまえだろ、中国人にとって春節はすごく重要なんだ」と言っていたから、本人も春節前に帰国というシナリオは頭の中で描いていたのかもしれない。とにかく恭喜、恭喜!というわけで、解決(予定)までの道のりを簡単にまとめておく。
■馮正虎さんが日本入国を決意したのは、30日午前11時に馮さんと面会した中国大使館領事との態度に「誠意があった」ためだという。これは中国大使館領事との3回目の面会だった。
■11月4日から馮さんが成田空港籠城を開始して以来、中国大使館側はほとんど、馮さんを無視していたが、1月22日になってようやく千葉県在住の妹さんを訪問し、家族の要望をきいて後、25日に空港で馮さんと面会した。このとき、領事は「話し合いで問題を解決したい」と語ったが、馮さんは「1、2回の話し合いで解決できるとは期待していない。中国公民の帰国は当然の権利であって、話し合って解決する種類の問題ではなく、中国側はただ“大門”を開けばいいだけ」と答えていた。だが、中国政府として対応に動いたということは、彼らも春節前に解決したいという意思表示をしたということであり、私はこの時点で双方の心の中で春節前解決のシナリオがきまったのだと思う。
■馮さんはこれまで、「上海当局(公安)が私の帰国を妨害して、日本の航空会社がそれに加担した」というスタンスを貫いて中央政府にたいする批判はしていない。だから、中央政府が妥協姿勢をみせても、それは寛容な態度で上海当局のしりぬぐいをしただけであって、中央政府のメンツをつぶしたことにはならない。当然、上海閥VS胡錦濤という古典的な対立軸は頭に入っていただろうし、中国人権活動家は、ある意味、当局と“ケンカ慣れ”ているので、最初からそういう落とし所は想定してあったのかな。
■事件が急転直下解決に向かった直接のきっかけと見られるのは、やはり牧野聖修衆院議員(民主党)が20日に空港にいって馮さんと会ったことだろう。議員が動くと、番記者も動くし、メディアが動く。この面会のときに、馮さんは、自分の事件が、中国にとっては人権問題だが、日本政府にとっては主権問題だと訴え、しかもその考えを翌日に文書としてまとめ、ネットで発表した。これが結構日本政府にとっては激震だったという噂。このブログでも拙訳で紹介している。馮さんのやり方を自分勝手、傲慢と思う人もいるだろうけど、私は彼の主張に納得する部分もある。
■この件に関しては、牧野議員は人権派議員の面目躍如だろう。日本の政治家で初めてこの事件について行動を起こした人物であり、彼が動いたからこそ、日本政府も中国政府も重い腰を上げたのだ、とのちのち語られることだろう。もし、中国人的にとって春節解決がひとつの落としどころだな、と思ってあの時期に空港まで足を運んだのだとしたら、やっぱり目はしが聞く人だよね。どうして自民党議員でそういうこと考える人はいないんだろう。
■さて、私には実はいまだにこの事件について、わからないことが多い。まず、馮さんはなぜ、かくも長期にわたって中国帰国を妨害され続けてきたのか、という事件発生の根本原因である。
■このブログで以前に解説した背景は、馮正さんは上海市民で人権活動家でそれなりに影響力のある人なので、2009年6月4日の天安門事件20周年に国内にいてほしくない、という当局に拘束され出国するよう脅された。で、留学経験のある日本に一時出国したが、6月4日を過ぎて、帰国しようとしたら、帰国できなかった、というものだ。
■しかし、私はこの説明に、ずっと腑におちないでいる。
■私が1月中旬に北京にいったときに、地元記者らから聞いた話を総合すると、馮正虎氏の帰国を拒んでいるのは上海の関連部門(安全当局か公安?)のナンバー3前後の幹部で、ほとんど、その幹部個人のメンツの問題が原因だという。いわく、6月4日の敏感な時期に、騒ぎを起こさないように、馮正虎氏がもともと訪問していたがった日本に出国させることにしたが、そのとき政治活動を一切しないように約束した。出国に際しては、多少の餞別も渡した。ところが彼は約束をやぶって、日本で6月4日に天安門事件に関する講演会を開き、それが大きく報道された。すでに馮正虎氏を無事出国させて、彼に関するトラブルは完全回避できたと上層部に報告していた上海関連当局幹部はメンツをつぶされたことになり、腹をたてて「死んでもヤツを帰国させるものか」と息巻いていた、とかなんとか。
■ただ、天安門事件において、馮さんはそこまで重要人物なのか。馮さん自身は、天安門事件当時は上海にいて、事件そのものを目撃しておらず、ただ文書で批判声明を発表しただけで具体的な行動は起こしていない。投獄されたのも、違法営業(冤罪として訴訟中)が理由で、天安門事件との接点は見いだせない。彼が本格的な人権活動にはいったのは、刑務所から出所してきた2004年以降だ。
■そういう点では、他の人権活動家、民主化活動家、劉暁波氏や胡佳氏や王力雄氏といったメンバーに比べると知名度、影響力とも低い。中国当局が日本政府の顔に泥を塗りながらなりふりかまわず帰国を妨害するほどの“大物”ではないんじゃないか、と思う。
■それに馮さん自身は、出国中、政治活動を行わないという、そんな約束はしていないし、餞別なんかももらうわけがない、と主張している。馮さんが最初に帰国を試みて上海の空港で入国不許可にあって日本に送還されたのは6月7日。6月4日の東京における天安門事件記念講演会の内容が原因だとすれば、ちょっと時間的に反応が早すぎる。たとえば日本で行われた講演が日本の新聞記事となってそれが全部翻訳されて中国大使館経由で本国に送付されて関係部門幹部に回覧されるまでに本当なら1週間ぐらいかかるのだ(在東京中国人記者の説明によると)。しかも、講演の内容はいっちゃあなんだが、そんなに刺激的でもない。
■とすると、馮さんも、中国側もあきらかにしていない、まったく別の背景があるのかもしれない、と想像をたくましくしてみる。以下は私ととあ東京駐在の中国人記者が雑談中、もりあがった完全なる想像(妄想)である。根拠はない。
■たとえば、馮さんは、実は誰にも明らかにしていない、極秘情報(上海幹部の汚職の証拠とか)を知っている、とする。彼は上海当局と秘密の協定を結んで、それを他言しない約束とともに、ずっと訪問を希望していた日本への出国を認められた、とする。(彼は一応ブラックリストにのっているのでそれまで海外出国を認められていないが、ずっと日本への訪問を希望していた、というのは事実)
■ブラックリストに載っている人間が出国を許されるとき、それは事実上の亡命であることが多い。つまり、二度と帰国はありえないという双方暗黙の了解の上で出国を許されるのだ。ところが馮さんは、単に日本に旅行に行きたかっただけだから、こころゆくまで日本滞在を楽しんだあと、普通に帰国しようとした。
■上海当局とすれば、彼はもう亡命したはずで中国にはもどってこないと思いこんでいた。爆弾のような秘密を抱えた馮さんに再入国されたら非常にこまる。で、ちょっとぉ、約束が違うじゃないないか、あんた亡命したはずでしょ、と恥も外聞もなく力づくで入国を阻止しつづけた、とか?
■強力な極秘情報(恐喝ネタ)を握っているのは馮さんに、怖いものはなし。しかも日本の空港の制限区域という、微妙な場所で籠城することで、彼の知名度は一気に国際級になり、もはや一服盛ってこの世から消し去るといった安易な手も使えない。というふうに考えると、帰国しても、逮捕されたり投獄される心配を一切していない馮さんの様子も納得がいく。自分が命の危険にさらされれば海外に住む友人か親戚が情報をリークすることになっているから…。って、これはあくまで妄想ですよ。信じないように。
■ある人は高智晟氏の事件が絡んでいるのではないか、という。
(これも根拠なし)。馮さんが上海当局に拘束された時期と、人権派弁護士・高智晟氏が陝西省の実家から警察に連行されたのと時期がほぼ同じ昨年の2月。
■高智晟氏はすでに2006年に国家政権転覆扇動罪で有罪となって執行猶予5年懲役3年の判決を受け、拘留中にすさまじい拷問を受けていたことは、本人が仮釈放中に発表、すでに報道されている。彼が昨年2月に再び警察に連行されたあとは、その消息は完全にわからなくなり(当局も連行中に道に迷い失踪した、としか発表していない)、関係者の間では拷問死の可能性を心配する声もでている。
■高智晟氏が異常なまでの激しい拷問にあい、家族までが亡命させられる(亡命とは中国側が国内にとどめておきたくない人間を追い出す側面もある)ことになったのは、高氏が知ってはならない一級の秘密情報、たとえば党中央幹部の腐敗の証拠とかスキャンダルをつかんでしまったからではないか、という噂がまことしやかに流れているのだが、馮さんは高智晟氏とは活動資金を集める代理人になったりして、浅からぬ縁があるらしい(本人には確かめていない)。だから馮さんが当局からあれほど危険視されるのは、高氏がらみではないか、という。繰り返しますが妄想だから、信じないように。
■そういう根拠のない妄想は別にしても、馮正虎事件は結果的に、世界に注目されるインパクトのある大事件となった。欧米や台湾の亡命中国人らが馮さんに注目したり、わざわざ成田まできて差し入れし、激励し、義捐金を送ったりしたのは、一たん国外追放(亡命)させられた中国人が再び中国に戻る手法として、馮さんのやり方が実に斬新で、こういうやり方もありか、と目からうろこだった(米国亡命作家の陳破空氏談)からだという。
■成田空港側は、「模倣犯が心配だ」といっていたが、確かに今後、中国のパスポートコントロールではじかれてしまう欧米在住の華人人権活動家とか法輪功メンバーの間で、中国に入国できるまで成田空港で籠城するというデモンストレーションがはやるかもしれない。日本としては、中国という困った大国の隣りにいるのだということ、だから中国の人権問題は人ごとではない、という自覚をもって、今から対策を練っておいたほうがいいかも。
■ところで、馮さんは本当に帰国できるのかな。今の段階で、おめでとう!といって、帰れなかったらえらいこっちゃなあ。

↑成田空港第一ターミナル南ウィング。1月18日、北京からUAで帰国したときに馮さんの籠城場所を通りがかった。米国留学から日本経由で中国に帰国する中国人青年が、馮さんのことを英雄のようにたたえていたのが印象深かった。(福島香織撮影)













by s05694
成田空港にただいま籠城中:…